50 / 289
第6章 執事の休息
執事の休日
しおりを挟む阿須加家の屋敷には、結月が生活している本館とは別に、使用人達が使う別館があった。
本館一階には、別館に繋がる渡り廊下があり、その室内通路を抜けると、中央から左右に別れ、男性用と女性用で各5部屋ずつ、計10部屋の使用人専用の部屋がある。
一昔前はこの屋敷も活気に溢れ、当時は執事やメイドの他にフットマンや庭師もいたため、全ての部屋が埋まっていたらしいが、今この別館で暮しているのは、レオと恵美と愛理の3人だけ。
老朽化が進み、多少古びた印象は受けるが、それでも部屋には生活に必要なものが全て揃っており、中央には共同で使えるキッチンやお風呂、談話室などもあるため、特に不自由はなかった。
──ガチャ
身支度を整えると、レオは部屋に鍵をかけ、そのまま本館に向かった。
渡り廊下を進み、そのまま休憩室に顔を出すと、丁度休憩をしていた恵美と愛理が、にこやかに声をかけてきた。
「五十嵐くん、もう出かけるの?」
「はい。あとのことはお願いして宜しいでしょうか?」
朝、朝食をとる時にも話をしたが、一日休みをもらったレオは、外出前に改めて挨拶に来たようだった。
「大丈夫ですよ、五十嵐さん! お嬢様のことは、私が全て引き受けましたから、ご心配なく!」
すると、レオの前に身を乗り出し、恵美が息巻く。
今日は日曜日。学校への送り迎えはないし、執事の業務は矢野にも伝えてある。
なにより恵美は、少し前まで結月の身の回りの世話をしていたので、特段問題はなさそうだった。
「ありがとうございます。じゃぁ、夕方には戻りますので、お嬢様のことお願いします」
それだけ言い残すと、レオは部屋から出て、屋敷の裏口の方へと向かっていった。
「五十嵐さんて、私服姿も素敵ですよねー」
すると、レオが去った後、ポーっと頬を染めながら、恵美が呟いた。
普段、屋敷の中では、執事服かスーツを着ているレオ。
だが、今日は休日とあり、黒いズボンに七分丈のシャツとベスト。キレイめではあるが、普段よりもラフな服を着こなす執事の姿は、とても新鮮だった。
「確かに、五十嵐くんて、細いし身長も高いから、何着ても似合うよねー」
すると、その言葉に、テーブルにつきコーヒーを飲んでいた愛理が、同意するように呟く。
「ですよねー! それに、すごく落ち着いてるっていうか、ホント、私と同い年には見えない! ていうか、どうしたら、あんな素敵な人と巡り会えるんでしょう~! 五十嵐さんの彼女が羨ましい!」
「まぁ、いい男には大抵、彼女がいるものよ。それに五十嵐くんて、執事だけあって身のこなしもスマートだし、きっと学生時代とか、かなりモテてたんじゃないかな~」
「あー、確かに! そう言えば帰国子女ですし、フランス人の超絶美人な元カノとか、いたかもしれないですね!?」
「あー、海外生活長かったみたいだしね。フランス人とも付き合ってそう!」
勝手に人の恋愛遍歴について盛り上がる2人。だが、その話も一段落すると
「てかさ、五十嵐くんの今の彼女って、日本人なのかな? 聞くのわすれてたけど」
「あ、そうですね。私、お嬢様に似た感じの彼女だと思ってたので、勝手に日本人だと思い込んでましたが……」
恵美と愛理が、レオの彼女についてふむと考える。だが、いくら考えても答えなんて出るわけもなく。
「よし! 帰って来たら、聞いてみよ~」
「愛理さん、相変わらずですねー」
「だって、気になるじゃん! 五十嵐くんの彼女!」
そう言って笑う愛理を見て、恵美もニコニコと楽しそうなに笑みを浮かべた。
だが、まさかレオの言っていた「彼女」が、自分たちが仕えている『お嬢様』のことだなんて、一切考えもしないのだった。
✣
✣
✣
その後、屋敷を出たレオは、午前中の予定を全て片付けたあと、とある場所に向かっていた。
途中の店で買った荷物を手に、閑静な住宅地の中を進むと、その道の途中に、古びた日本家屋が建っていた。
武家屋敷を思わせる純日本風の一軒家。
屋根付きの冠木門を通り抜けると、中には小ぶりながらも、友禅とした日本庭園が広がっていた。
石で囲われた池には錦鯉が泳ぎ、その周りには大きなヤマユリの花がふっくらと蕾を付けていて、もう直、大輪の花を咲かせるのだろう。
視線を上げれば、雄大な松の木や、まだ緑色のもみじの木がザワザワと風になびき、初夏の日差しを遮るように、涼しげな木陰を作り出していた。
どこか懐かしいその光景にレオはホッと息をつくと、門前から石畳をすすみ、その家の玄関の前に立つ。
(ここに来るのは、二ヶ月ぶりか……)
そんなことを考えながら、引き戸式の玄関の前で、インターフォンを鳴らした。
すると、暫くして、その戸がカラカラと音を立てて開くと
「Hey Leo! Ça fait longtemps!」
中から出てきたのは、赤みの入った金色の髪に、青い瞳をした、とてつもなく綺麗なフランス人だった。
3
お気に入りに追加
59
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
ヤンデレ旦那さまに溺愛されてるけど思い出せない
斧名田マニマニ
恋愛
待って待って、どういうこと。
襲い掛かってきた超絶美形が、これから僕たち新婚初夜だよとかいうけれど、全く覚えてない……!
この人本当に旦那さま?
って疑ってたら、なんか病みはじめちゃった……!
大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。
でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。
けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。
同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。
そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる