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第3章 独占欲の行方

一人目

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 次の日の朝──

 結月はメイドの恵美に手伝われながら、いつも通り学校へ向かう準備を始めていた。

 白のブラウスにピンク色のスカートを着て、上からジャケットを羽織ると、高校の制服をしっかり身につけた結月は、鏡台の前に座る。

 恵美に髪をといてもらえば、少し茶色がかった黒髪がサラリと流れた。

 いつものようにハーフアップにしてもらい最後に赤いリボンを付け、全ての身支度を整えると、結月はいつも通りニッコリと微笑む。

「ありがとう、恵美さん」

「いいえ、しかしお嬢様、だいぶ髪が伸びましたね」

「そうね。いつも手間どらせて、ごめんね?」

「そんな滅相もない。それに、これが私のお仕事ですから!」

 そう言うと、恵美は無邪気に笑って見せる。

 恵美は約二年前、この屋敷にメイドとしてやって来た。

 歳が近いため、結月の身の回りの世話をすることになり、初めは不慣れなこともあったが、今では、お嬢様ともかなり打ち解け、メイドの仕事も大分慣れてきた。

 なによりこのお嬢様は、一般的なお嬢様とは違い、一切偉そうでもないし、わがままでもない。

 失敗しても笑って許してくれるため、多少おっちょいな恵美でも、なんとかなっていた。

 

 ✣✣✣



 その後、準備をすませた結月は、恵美と別れ、一階の広間に向かった。

 中に入ると、だだっ広い部屋の中央には、幅広く長いテーブルがあった。

 十数人は腰掛けられそうなアンティーク製の長テーブルには真っ白なクロスがかけられていて、中央には燭台と花が飾られていた。

「おはようございます。お嬢様」

「おはよう、五十嵐」

 執事のレオが頭を下げると、食卓の椅子を引き、結月をテーブルに付かせた。

 すると、それと同時にシェフの冨樫《とがし》が朝食を運んできてくれた。

 毎日、良い食材を使い、手間暇かけて作ってくれる料理は、昼の学食のメニューなども考慮して、カロリーや栄養面などもしっかりと考えて作られていた。

 お嬢様のためだけに作られた、豪華な朝食。

 その食事を、結月はいつも、この広い部屋で一人で食べるのだ。

「…………」

 カチャとナイフを使う音が小さく響く。

 冨樫が部屋から出て行った後は、傍らで、燕尾服を着たレオが無言で佇むだけだった。

 特段会話もなく、暫くして食事を終えると

「……ごちそうさまでした」

 そういって、口元を拭き取った結月は、その後、洗面室に向かった。

 化粧室も兼ねたこの部屋には、とても大きな鏡があった。

 歯磨きをするため、結月は鏡の前に立つ。
 そして

「はぁ……」

 深くため息をつくと、結月は、また鏡を見つめた。

 なんの変わり映えもない、いつもの日常。

 朝起きて、一人で朝食をとり、そして、学校へ行く。

 寄り道ひとつせず、学校から帰ったあとは、また屋敷の中で、いつも通り過ごす。

 毎日毎日、同じことの繰り返し。

 やりたいこともない。
 行きたいところもない。

 ただ父と母の言いなりに、毎日を過ごすだけ。

 変わらない日常は、変えられない日々は、次第に感情すらも麻痺させて、時折、自分は、何のために生きているのかと、自分自身に問いたくなる。

「……なんの……ために?」

 鏡に映る自分を見つめ、結月はそっと目を閉じた。

 なんのため? そんなの──

に、決まってるじゃない……っ」




 ✣✣✣



 歯磨きすませたあと、結月は玄関に向かった。

 玄関先では、すでに矢野と恵美が学校の鞄を手にし、結月を待っていた。

 だが、その、いつもとは違う光景に、結月は首を傾げる。

「あれ? 五十嵐は?」

 いつもは、この二人の他に執事である五十嵐も、結月を見送りに来てくれていた。

 だが、なぜか今日は、その執事の姿がなかった。

「五十嵐なら、今、外におります」

「外?」

 いつもとは違う五十嵐の行動に、結月は再び首を傾げた。

(なんで、外にいるのかしら?)

 いつもなら、学校の鞄を手にし、車の前までエスコートしてくれるのに?

「そう……まぁ、いいわ。それでは行ってまいります」

 少し困惑しながらも、結月は矢野と恵美に挨拶をする。

 たが、そのタイミングで、丁度玄関の扉が開き、話題にしていた執事が顔を出した。

「お嬢様」

「い、五十嵐??」

 だが、その姿を見て、結月は更に困惑する。

 いつもは燕尾服を着ているはずなのに、今は何故かを着ていた。

 燕尾服と変わらない真っ黒なスーツと、濃いブルーのネクタイ。

 その姿は、執事の時同様に、とても様になっていた。

 だが……

(なんで、スーツを着てるの?)

「どうかなさいましたか? お嬢様」

「ど、どう……って」

 結月の頭の中は、?マークでいっぱいになる。

(なんで着替えてるのかしら? 確か、さっきは……)

 朝食をとる時、五十嵐は、いつも通りを着ていた。

 ということは、結月が洗面室にいっている間に、着替えたということになる。

「相原さん、鞄を預かります」

「はい。宜しくお願いします!」

 だが、困惑する結月をよそに、五十嵐は恵美から鞄を受け取ると、普段通り、結月を車までエスコートし始めた。

「お嬢様、どうぞ」

「う、うん……っ」

「「行ってらっしゃいませ、お嬢様」」

 それを見て、恵美と矢野が同時に頭を下げると、結月は五十嵐に連れられるまま屋敷の外に出る。

 屋敷の前には、いつも通り、車が用意されていた。

 それなりの高級車ではあるが、一般人でも手に入りそうな普通の乗用車。

 漫画や小説の中のお嬢様は、リムジンなんてものを利用するが、通常はそんな目立つ車で出かけることは滅多にない。

 なぜなら、明らかに高級そうな車に乗っていれば、それだけで『お金持ちが乗ってますよ』と、触れ回るようなもの。

 誘拐などの事件に巻き込まれる危険性を少しでも減らすために、あえて普通の車を利用しているのだ。

「お嬢様、お手を──」

 車の前に着くと、五十嵐が後部座席のドアを開け、手を差し出してきた。

 乗車を促すように差し出された手には、執事の時と同様、白い手袋をつけていた。

 だが、結月はその手を取る前に、五十嵐に気になったことを問いかける。

「ねぇ、五十嵐……どうして今日は、スーツを着てるの?」

 汚れて着替えたのだろうか?

 だが、燕尾服の替えは何着かあるはずで、わざわざ、スーツに着替える必要なんてないはず。

 すると、五十嵐は、結月のその問いに平然と答える。

「これですか? 今日から、お嬢様の学校への送り迎えは、私がさせて頂くことになりましたので、先ほど着替えてまいりました。外出する際、燕尾服だとなにかと目立ちますので」

「……え?」

 一瞬、言われた言葉を飲み込むのに時間がかかった。

(送り迎えって……?)

 そして、その言葉に、結月はある違和感を抱く。

 車の中を見れば、いつも運転席に座っているはずのの姿がなかった。

 休みなのかと思ったが、休みの日は事前に知らせてくれるし、それに、大抵、休む時は、結月の学校が休みの土日に限られていた。

「さ、斎藤はどうしたの?」

「…………」

 誰もいない運転席をみて、結月が不安そうに問いかける。

 すると、レオは薄く笑みを浮かべたあと

「斎藤は──昨日づけで退いたしました」

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