上 下
31 / 289
第4章 執事の策略

白い日記帳

しおりを挟む

 深夜0時──

 全ての業務を終え自室に戻ると、レオはシャワーを浴びたあと、窓際に置かれた机についた。

 木製の机には、いくつか引き出しが付いていて、その中の一番上の引き出しから、白い日記帳と黒革の手帳をとり出すと、机の上に日記帳を広げ、今日の出来事を簡単に記していく。

 そこそこ厚みのあるこの日記帳は、レオが中学の時、フランスに移住してからつけているものだった。
 毎日書いているわけではなく、書きたい時にだけ、書いているもの。

「将来……か」

 すると、昼間の結月の言葉を思い出し、レオは眉をひそめた。

『私も、もう3年だし、将来のこととか色々決めなくてはいけなくて……だから、近々お父様とお母様のところに連れて行ってくれる?』

 あの親の「希望」なんて、もう分かりきってる。

 仮に大学に進学するにしても、きっと、また親の決めた大学に行かされるのだろう。

 そして、そのあとは、親の決めた好きではない相手と結婚させられる。

 そしてそれを、結月自身よく分かっていて、もう自分で進路を選ぶことすら放棄してる。

「お前の将来は……『俺が貰う』って、約束をしたのに」

 結月と別れた時のことを思い出して、レオは悲しげに、その瞳を揺らす。

 8年前──レオは結月を置き去りにして、日本をたった。

 できるなら離れたくはなかった。だが、その頃の自分たちは、まだ子供で、どうしても親の元で生きていかなくてはならなかった。

『レオ、いかないで……っ』

 そう言って、涙を流す結月を必死に慰めた。

 離れたくない気持ちを押し殺して、レオは結月の手を握りしめ『いつか必ず迎えに来るから』と、約束した。

 いつか二人、大人になったら
 自由になれたら──結婚しようと。

 大輪の花を咲かせた『ヤマユリ』の花と、あの小さな『箱』に夢を託して──結月にキスをした。

 だけど、愛しい人を置き去りにした代償は、あまりに大きく。

 数年ぶりに再会した結月は、自分と過ごした『時間』や『約束』だけでなく『夢』を見ることですら、全て忘れてしまっていた。

 あの時、誓ったのは
 空っぽにしたかったのは

 結月の『心』ではなったはずのに……。


「はぁ………」

 スラスラと日記帳にペンを走らせていた手を止めると、レオは深くため息をついた。

 あの頃の結月を取り戻すためには、失った記憶を思い出させるのが手っ取り早い。だが……

「お兄ちゃん……か」

 思いのほか、それは前途多難だった!

 あろうことか結月は、今、自分のことをではなくのような存在だと認識している。

(この前、あんな本読んでたくせに、まったく意識してないなんて……っ)

 正直、結月が、お嬢様と執事の恋愛小説を読んでいた時は、素直に嬉しかった。

 だが、小説の中のお嬢様と執事は、あんなにも淫らに愛を確かめあっていたというのに、結月は自分のことを、本気でとしか思っていない。

 ここ二ヶ月、あくまでもは侵さない程度に、レオは結月に、それなりに近い距離で接してきた。

 だが、まったく意識すらせず、自分を『家族のような使用人』と認識している結月。

 というか、いくら使用人とはいえ、赤の他人を信頼しすぎではないだろうか?

 前任の執事に恋心を抱かれ、軽く修羅場ったわりには、学習能力がないのか、はたまた人を疑わない純粋すぎる性格なのか、こうも使用人に対して、無防備だと流石に心配になってくる。

「なんとかしないと、マズイな。あれは……」

 レオは再度、ため息をつく。

 自分がこの街に戻って来たのは、結月と『家族』になるため。だが、決して『兄』になる為ではない。

 なら──

「まずは、執事もだってこと、ちゃんと分からせてあげないとな」

 なにか悪巧みでも思いついたのか、レオは小さく呟いたあと、軽く口角をあげた。

 記憶を思い出させるためにも、このまま「ただの執事」で終わるわけにはいかない。

 結月が、自分を異性として見る気がないというなら、こちらだって、執事という立場を利用して、本気で攻めればいいだけだ。

 例えそれが、執事として、あるまじき行為だったとしても……

「覚悟してろよ、結月──」

 白い日記帳をパタンと閉じると、レオは怪しい笑みを浮かべ、窓の外を見上げた。

 かすみがかった空を見上げれば、昼間降っていた雨が上がり、綺麗な三日月が、雲間から顔をのぞかせていた。

しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

×一夜の過ち→◎毎晩大正解!

名乃坂
恋愛
一夜の過ちを犯した相手が不幸にもたまたまヤンデレストーカー男だったヒロインのお話です。

砂漠の国でイケメン俺様CEOと秘密結婚⁉︎ 〜Romance in Abū Dhabī〜 【Alphapolis Edition】

佐倉 蘭
キャラ文芸
都内の大手不動産会社に勤める、三浦 真珠子(まみこ)27歳。 ある日、突然の辞令によって、アブダビの新都市建設に関わるタワービル建設のプロジェクトメンバーに抜擢される。 それに伴って、海外事業本部・アブダビ新都市建設事業室に異動となり、海外赴任することになるのだが…… ——って……アブダビって、どこ⁉︎ ※作中にアラビア語が出てきますが、作者はアラビア語に不案内ですので雰囲気だけお楽しみ下さい。また、文字が反転しているかもしれませんのでお含みおき下さい。

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ヤンデレだらけの短編集

BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。 全8話。1日1話更新(20時)。 □ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡 □ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生 □アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫 □ラベンダー:希死念慮不良とおバカ □デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。 かなり昔に書いたもので、最近の作品と書き方やテーマが違うと思いますが、楽しんでいただければ嬉しいです。

処理中です...