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第7章 夢の中の男の子

花言葉

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『ねぇ、この花の、知ってる?』

 植物図鑑を手にし、幼い姿の結月が声をかけた。隣に座るのは、表情のハッキリわからない──男の子。

 その男の子は、結月が手にした植物図鑑をみつめると、少し面倒くさそうに答えた。

『知らないよ。花言葉なんて』

 目の前の植物図鑑には「ヤマユリ」と書かれたユリの花が載っていた。結月は男の子の返答に、楽しそうな笑みを浮かべると

『ヤマユリの花言葉はね。純潔、威厳、飾らない愛。それともう一つ"人生の楽しみ"っていう言葉があるの。"生きていることを楽しむ"って、とても素敵な言葉だと思わない?』

 図鑑の写真に指を這わせながら、結月は小さく呟き、その後悲しげに目を伏せる。

『私ね、お父様に「ユリの花のようになりなさい」って言われるの。みたいに、純粋で穢れのない娘でいなさいって……でも、お父様がそう言ってるのは、全部この"家"のためで……だから私、真っ白なユリの花、嫌いなの』

『…………』

 どこか鬱蒼と話す結月の表情は、今まで親から受けた数々の仕打ちを思い出し、悲しんでいるように見えた。
 だが、その後また、明るく笑うと

『でもね。植物図鑑で、ヤマユリの花を見つけた時、白一色じゃなくて、黄色や赤色が混ざるユリの花もあるんだっておもったら、すごく嬉しくなっちゃったの。同じユリの花なのに、ヤマユリには、すごく遊び心がある気がして、それにこんなに素敵な花言葉もついているんだもの。どうせ『ユリの花みたいになれ』って言うなら、私はお父様の言う白ユリじゃなくて、野山に咲くヤマユリみたいに、自分の人生を自由に楽しめるようになりたいわ』

 そのヤマユリのページは、読み跡がつくくらい、酷くくたびれていた。男の子はそれをみると

『ふーん、ヤマユリねぇ……』

『綺麗でしょ? ユリの花の中でも一番大きな花を咲かせるのよ。それこそ大人の手の平くらいに! 私ね、いつかこの屋敷を出たら、本物のヤマユリを見に行きたいって思ってるの。それが今の──私の"夢"』

 そう言って無邪気に笑うと、結月はまた植物図鑑に目を向けた。

 とても愛おしいそうに。
 だけど、どこか悲しそうに……

 そんな結月に、男の子は手を伸ばすと、結月が手にしていた植物図鑑を、勢いよく取り上げた。

『あ! ちょ……!?』

『花を見るのが夢だとか、ちっせー奴』

『いいじゃない、別に。小さな夢がたくさんあろうが、大きな夢が一つだろうが、同じ"夢を見る"ことに変わりはないわ』

『まーそうだけど。……つーか、この花、

『え?』

 瞬間、突拍子もないことを言われ、結月はキョトンと目を丸くすると

『え、うそ。ヤマユリって、山に咲いてるんじゃないの!?』

『別に庭先に植えてる家があっも不思議じゃないだろ。確か、うちの池の縁に咲いてたのが、この花だよ』

 取り上げた植物図鑑をマジマジと見つめ、男の子が、そう答えた。

 結月は、その隣にぴったり寄り添うと、男の子が手にした植物図鑑を一緒になって覗き込む。

『そう、なんだ……いいなー』

 羨ましそうに結月が図鑑の写真を見つめる。すると、肩下までのびた結月の髪が、サラサラと男の子の肩に触れた。

 それを見て、男の子は……

『……結月』
『ん?』

 名前を呼ばれ、再度視線を向ける。すると、真っ直ぐに自分を見つめる、どこか力強い瞳と目が合った。

『夏頃……』

『え?』

『夏頃、咲くと思うから──』


 ──咲いたら、見せてやるよ。

 ヤマユリの花。





 ✣

 ✣

 ✣


 ピピピ……ピピピ……

「ん……」

 目覚まし音が鳴り響くと、結月は静かに目を覚ました。

 まだ眠い目を擦り、のそりで起き上がると、天蓋付きのベッドの中で一人呆然とする。

(また……あの夢)

 ぼんやりと、夢の中のことを思い出す。

 前に五十嵐と公園にいったあとから、よく『男の子』の夢を見るようになった。

 顔のハッキリわからない、男の子。

 どこか、ぶっきらぼうなその男の子と、二人きりで話をする夢。

(変なの……?)

 一つ欠伸をして時計を見ると、時刻は6時前だった。

 もうすぐ、執事が起こしに来る時間だと気づくと、結月はベッドから出てカーテンを開けた。

 朝の優しい日差しが室内に入り込むと、朧気な意識が少しずつ覚醒する。

「……あれ?」

 すると、ふと視線をそらしたその先で、綺麗に咲き誇るに目を奪われた。

 机の上の花瓶には、一輪だけ花が活けられていた。

 美しい美しい、ユリの花だ──


(この花、誰が持ってきてくれたのかしら?)

 昨夜、入浴を終えた後、部屋に戻ると既にこの花があった。

 だが、夜はまだ蕾だったその花は、今朝にはすっかり開花していた。

 それを見て、結月は小さく首を傾げると、そのまま本棚まで移動し、一冊の植物図鑑を取り出した。

 パラパラとページをめくり、読み跡のついたページを開くと、図鑑の中の花と、目の前の花と照らし合わせる。

「もしかして、この花……ヤマユリ?」

 蕾だった時は、ただの「白ユリ」だと思っていた。だが、開花したその姿は、白ユリではなかった。

 一際大きく、力強く、鮮やかなユリの花。

 白い花びらには、黄色の筋と紅色の斑点が入り、オレンジ色の雄しべが美しいその花は、紛れもなく「ヤマユリ」だった。

 だが、それは、図鑑の中でしか知らない花だった。自分は、このヤマユリが大好きで、子供の頃は、いつか本物を見てみたいと思っていた。

 でも──

「……あれ? 私、この花……どこかで?」

 途端に、頭の中が混乱する。

 見たことがないはずなのに、見たことがあると思った。だけど、いつどこで見たのかが、全く思い出せない。
 

『──咲いたら、見せてやるよ』

 すると、その瞬間、またあの男の子の言葉を思い出した。

 夢の中に出てきた──男の子。

「あ……あの、夢……っ」

 ただの『夢』だと思っていた。

 屋敷から、ほとんど出られなかった自分が、見知らぬ男の子と話をするなんて、だったから。

 でも……

「っ……な……んで?」

 まるで、降って湧いたかように曖昧な記憶が蘇ってくる。

 昔、階段から落ちて、半年ほどの記憶を失ったことがあった。

 だけど、その半年間。自分の生活は、それまでと何も変わらなかったと言われていた。

 だからか、誰も無理に思い出させようとはしなかった。

 だけど……

「私……知ってる……っ」

 ──知ってる。覚えてる。

 額に手の平を押し当て、結月は、失った記憶を必死になって手繰り寄せた。

「えっと……確か、あの子の……は……っ」

 自分より身長の高い"黒髪の男の子"
 霞がかって、顔はよく思い出せない。

 だけど、確かに自分は、あの男の子と会って話をしたことがある。

「……っ」

 するとその瞬間、痛みと共に、忘れていた記憶が一つだけつながった。

(ぁ……そうだわ……思い出した)

 あの男の子の名前は──


「……モチヅキ、君?」


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