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第3章 独占欲の行方

身分違いの恋

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 ✣✣✣

 それから、一日はあっという間に過ぎ去り、結月は、一人掛けのソファーにゆったりと座りこみ、本を読んでいた。

 時刻は、もう夜の11時過ぎ。

 あの後、チョコレートを食べてすぐに、五十嵐がコーヒーを持って来てくれた。だが、丁度コーヒーが欲しいと思っていたから驚いた。しかし、その後

『チョコ、食べたんですか?』

 なんて聞いてくるものだから、素直に「食べた」と報告すると、五十嵐は、どこか嬉しそうに笑っていた。
 
 だが、そのあとは特段いつもとは変わらず、朝のような嫌がらせをしてくることもなかった。

 結局、どうして急にあんなことをしたのか分からないまま、結月は、朝クラスメイトから借りた文庫本を読み始めたのだが……

「っ……」

 半分ほど読んだあと、その文庫本を一旦閉じた結月は、顔を真っ赤にしていた。

(ど、どうしよう……これって)

 ──もしかして、というやつでは?

 小説の中では、男女がベッドの上で濃厚に絡み合っていた。結月は、そのページを読んだ瞬間、恥ずかしそうに本で顔を隠した。

 内容は、身分違いでありながらも恋に落ちてしまった、お嬢様と執事の恋愛物語。

 だが、始まりは普通の恋愛小説のようだったのだが、蓋を開ければ、その内容があまりにも過激すぎた。

 いわゆる大人の女性向けに作られた小説だろう。特段、年齢制限がもうけられている訳ではないが、確実に小中学生にはオススメできない内容だった。

 勿論、お嬢様と執事という立場の違いからくる二人の葛藤など、繊細な心理描写もあるのだが、物語は進むにつれて次第に過激な描写が増えはじめ、更には、使用人達に隠れて、屋敷の至る場所で情事に赴くという、リアルに考えたらツッコみたくなるような内容も盛り沢山だった。

(まさか、学校に、こんな本を持って来てたなんて……っ)

 「これも立派な文学よ」なんて言っていたものだから、普通に純文学とか、執事が謎を解く推理ものとか、そんなたぐいの話だと思っていた。

 もちろん、官能小説だって、立派な文学だ。

 だが、あまりこういった本を読んでこなかった結月にとって、その内容は、あまりに刺激的で……

(みんな……こういうの、普通に読んでたりするのかな?)

 温室育ちで、屋敷からは、あまり出ない結月。

 読みたい本があれば、メイドにたのむか、図書館から借りてくるかだし、なによりも、両親から「貞淑ていしゅくであれ」としつけられてきた結月が、このような本を自ら手にすることはなかった。

(どうしよう……こんな本読んでるなんて、お父様とお母様に知られたら、きっと怒られるわ)

 みさおは全て、いつか現れる『婚約者』に捧げろと言われていた。

 生涯、夫になる相手に、身も心も全て捧げる。

 今、女子校に通わさせられているのも『余計な虫』を寄せ付けさせないためだ。

 それ故に、男性とお付き合いした経験もなく、キスひとつ知らない結月にとって、本の中の話は、酷く現実離れしたものだった。

(でも、確かにこの執事、ちょっと五十嵐に似てるかも?)

 「なにかの参考になるかも」と言っていた有栖川の言葉を思い出し、結月は、再び本を開いた。

 主人公のお嬢様が恋をする、相手役の執事。

 性的な部分は別にして、その口調や容姿、そして、物静かでどこかミステリアスな雰囲気は、確かに五十嵐を思わせる。のだが……

(うーん……でも、全然、参考にならないわ)

 似ているだけあり、少しは五十嵐の行動や気持ちを理解できるかも?……と、思ったのだが、内容が内容なだけに、全く参考にならなかった。

 もし五十嵐が、この小説のように、自分に邪な感情を抱いていたら、即刻にしなくてはなるまい。

「はぁ……続き、どうしよう」

 先程のページを見つめながら、一つ息をつくと、結月はこの先に進むべきかを迷う。

 きっと内容は、更に過激になる。
 だが、妙に引き込まれる話でもあった。

 官能的なシーンも露骨な表現はなく、女性が好むだけあり、綺麗な文脈と甘い言葉に満ちていた。それに

(この二人……最後、どうなるのかしら?)

 その結末が、妙に気になった。

 お嬢様と執事。
 身分違いの禁断の恋。

 それは、どんなに愛し合っていても、結ばれるはずのない恋だったから。

「お嬢様!」
「きゃ!?」

 だが、その瞬間バサッという音と共に、目の前の文庫本が、突然、手元から取り上げられた。

 肩を弾ませ、何事かと振り向くと、結月が腰掛けていたソファーの後ろには、取り上げた文庫本を手にして立つ、五十嵐の姿があった。

「い、五十嵐……なんで、勝手に……っ」

 突然、現れた執事に結月は困惑する。
 すると、執事は少し呆れた顔をして

「ちゃんとノックはしましたよ。でも、返事がないので、てっきり電気も消さずに寝てしまわれたのかと……」

「え? そうだったの?」

 色々考えていたせいで、どうやらノックに気づかなかったらしい。

(……あ、もう11時過ぎてるんだ)

 そして結月は、部屋の時計を目にして、もうそんな時間なのかと驚いた。

 本を読んでいて気づかなかったが、確かに五十嵐が、いつ見回りに来てもおかしくない時間だ。

「お嬢様、本に夢中になるのはいいですが、そろそろお休みにならないと」

「あ、そうね」

「はい。ただでさえ、お嬢様は朝が弱いですからね。夜更かしをすると、また起きられなくなってしま、い……ます……よ?」

「?」

 だが、なぜか五十嵐の言葉が、突然つまりだした。

 結月がどうしたのかと、再び五十嵐を見上げれば、五十嵐の視線は、さっき結月が読んでいた文庫本に注がれていた。

「あ!?」

 そして、その本の内容を思い出した瞬間、結月は顔を真っ赤にして立ち上がった。

 しかも、今、五十嵐が目にしているのは、例のがあるページ!!

「い、五十嵐、それ返して!!」

 全身がカッと熱くなるを感じて、結月は、その本を取り返そうと、咄嗟に手を伸ばす。

 だが、結月が本を掴む寸前、五十嵐は、ひょいと頭上高くその文庫本を持ち上げると、身長差があるせいか、結月の手は文庫本に届くことなく、空中で止まってしまう。

「あ……、ッ」

 恥ずかしさでいっぱいになった顔で、五十嵐を見つめれば、五十嵐は表情一つ変えず、頭上に掲げた、文庫本を見つめていた。

 静かな室内には、パラリとページをめくる音。

 そして、それから暫くし、五十嵐は手にしていた本をパタンと閉じ

「へー、これはなかなか、ですね」

「っ……」

 その内容に、一通り目を通した後、執事は、意地悪そうに笑った。すると、結月は

(き、消えたい……っ)

 と、今にも泣きそうな顔で、そう思ったのだった。
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