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第3章 独占欲の行方
身分違いの恋
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それから、一日はあっという間に過ぎ去り、結月は、一人掛けのソファーにゆったりと座りこみ、本を読んでいた。
時刻は、もう夜の11時過ぎ。
あの後、チョコレートを食べてすぐに、五十嵐がコーヒーを持って来てくれた。だが、丁度コーヒーが欲しいと思っていたから驚いた。しかし、その後
『チョコ、食べたんですか?』
なんて聞いてくるものだから、素直に「食べた」と報告すると、五十嵐は、どこか嬉しそうに笑っていた。
だが、そのあとは特段いつもとは変わらず、朝のような嫌がらせをしてくることもなかった。
結局、どうして急にあんなことをしたのか分からないまま、結月は、朝クラスメイトから借りた文庫本を読み始めたのだが……
「っ……」
半分ほど読んだあと、その文庫本を一旦閉じた結月は、顔を真っ赤にしていた。
(ど、どうしよう……これって)
──もしかして、官能小説というやつでは?
小説の中では、男女がベッドの上で濃厚に絡み合っていた。結月は、そのページを読んだ瞬間、恥ずかしそうに本で顔を隠した。
内容は、身分違いでありながらも恋に落ちてしまった、お嬢様と執事の恋愛物語。
だが、始まりは普通の恋愛小説のようだったのだが、蓋を開ければ、その内容があまりにも過激すぎた。
いわゆる大人の女性向けに作られた小説だろう。特段、年齢制限がもうけられている訳ではないが、確実に小中学生にはオススメできない内容だった。
勿論、お嬢様と執事という立場の違いからくる二人の葛藤など、繊細な心理描写もあるのだが、物語は進むにつれて次第に過激な描写が増えはじめ、更には、使用人達に隠れて、屋敷の至る場所で情事に赴くという、リアルに考えたらツッコみたくなるような内容も盛り沢山だった。
(まさか、学校に、こんな本を持って来てたなんて……っ)
「これも立派な文学よ」なんて言っていたものだから、普通に純文学とか、執事が謎を解く推理ものとか、そんな類の話だと思っていた。
もちろん、官能小説だって、立派な文学だ。
だが、あまりこういった本を読んでこなかった結月にとって、その内容は、あまりに刺激的で……
(みんな……こういうの、普通に読んでたりするのかな?)
温室育ちで、屋敷からは、あまり出ない結月。
読みたい本があれば、メイドにたのむか、図書館から借りてくるかだし、なによりも、両親から「貞淑であれ」と躾られてきた結月が、このような本を自ら手にすることはなかった。
(どうしよう……こんな本読んでるなんて、お父様とお母様に知られたら、きっと怒られるわ)
操は全て、いつか現れる『婚約者』に捧げろと言われていた。
生涯、夫になる相手に、身も心も全て捧げる。
今、女子校に通わさせられているのも『余計な虫』を寄せ付けさせないためだ。
それ故に、男性とお付き合いした経験もなく、キスひとつ知らない結月にとって、本の中の話は、酷く現実離れしたものだった。
(でも、確かにこの執事、ちょっと五十嵐に似てるかも?)
「なにかの参考になるかも」と言っていた有栖川の言葉を思い出し、結月は、再び本を開いた。
主人公のお嬢様が恋をする、相手役の執事。
性的な部分は別にして、その口調や容姿、そして、物静かでどこかミステリアスな雰囲気は、確かに五十嵐を思わせる。のだが……
(うーん……でも、全然、参考にならないわ)
似ているだけあり、少しは五十嵐の行動や気持ちを理解できるかも?……と、思ったのだが、内容が内容なだけに、全く参考にならなかった。
もし五十嵐が、この小説のように、自分に邪な感情を抱いていたら、即刻クビにしなくてはなるまい。
「はぁ……続き、どうしよう」
先程のページを見つめながら、一つ息をつくと、結月はこの先に進むべきかを迷う。
きっと内容は、更に過激になる。
だが、妙に引き込まれる話でもあった。
官能的なシーンも露骨な表現はなく、女性が好むだけあり、綺麗な文脈と甘い言葉に満ちていた。それに
(この二人……最後、どうなるのかしら?)
その結末が、妙に気になった。
お嬢様と執事。
身分違いの禁断の恋。
それは、どんなに愛し合っていても、結ばれるはずのない恋だったから。
「お嬢様!」
「きゃ!?」
だが、その瞬間バサッという音と共に、目の前の文庫本が、突然、手元から取り上げられた。
肩を弾ませ、何事かと振り向くと、結月が腰掛けていたソファーの後ろには、取り上げた文庫本を手にして立つ、五十嵐の姿があった。
「い、五十嵐……なんで、勝手に……っ」
突然、現れた執事に結月は困惑する。
すると、執事は少し呆れた顔をして
「ちゃんとノックはしましたよ。でも、返事がないので、てっきり電気も消さずに寝てしまわれたのかと……」
「え? そうだったの?」
色々考えていたせいで、どうやらノックに気づかなかったらしい。
(……あ、もう11時過ぎてるんだ)
そして結月は、部屋の時計を目にして、もうそんな時間なのかと驚いた。
本を読んでいて気づかなかったが、確かに五十嵐が、いつ見回りに来てもおかしくない時間だ。
「お嬢様、本に夢中になるのはいいですが、そろそろお休みにならないと」
「あ、そうね」
「はい。ただでさえ、お嬢様は朝が弱いですからね。夜更かしをすると、また起きられなくなってしま、い……ます……よ?」
「?」
だが、なぜか五十嵐の言葉が、突然つまりだした。
結月がどうしたのかと、再び五十嵐を見上げれば、五十嵐の視線は、さっき結月が読んでいた文庫本に注がれていた。
「あ!?」
そして、その本の内容を思い出した瞬間、結月は顔を真っ赤にして立ち上がった。
しかも、今、五十嵐が目にしているのは、例の官能的なベッドシーンがあるページ!!
「い、五十嵐、それ返して!!」
全身がカッと熱くなるを感じて、結月は、その本を取り返そうと、咄嗟に手を伸ばす。
だが、結月が本を掴む寸前、五十嵐は、ひょいと頭上高くその文庫本を持ち上げると、身長差があるせいか、結月の手は文庫本に届くことなく、空中で止まってしまう。
「あ……、ッ」
恥ずかしさでいっぱいになった顔で、五十嵐を見つめれば、五十嵐は表情一つ変えず、頭上に掲げた、文庫本を見つめていた。
静かな室内には、パラリとページを捲る音。
そして、それから暫くし、五十嵐は手にしていた本をパタンと閉じ
「へー、これはなかなか、刺激的な小説ですね」
「っ……」
その内容に、一通り目を通した後、執事は、意地悪そうに笑った。すると、結月は
(き、消えたい……っ)
と、今にも泣きそうな顔で、そう思ったのだった。
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