53 / 289
第6章 執事の休息
つかの間の休息
しおりを挟むそれから暫くして、ルイはレオにお茶を出していないのを思い出し、台所で冷えた麦茶を注いでいた。
グラスに入った氷が、カランと気持ちの良い音をたてると、それをお盆に乗せ、ルイは客間へと向かう。だが……
「おや?」
襖を開けると、久しぶりに会った友人は、畳の上で静かに眠っていた。
あまり足音を立てないように近寄ると、お盆を座卓に起き、ルイはレオの顔をそっとのぞき込む。
すると、その気配に気づいたのか、ピクンと耳をたてたかと思えば、レオの横で丸まっていたルナが、ひょこっと顔を上げた。
「君のパパは、眠ってしまったのかい?」
見上げてきたルナに微笑みかけながら、ルイは眠るレオの横に座り込むと、ルナの頭を優しくなでた。
「せっかく、遊んでもらえると思ったのにねぇ」
ここ二ヶ月、レオが来るのをずっと待っていた、この黒猫のことを思うと、少し心苦しい。
だが──
「でも、許してやって。きっと、あの屋敷の中じゃ、気が休まる暇もないだろうから」
身動きひとつせず、寝息をたてるレオは、声をかけても無駄なのが分かるくらい、深い眠りについていた。
愛しい人のそばで、その恋心を隠しながら「執事」として働くのは、一体どれだけ大変なことなのだろう。
誰にも気づかれないように
誰にも悟られないように
彼女を思う気持ちをひた隠しにしながら、常に自分を偽り、生活しているレオ。
きっと、あの屋敷にいる限り、レオは落ち着いて眠ることすら出来ないのかもしれない。
「にゃー」
すると、レオに触れようと手を伸ばしたルイをみて、まるで「起こすなよ」とでも言うように、ルナが一声をあげた。
ルイは、そんなルナを見つめると
「大丈夫。起こしたりしないよ。うちに来た時くらい、ゆっくり休めばいい」
そう言うと、ルイはレオのシャツのボタンを一つだけ外し、首元を緩めてやると、その後、薄手の毛布を、そっとかけてやった。
「Bonne nuit, Léo……un bon rêve──」
✣
✣
✣
「うーん……」
一方、お昼をすませた後、自室に戻った結月は、また机に向かい頭を悩ませていた。
昨日、五十嵐から三校まで大学の的を絞って貰ったのだが、その三校のうち、どこにするか再び悩み始めた結月は、今日もまたパンフレットと睨めっこをしていた。
(一番、偏差値が高いのはこの大学だけど、確実なところを受けた方がいいのかしら?)
決して、学力は低くはないが、自分で決めていいと言われた手前、その責任は、全て自分にのしかかってくる。
となると、絶対に合格しなくては、あの両親に顔向けできない。
(……今まで、全部お父様たちの言いなりだったし、いざ、自分で決めるとなると難しいわ)
昔は色々と、夢があったはずだった。
だが、それも諦めてしまってからは、自分の将来について、まともに考えることはなくなった。
自分は、何をしたいのか?
何になりたいのか?
阿須加の娘としての『将来』は、もう決まっている。
だが、それでも『自分で決めていい』といわれたからには、しっかりと未来について考えたいと思った。
(やるからには、しっかり学びたいし。やっぱり偏差値は高くても、こっちの大学かな?)
この町、星ケ峯にある大学の中でも、一番大きく偏差値の高い「城星大学」のパンフレットを見つめながら、じっくりと考える。
もちろん、先生にも相談しなくてはならないが、どのみち夏休みは、受験勉強にいそしむことになるだろうし、そうなると参考書なども新しく必要になってくる。
「ねぇ、五十嵐──」
振り向いて、執事に声をかける。
「今度、参考書……あ」
だが、自分以外誰もいない室内をみて、結月はハッと我に返った。
(そうだったわ。五十嵐、今日は、お休みなんだった)
いつも側にいる執事が、今日はいない。
始めは、身の回りの世話を全てすると言われ、戸惑っていたはずだったのに、今は、一日会えないだけで、まるでポッカリ穴が空いたように、どこか寂しさを感じるようになった。
(今頃……彼女と一緒なのかしら?)
不意にそんなことが過ぎって、胸の奥がキューッと締め付けられる感覚がした。
今までは、使用人や執事が休みをとっても、なんともなかったのに、どうして五十嵐だと、こうも胸が苦しくなるのだろう。
──コンコンコン!
「あ……はぃ!」
瞬間、部屋の扉をノックする音がして結月は、慌てて声を上げた。
すると、その声をきいて、メイドである恵美が、一礼したあと部屋に入ってきた。
「お嬢様、今よろしいでしょうか?」
「ええ、どうしたの?」
改まる恵美に、結月はにこやかに声をかける。
すると、恵美は……
「実は、お嬢様にお会いしたいと、玄関に来客が……」
その言葉に、結月は目を丸くすると
「え? 来客……?」
2
お気に入りに追加
60
あなたにおすすめの小説
久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…
しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。
高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。
数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。
そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…
逃げて、追われて、捕まって
あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。
この世界で王妃として生きてきた記憶。
過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。
人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。
だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。
2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ
2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。
**********お知らせ***********
2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。
それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。
ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない
斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。
襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……!
この人本当に旦那さま?
って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる