上 下
25 / 211
第3章 独占欲の行方

身分違いの恋

しおりを挟む

 ✣✣✣

 それから、一日はあっという間に過ぎ去り、結月は、一人掛けのソファーにゆったりと座りこみ、本を読んでいた。

 時刻は、もう夜の11時過ぎ。

 あの後、チョコレートを食べてすぐに、五十嵐がコーヒーを持って来てくれた。だが、丁度コーヒーが欲しいと思っていたから驚いた。しかし、その後

『チョコ、食べたんですか?』

 なんて聞いてくるものだから、素直に「食べた」と報告すると、五十嵐は、どこか嬉しそうに笑っていた。
 
 だが、そのあとは特段いつもとは変わらず、朝のような嫌がらせをしてくることもなかった。

 結局、どうして急にあんなことをしたのか分からないまま、結月は、朝クラスメイトから借りた文庫本を読み始めたのだが……

「っ……」

 半分ほど読んだあと、その文庫本を一旦閉じた結月は、顔を真っ赤にしていた。

(ど、どうしよう……これって)

 ──もしかして、というやつでは?

 小説の中では、男女がベッドの上で濃厚に絡み合っていた。結月は、そのページを読んだ瞬間、恥ずかしそうに本で顔を隠した。

 内容は、身分違いでありながらも恋に落ちてしまった、お嬢様と執事の恋愛物語。

 だが、始まりは普通の恋愛小説のようだったのだが、蓋を開ければ、その内容があまりにも過激すぎた。

 いわゆる大人の女性向けに作られた小説だろう。特段、年齢制限がもうけられている訳ではないが、確実に小中学生にはオススメできない内容だった。

 勿論、お嬢様と執事という立場の違いからくる二人の葛藤など、繊細な心理描写もあるのだが、物語は進むにつれて次第に過激な描写が増えはじめ、更には、使用人達に隠れて、屋敷の至る場所で情事に赴くという、リアルに考えたらツッコみたくなるような内容も盛り沢山だった。

(まさか、学校に、こんな本を持って来てたなんて……っ)

 「これも立派な文学よ」なんて言っていたものだから、普通に純文学とか、執事が謎を解く推理ものとか、そんなたぐいの話だと思っていた。

 もちろん、官能小説だって、立派な文学だ。

 だが、あまりこういった本を読んでこなかった結月にとって、その内容は、あまりに刺激的で……

(みんな……こういうの、普通に読んでたりするのかな?)

 温室育ちで、屋敷からは、あまり出ない結月。

 読みたい本があれば、メイドにたのむか、図書館から借りてくるかだし、なによりも、両親から「貞淑ていしゅくであれ」としつけられてきた結月が、このような本を自ら手にすることはなかった。

(どうしよう……こんな本読んでるなんて、お父様とお母様に知られたら、きっと怒られるわ)

 みさおは全て、いつか現れる『婚約者』に捧げろと言われていた。

 生涯、夫になる相手に、身も心も全て捧げる。

 今、女子校に通わさせられているのも『余計な虫』を寄せ付けさせないためだ。

 それ故に、男性とお付き合いした経験もなく、キスひとつ知らない結月にとって、本の中の話は、酷く現実離れしたものだった。

(でも、確かにこの執事、ちょっと五十嵐に似てるかも?)

 「なにかの参考になるかも」と言っていた有栖川の言葉を思い出し、結月は、再び本を開いた。

 主人公のお嬢様が恋をする、相手役の執事。

 性的な部分は別にして、その口調や容姿、そして、物静かでどこかミステリアスな雰囲気は、確かに五十嵐を思わせる。のだが……

(うーん……でも、全然、参考にならないわ)

 似ているだけあり、少しは五十嵐の行動や気持ちを理解できるかも?……と、思ったのだが、内容が内容なだけに、全く参考にならなかった。

 もし五十嵐が、この小説のように、自分に邪な感情を抱いていたら、即刻にしなくてはなるまい。

「はぁ……続き、どうしよう」

 先程のページを見つめながら、一つ息をつくと、結月はこの先に進むべきかを迷う。

 きっと内容は、更に過激になる。
 だが、妙に引き込まれる話でもあった。

 官能的なシーンも露骨な表現はなく、女性が好むだけあり、綺麗な文脈と甘い言葉に満ちていた。それに

(この二人……最後、どうなるのかしら?)

 その結末が、妙に気になった。

 お嬢様と執事。
 身分違いの禁断の恋。

 それは、どんなに愛し合っていても、結ばれるはずのない恋だったから。

「お嬢様!」
「きゃ!?」

 だが、その瞬間バサッという音と共に、目の前の文庫本が、突然、手元から取り上げられた。

 肩を弾ませ、何事かと振り向くと、結月が腰掛けていたソファーの後ろには、取り上げた文庫本を手にして立つ、五十嵐の姿があった。

「い、五十嵐……なんで、勝手に……っ」

 突然、現れた執事に結月は困惑する。
 すると、執事は少し呆れた顔をして

「ちゃんとノックはしましたよ。でも、返事がないので、てっきり電気も消さずに寝てしまわれたのかと……」

「え? そうだったの?」

 色々考えていたせいで、どうやらノックに気づかなかったらしい。

(……あ、もう11時過ぎてるんだ)

 そして結月は、部屋の時計を目にして、もうそんな時間なのかと驚いた。

 本を読んでいて気づかなかったが、確かに五十嵐が、いつ見回りに来てもおかしくない時間だ。

「お嬢様、本に夢中になるのはいいですが、そろそろお休みにならないと」

「あ、そうね」

「はい。ただでさえ、お嬢様は朝が弱いですからね。夜更かしをすると、また起きられなくなってしま、い……ます……よ?」

「?」

 だが、なぜか五十嵐の言葉が、突然つまりだした。

 結月がどうしたのかと、再び五十嵐を見上げれば、五十嵐の視線は、さっき結月が読んでいた文庫本に注がれていた。

「あ!?」

 そして、その本の内容を思い出した瞬間、結月は顔を真っ赤にして立ち上がった。

 しかも、今、五十嵐が目にしているのは、例のがあるページ!!

「い、五十嵐、それ返して!!」

 全身がカッと熱くなるを感じて、結月は、その本を取り返そうと、咄嗟に手を伸ばす。

 だが、結月が本を掴む寸前、五十嵐は、ひょいと頭上高くその文庫本を持ち上げると、身長差があるせいか、結月の手は文庫本に届くことなく、空中で止まってしまう。

「あ……、ッ」

 恥ずかしさでいっぱいになった顔で、五十嵐を見つめれば、五十嵐は表情一つ変えず、頭上に掲げた、文庫本を見つめていた。

 静かな室内には、パラリとページをめくる音。

 そして、それから暫くし、五十嵐は手にしていた本をパタンと閉じ

「へー、これはなかなか、ですね」

「っ……」

 その内容に、一通り目を通した後、執事は、意地悪そうに笑った。すると、結月は

(き、消えたい……っ)

 と、今にも泣きそうな顔で、そう思ったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

春から一緒に暮らすことになったいとこたちは露出癖があるせいで僕に色々と見せてくる

釧路太郎
キャラ文芸
僕には露出狂のいとこが三人いる。 他の人にはわからないように僕だけに下着をチラ見せしてくるのだが、他の人はその秘密を誰も知らない。 そんな三人のいとこたちとの共同生活が始まるのだが、僕は何事もなく生活していくことが出来るのか。 三姉妹の長女前田沙緒莉は大学一年生。次女の前田陽香は高校一年生。三女の前田真弓は中学一年生。 新生活に向けたスタートは始まったばかりなのだ。   この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」にも投稿しています。

前略、旦那様……幼馴染と幸せにお過ごし下さい【完結】

迷い人
恋愛
私、シア・エムリスは英知の塔で知識を蓄えた、賢者。 ある日、賢者の天敵に襲われたところを、人獣族のランディに救われ一目惚れ。 自らの有能さを盾に婚姻をしたのだけど……夫であるはずのランディは、私よりも幼馴染が大切らしい。 「だから、王様!! この婚姻無効にしてください!!」 「My天使の願いなら仕方ないなぁ~(*´ω`*)」  ※表現には実際と違う場合があります。  そうして、私は婚姻が完全に成立する前に、離婚を成立させたのだったのだけど……。  私を可愛がる国王夫婦は、私を妻に迎えた者に国を譲ると言い出すのだった。  ※AIイラスト、キャラ紹介、裏設定を『作品のオマケ』で掲載しています。  ※私の我儘で、イチャイチャどまりのR18→R15への変更になりました。 ごめんなさい。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

記憶を失くした悪役令嬢~私に婚約者なんておりましたでしょうか~

Blue
恋愛
マッツォレーラ侯爵の娘、エレオノーラ・マッツォレーラは、第一王子の婚約者。しかし、その婚約者を奪った男爵令嬢を助けようとして今正に、階段から二人まとめて落ちようとしていた。 走馬灯のように、第一王子との思い出を思い出す彼女は、強い衝撃と共に意識を失ったのだった。

王子妃だった記憶はもう消えました。

cyaru
恋愛
記憶を失った第二王子妃シルヴェーヌ。シルヴェーヌに寄り添う騎士クロヴィス。 元々は王太子であるセレスタンの婚約者だったにも関わらず、嫁いだのは第二王子ディオンの元だった。 実家の公爵家にも疎まれ、夫となった第二王子ディオンには愛する人がいる。 記憶が戻っても自分に居場所はあるのだろうかと悩むシルヴェーヌだった。 記憶を取り戻そうと動き始めたシルヴェーヌを支えるものと、邪魔するものが居る。 記憶が戻った時、それは、それまでの日常が崩れる時だった。 ★1話目の文末に時間的流れの追記をしました(7月26日) ●ゆっくりめの更新です(ちょっと本業とダブルヘッダーなので) ●ルビ多め。鬱陶しく感じる方もいるかも知れませんがご了承ください。  敢えて常用漢字などの読み方を変えている部分もあります。 ●作中の通貨単位はケラ。1ケラ=1円くらいの感じです。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

お飾り公爵夫人の憂鬱

初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。 私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。 やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。 そう自由……自由になるはずだったのに…… ※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です ※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません ※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります

処理中です...