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第6章 執事の休息

つかの間の休息

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 それから暫くして、ルイはレオにお茶を出していないのを思い出し、台所で冷えた麦茶を注いでいた。

 グラスに入った氷が、カランと気持ちの良い音をたてると、それをお盆に乗せ、ルイは客間へと向かう。だが……

「おや?」

 ふすまを開けると、久しぶりに会った友人は、畳の上で静かに眠っていた。

 あまり足音を立てないように近寄ると、お盆を座卓に起き、ルイはレオの顔をそっとのぞき込む。

 すると、その気配に気づいたのか、ピクンと耳をたてたかと思えば、レオの横で丸まっていたルナが、ひょこっと顔を上げた。

「君のパパは、眠ってしまったのかい?」

 見上げてきたルナに微笑みかけながら、ルイは眠るレオの横に座り込むと、ルナの頭を優しくなでた。

「せっかく、遊んでもらえると思ったのにねぇ」

 ここ二ヶ月、レオが来るのをずっと待っていた、この黒猫のことを思うと、少し心苦しい。

 だが──

「でも、許してやって。きっと、あの屋敷の中じゃ、気が休まる暇もないだろうから」

 身動きひとつせず、寝息をたてるレオは、声をかけても無駄なのが分かるくらい、深い眠りについていた。

 愛しい人のそばで、その恋心を隠しながら「執事」として働くのは、一体どれだけ大変なことなのだろう。

 誰にも気づかれないように
 誰にも悟られないように

 彼女を思う気持ちをひた隠しにしながら、常に自分を偽り、生活しているレオ。

 きっと、あの屋敷にいる限り、レオは落ち着いて眠ることすら出来ないのかもしれない。

「にゃー」

 すると、レオに触れようと手を伸ばしたルイをみて、まるで「起こすなよ」とでも言うように、ルナが一声をあげた。

 ルイは、そんなルナを見つめると

「大丈夫。起こしたりしないよ。うちに来た時くらい、ゆっくり休めばいい」

 そう言うと、ルイはレオのシャツのボタンを一つだけ外し、首元を緩めてやると、その後、薄手の毛布を、そっとかけてやった。

Bonne nuitおやすみLéoレオ……un bon rêveどうか、良い夢を──」





 ✣

 ✣

 ✣



「うーん……」

 一方、お昼をすませた後、自室に戻った結月は、また机に向かい頭を悩ませていた。

 昨日、五十嵐から三校まで大学のまとを絞って貰ったのだが、その三校のうち、どこにするか再び悩み始めた結月は、今日もまたパンフレットと睨めっこをしていた。

(一番、偏差値が高いのはこの大学だけど、確実なところを受けた方がいいのかしら?)

 決して、学力は低くはないが、自分で決めていいと言われた手前、その責任は、全て自分にのしかかってくる。

 となると、絶対に合格しなくては、あの両親に顔向けできない。

(……今まで、全部お父様たちの言いなりだったし、いざ、自分で決めるとなると難しいわ)

 昔は色々と、夢があったはずだった。

 だが、それも諦めてしまってからは、自分の将来について、まともに考えることはなくなった。

 自分は、何をしたいのか?
 何になりたいのか?

 阿須加の娘としての『将来結婚』は、もう決まっている。

 だが、それでも『自分で決めていい』といわれたからには、しっかりと未来について考えたいと思った。

(やるからには、しっかり学びたいし。やっぱり偏差値は高くても、こっちの大学かな?)

 この町、星ケ峯にある大学の中でも、一番大きく偏差値の高い「城星大学」のパンフレットを見つめながら、じっくりと考える。

 もちろん、先生にも相談しなくてはならないが、どのみち夏休みは、受験勉強にいそしむことになるだろうし、そうなると参考書なども新しく必要になってくる。

「ねぇ、五十嵐──」

 振り向いて、執事に声をかける。

「今度、参考書……あ」

 だが、自分以外誰もいない室内をみて、結月はハッと我に返った。

(そうだったわ。五十嵐、今日は、お休みなんだった)

 いつも側にいる執事が、今日はいない。

 始めは、身の回りの世話をすると言われ、戸惑っていたはずだったのに、今は、一日会えないだけで、まるでポッカリ穴が空いたように、どこか寂しさを感じるようになった。

(今頃……彼女と一緒なのかしら?)

 不意にそんなことが過ぎって、胸の奥がキューッと締め付けられる感覚がした。

 今までは、使用人や執事が休みをとっても、なんともなかったのに、どうして五十嵐だと、こうも胸が苦しくなるのだろう。


 ──コンコンコン!

「あ……はぃ!」

 瞬間、部屋の扉をノックする音がして結月は、慌てて声を上げた。

 すると、その声をきいて、メイドである恵美が、一礼したあと部屋に入ってきた。

「お嬢様、今よろしいでしょうか?」
「ええ、どうしたの?」

 改まる恵美に、結月はにこやかに声をかける。
 すると、恵美は……

「実は、お嬢様にお会いしたいと、玄関に来客が……」

 その言葉に、結月は目を丸くすると

「え? 来客……?」

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