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第2章 執事と眠り姫

大切なもの

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「──え?」

 それは、とても柔らかな声だった。

 まるで、愛しい人に語りかけるかのような、そんな声。

 だが、唐突に放たれたその言葉に、結月は困惑する。

(私のため?……ッ!?)

 だが、その直後、結月はハッと我に返った。

 日頃、男性とこんなに顔を近づけることはない。

 いや、あってはならない。

 それに、いくら慌てていたとはいえ、自分から男性の手を取ってしまうなんて──

(わ、私……なんて、はしたないことを)

 自分の行動を振り返り、結月は顔を赤くし、執事から目をそらした。

 手を離さなくては──しかし、そうは思っても、執事に掴まれていて離すに離せない。

「あ、あの、五十嵐……手を離しては、もらえないかしら?」

「あぁ、これは失礼致しました」

 すると、結月が恥じらいながら訴えれば、レオは、その後、あっさり手を離した。

 二人の距離は、またいつもの距離に戻り、結月が安堵の表情を浮かべる。

 しかし、そんな結月の手を、レオは再び掴み

「これは、お返し致します」

 そう言って、結月の手の平に、そっと『箱』を乗せた。

 大切な箱が戻ってきて、結月が、ほっと胸をなで下ろすと、レオは、先ほどの書類を引き出しから取り出し、改めて頭を下げる。

「それでは、お嬢様。私は、この書類を斎藤に手渡して参ります」

「斎藤に?」

「はい。斎藤がこの後、奥様の元に伺うそうですので、きっと明日の朝には、お嬢様に、お渡しできるかと」

「そ、そう」

「はい。それでは失礼──」

「あ、待って!」

 だが、部屋から立ち去ろうとしたレオを、結月が引き止める。

「……っ」

 だが、再び目が合えば、結月は言葉を飲み込んでしまった。

 『お嬢様のために──』

 あの言葉が、不思議と気になった。

 だが、直接問いただすのは、なぜだかはばかられる。

「えっと……何でも、ないわ」

「そうですか。では、またすぐに戻って参ります」

 すると、レオは部屋から出ていって、結月は、箱を握りしめながら

「……私のためって、どういうこと?」




 ✣

 ✣

 ✣


(ちょっと……危なかったな)

 その後、結月の部屋を出たレオは、壁にもたれかかり、その胸の高鳴りを必死になって抑えていた。

 色々なことが一気に起きたからか、柄にもなく動揺していた。

 あの箱のことも──そして、なにより、久しぶりに、彼女に触れられたことが。

 書類を手渡してくるなんて、半分、あの場をさる口実のようなものだった。

 あのまま、あの場にいたら、どうなっていたかわからない。

 いや、きっと結月に手を握られていなければ、あのまま、抱きしめていたかもしれない。

(あの箱……まだ、持っていたのか)

 自分の口元が、締りなく緩むのが分かった。

 咄嗟に口元を手で覆うも、それでは収まりがつかないくらい、レオの心は、今、喜びに満ちていた。

 結月と再会して、結月が自分のことを忘れていたからか、もうとっくに捨てられていると思っていた。

 だけど、結月は、箱を持ち去られるのを拒んだどころか、あの箱をだと言ったのだ。

『──必ず、迎えに来るから』

 すると、不意に、幼い日の二人が脳裏に過ぎった。

 日本をたつ前、レオはあの箱を手渡して、結月と、ある約束をした。

 そして、その約束を果たすために、レオは今こうして、この屋敷に戻ってきた。

「……大切なもの、か」

 それは、微かに希望が見えた瞬間だった。

 結月は、まだ忘れていない。

 例え、自分のことを忘れてしまっていたとしても、心のどこかに、あの箱が大切だという記憶が残っている。

(確か……と言っていたな)

 少しだけ真面目な表情になり、レオは先程の結月の言動を振り返る。

 からの箱を持っている理由が「分からない」のだろう。

 確かに、いくら自分を嫌いになったり、この数年の間に心変わりしたとしても、自分と過ごしたあの時間を、忘れるなんておかしいと思っていた。

 なら、きっと、何かあったに違いない。

 あの日、自分と別れてから、今日までの間に、結月が忘れてしまうような、が──

「少し……探ってみる必要がありそうだな」

 そう呟くと、レオは書類を手に、静かに歩き出した。

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