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第6章 執事の休息

執事の休日

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 阿須加家の屋敷には、結月が生活している本館とは別に、使用人達が使う別館があった。

 本館一階には、別館に繋がる渡り廊下があり、その室内通路を抜けると、中央から左右に別れ、男性用と女性用で各5部屋ずつ、計10部屋の使用人専用の部屋がある。

 一昔前はこの屋敷も活気に溢れ、当時は執事やメイドの他にフットマンや庭師もいたため、全ての部屋が埋まっていたらしいが、今この別館で暮しているのは、レオと恵美と愛理の3人だけ。

 老朽化が進み、多少古びた印象は受けるが、それでも部屋には生活に必要なものが全て揃っており、中央には共同で使えるキッチンやお風呂、談話室などもあるため、特に不自由はなかった。

 ──ガチャ

 身支度を整えると、レオは部屋に鍵をかけ、そのまま本館に向かった。

 渡り廊下を進み、そのまま休憩室に顔を出すと、丁度休憩をしていた恵美と愛理が、にこやかに声をかけてきた。

「五十嵐くん、もう出かけるの?」

「はい。あとのことはお願いして宜しいでしょうか?」

 朝、朝食をとる時にも話をしたが、一日休みをもらったレオは、外出前に改めて挨拶に来たようだった。

「大丈夫ですよ、五十嵐さん! お嬢様のことは、私が全て引き受けましたから、ご心配なく!」

 すると、レオの前に身を乗り出し、恵美が息巻く。
 今日は日曜日。学校への送り迎えはないし、執事の業務は矢野にも伝えてある。

 なにより恵美は、少し前まで結月の身の回りの世話をしていたので、特段問題はなさそうだった。

「ありがとうございます。じゃぁ、夕方には戻りますので、お嬢様のことお願いします」

 それだけ言い残すと、レオは部屋から出て、屋敷の裏口の方へと向かっていった。

「五十嵐さんて、私服姿も素敵ですよねー」

 すると、レオが去った後、ポーっと頬を染めながら、恵美が呟いた。

 普段、屋敷の中では、執事服かスーツを着ているレオ。
 だが、今日は休日とあり、黒いズボンに七分丈のシャツとベスト。キレイめではあるが、普段よりもラフな服を着こなす執事の姿は、とても新鮮だった。

「確かに、五十嵐くんて、細いし身長も高いから、何着ても似合うよねー」

 すると、その言葉に、テーブルにつきコーヒーを飲んでいた愛理が、同意するように呟く。

「ですよねー! それに、すごく落ち着いてるっていうか、ホント、私と同い年には見えない! ていうか、どうしたら、あんな素敵な人と巡り会えるんでしょう~! 五十嵐さんの彼女が羨ましい!」

「まぁ、いい男には大抵、彼女がいるものよ。それに五十嵐くんて、執事だけあって身のこなしもスマートだし、きっと学生時代とか、かなりモテてたんじゃないかな~」

「あー、確かに! そう言えば帰国子女ですし、とか、いたかもしれないですね!?」

「あー、海外生活長かったみたいだしね。フランス人とも付き合ってそう!」

 勝手に人の恋愛遍歴について盛り上がる2人。だが、その話も一段落すると

「てかさ、五十嵐くんの今の彼女って、日本人なのかな? 聞くのわすれてたけど」

「あ、そうですね。私、お嬢様に似た感じの彼女だと思ってたので、勝手に日本人だと思い込んでましたが……」

 恵美と愛理が、レオの彼女についてふむと考える。だが、いくら考えても答えなんて出るわけもなく。

「よし! 帰って来たら、聞いてみよ~」

「愛理さん、相変わらずですねー」

「だって、気になるじゃん! 五十嵐くんの彼女!」

 そう言って笑う愛理を見て、恵美もニコニコと楽しそうなに笑みを浮かべた。

 だが、まさかレオの言っていた「彼女」が、自分たちが仕えている『お嬢様』のことだなんて、一切考えもしないのだった。




 ✣

 ✣

 ✣



 その後、屋敷を出たレオは、午前中の予定を全て片付けたあと、とある場所に向かっていた。

 途中の店で買った荷物を手に、閑静な住宅地の中を進むと、その道の途中に、古びた日本家屋が建っていた。

 武家屋敷を思わせる純日本風の一軒家。

 屋根付きの冠木門かぶきもんを通り抜けると、中には小ぶりながらも、友禅とした日本庭園が広がっていた。

 石で囲われた池には錦鯉が泳ぎ、その周りには大きなヤマユリの花がふっくらとつぼみを付けていて、もう直、大輪の花を咲かせるのだろう。

 視線を上げれば、雄大な松の木や、まだ緑色のもみじの木がザワザワと風になびき、初夏の日差しを遮るように、涼しげな木陰を作り出していた。

 どこか懐かしいその光景にレオはホッと息をつくと、門前から石畳をすすみ、その家の玄関の前に立つ。

(ここに来るのは、二ヶ月ぶりか……)

 そんなことを考えながら、引き戸式の玄関の前で、インターフォンを鳴らした。

 すると、暫くして、その戸がカラカラと音を立てて開くと

「Hey Leo! Ça fait longtemps!」

 中から出てきたのは、赤みの入った金色の髪に、青い瞳をした、とてつもなく綺麗なフランス人だった。
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