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第4章 執事の策略

イタズラ

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 それから、二日が経ち、阿須加の屋敷は朝を迎えた。

 時刻は、午前6時──昨晩の雨が上がり、濡れた紫陽花の花からは、朝日に照らされたしずくがキラキラと流れ落ちた。

 清々しい朝の光景。そして屋敷の中を進み、二階に上がった奥に、結月が使う部屋があった。

 白と紫を基調とした、モダンで落ち着いた雰囲気の部屋。

 両開きの扉を開ければ、左手にはティータイムでよく使用する猫脚の丸テーブルがあって、その先にある濃い紫のカーテンを開ければ、制服やドレス、靴やアクセサリーといった衣装をしまう小部屋があった。

 壁際には、縦長の窓が等間隔で備え付けられ、カーテンの隙間からは、一筋の陽の光が柔らかく差し込む。

 そして、入り口から右手にあるのは、ドレッサーと勉強机と天蓋付きのベッド。

 更に、その天蓋から垂れるレースカーテンを開けると、中の広々としたキングサイズのベッドの中で、結月は小さく寝息をたてていた。

 白のナイトドレスを着て、すやすやと眠る結月はあまりに無防備で、毛布にくるまってはいるが、胸元は少しはだけ、スカートの裾からは、肌触りの良さそうな足が覗いていた。

 朝が弱いせいか、結月はいつもメイドの恵美に起こされるまで、あまり目を覚まさない。

「んー……っ」

 だが、今日は起こされる前に目が覚めたらしい。結月が小さく声を漏らした。

 今、何時だろう。霞む視界を少しずつ覚醒させ、結月はベッドの中から辺りを見回す。

 するとその先で、微かにが揺らいだ。

 今日も、また恵美が起こしに来てくれたのだろう。結月は微睡みの中、恵美に声をかける。

「おはよう、恵美さ」

「おはようございます、お嬢様。お目覚めはいかがですか?」

「!?」

 たが、その瞬間、恵美とは違う声が聞こえてきて、結月は、ぱっちりと目を覚ました。

 天蓋の中では、自分を見下ろし、優しく微笑む執事の姿があった。その玲瓏な顔つきは、今日も変わらず美しい。だが

「きゃぁ!」

 いきなり現れた異性の存在に、結月は勢いよく起き上がると、サイドボードにぴたっと背をよせ、限界まで距離をとった。

 なぜ五十嵐がここにいるのか?
 胸の前で毛布を抱きしめながら、結月は困惑する。

「な、なんで……どうして五十嵐が……っ」

「どうしてって。私は、お嬢様を起こしに来ただけですよ」

「起こしに来たって……恵美さんは? 今日は、お休みではなかったはずよ?」

「はい。休暇は頂いておりません。ただ、今日から相原が行っていた、お嬢様の身の回りのお世話は、全てさせて頂くことになりました」

「……え?」

 身の回りの世話を──全て??

「な、何言ってるの!? 五十嵐は男性だし、全てなんて……!」

「何故ですか? お嬢様は、私をのように思われているのでは?」

「……っ」

 確かに五十嵐のことも、家族のように思っている。だが、恵美が行っていた身の回りの世話には、朝起こすだけでなく、着替えや髪の手入れなど、身体に触れるものも多い。

 流石にその全てを、執事とはいえ、男性にしてもらうわけには……

「でも、着替えとか……色々、あるし」

「家族ですから、恥ずかしがる必要はごさいません。それとも、私のことは、家族とは認めてくださらないのでしょうか?」

 瞬間、執事がとても寂しそうな目をして俯いた。そのように言われると、さすがの結月も言葉につまる。

「そ、そんなことないわ……五十嵐も、私の大事な家族よ」

「では、ですね」

「え?」

「本日より、お嬢様の身の回りのお世話は、私がさせて頂きます」

「あ、ちょ、待って……!」

「明日もまた、この時間に起こしに参りますので、そのつもりでいてください。

「うっ……わ、わかりました」

 何故か、にっこりと笑った執事に、有無を言わさず承諾させられた。なんか上手いこと言いくるめられた気がする。これでは、どっちが主人なのか分からない。

「あー、それと」
「……!」

 すると、執事はベッドに手を付き、更に距離を近づけてきた。軋んだベッドの音に、心なしか心拍が早まる。

「私の前で、あまり無防備な姿を晒らすのは、お控えください」

「え? 無防備?」

「はい。そのように淫らなお姿を晒されると、イタズラをしたくなってしまうかもしれません。いくら執事とはいえ、私も『男』ですから」

「……ッ」

 淫らな姿とは、胸元が肌けたナイトドレスのことだろうか。まるで、からかうように耳元で囁きかけられ、結月は真っ赤になった。

 考えても見れば、今、自分は、寝起き姿を男性に晒しているわけで……

「あ、あ、……私、顔を洗って来ます!」

 なんてはしたない──と、結月は、この場から逃たいとばかりに、そう告げると、執事は、結月の前から退き、天蓋から下がるカーテンを柱へと束ねた。

「どうぞ、お嬢様」

 カーテンが開かれれば、同時に部屋の視界が開け、執事が手を差し出してきた。いつもの白い手袋をした五十嵐の手。それを取れば、結月はベッドから出て、慌てて部屋からでていった。

 そして、そんな結月の姿を見て、レオはクスクスと微笑む。

「お嬢様は、今日も変わらず、可愛らしいですね」

 無防備に眠る姿も、恥らい頬を染める姿も、その全てが──愛おしい。

 だが、今は仕事中。お嬢様に、うつつを抜かしている場合ではない。

「さて……俺も着替えの準備をしておこうかな?」

 そう言うと、レオは部屋の奥へと進み、クローゼットの中へと入っていった。
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