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第4章 執事の策略
自立
しおりを挟む夜7時をすぎ、結月は入浴をすませると、脱衣室の鏡の前で着替えをしていた。
フカフカのタオルで、身体についた水気を拭き取ると、カゴの中に用意していたナイトドレスに袖を通す。
そして、ふと顔を上げた瞬間、鏡の中の自分と目が合って、結月は、ため息をつく。
「はぁ……」
今朝方、突然、決まった世話役変更のお達し。
今まで結月の身の回りの世話は、五十嵐と恵美が分担して行っていた。
お茶や食事の手配、スケジュール管理など、主だったものは執事の五十嵐が行い、着替えなどの身の回りの世話をメイドの恵美が行う。
だが、それが一変。
その全てを、五十嵐が行うことになってしまった。
(……明日の朝は、五十嵐に起こされる前に起きなきゃ)
不意に朝のことを思い出して、結月は、頬を赤らめた。
いくら執事とはいえ、寝起きを見られるのは抵抗がある。あと、着替えを用意されるもの。
さっきだって、お風呂に入る前──
『着替えやタオルは、お持ちした方が宜しいですか?』
などと五十嵐に尋ねられたが、結月は、それを断り自分で用意した。
確かに、いつもなら着替えやタオルの用意は、恵美がしてくれるが、だからといって、また下着や衣類を五十嵐に見られるわけにはいかない。
(いつまでも、甘えてちゃダメよね?)
ずっと、してもらうのが当たり前だったし、それが使用人達の仕事でもあった。
だが、もう18歳だ。
この先しっかりとした大人になるためにも、自分のことくらいできるようにならなくては──
結月は、鏡の前で、小さく決意を固めると、湿った髪をタオルで軽く乾かしながら、脱衣室をあとにした。
赤い絨毯が敷かれた廊下を進み、自分の部屋へと向かう。
すると、部屋の前で、壁に寄りかかり、手帳を見つめている五十嵐の姿が見えた。
「五十嵐?」
「あぁ、お嬢様」
「わざわざ、待っててくれたの?」
「はい。そろそろ戻られる頃かと思いまして」
「その手帳は?」
「手帳ですか? 明日の段取りを確認しておりました。他の使用人達を、総括するのも執事の仕事ですから」
そう言うと、五十嵐は手にした手帳を胸ポケットにしまった。
執事の仕事は、案外ハードだ。
朝も早く、夜も遅い。
休憩は、結月が学校に行っている間にとっているらしいが、それでも、斎藤が抜けた穴をうめていることもあり、あまり休めていないようだった。
「ねぇ、ただでさえ忙しいのに、私の世話までかってでて本当に大丈夫なの?」
執事の身体を気遣い、結月が心配そうに見つめる。すると執事は、いつも通り、優しく笑って言葉を返した。
「問題はありません。それより中へ。髪を乾かしましょうか」
そう言って扉を開けると、結月を中へ通し、レオはドレッサーの前に移動し、イスを引いた。
座るように促され、反射的に従いそうになりつつも、結月は一瞬、考える。
確かに今までは、髪も恵美に乾かして貰っていた。
でも……
「だ、大丈夫。髪も自分で乾かすわ! 」
ドレッサーの前で足を止め、結月は遠慮する。すると、執事は
「ご自分でですか?」
「うん。私が、自分のことを、全部できるようになれば、五十嵐も楽になるでしょ?」
「そのようなこと仰らないでください。着替えやお召し物の準備は、ご自分でなさってくださるのです。御髪の手入れくらいは、私にさせてください。それに、いきなり飛ばしすぎると、あとで無理がきますよ?」
「……っ」
優しく微笑みかけられ、結月は迷う。
確かに、無理はくるかもしれない。
だけど──
「や、やっぱり、ダメ!」
その優しい言葉を、結月は、必死になって拒絶する。するとレオは、悲しそうに目を細めながら
「そんなに、私に髪を触られるのが、嫌ですか?」
「ぁ……」
その声は、どこか弱々しく、結月は、その瞳を見た瞬間、なんだか、申し訳ない気持ちになった。
「ち、違うの。嫌だからじゃなくて」
「では、どうして?」
「だって……五十嵐には、彼女がいるんでしょ?」
「──え?」
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