4 / 110
第1章 執事来訪
恋心
しおりを挟む「こちらが、五十嵐さんの部屋です」
その後、一通りの説明を終え、屋敷を案内されたレオは、別館にある空き部屋に通されていた。
お嬢様がいる本館とは別に建てられた、二階建てのこの別館は、使用人専用の屋敷だ。
20帖ほどの部屋の中には、既にベッドや冷蔵庫などの生活必需品が完備されており、召使いの部屋にしては中々に広く、洗練された部屋だった。
「トイレは完備されています。お風呂は、男性寮共同の物を使って下さい。食事は、まかないが出ますので、所定の時間に他の使用人達と一緒に摂っていただきます。必要のない日は、事前にシェフの冨樫にお伝えください。他に何か、ご質問はございますか?」
「食事は、使用人だけでいただくのですか?」
「はい。朝食の後に朝礼も行いますので」
「そうですか。では、お嬢様は、いつもお一人でお食事を?」
「そうですが……それが、なにか?」
「いえ、旦那様も奥様も、あまりこの屋敷にお立ち寄りにはならないと、お聞きしたもので」
「そうですが。だからと言って、使用人が、主人と共に食事をとるなど」
「そうですね……失礼。少し気になっただけです」
ニッコリ笑いかけると、レオは、その後、部屋の奥へと進み、持参したトランクを机の上に置く。
「五十嵐さんは、二十歳とお聞きしていますが」
すると、今度は矢野の方から話しかけてきて、レオは再び視線を向ける。
「はい、そうですが」
「では、一つご忠告を」
じっと真一文字に結んだ矢野の口が、重く言葉を放つ。
「決して、お嬢様に恋心を抱かぬように」
「…………」
そのご忠告に、レオは眉ひとつ動かさず、矢野を見つめた。
使用人や執事が、屋敷の主に恋心を抱くなど、あってはならないこと。
だが、そんな"当たり前"のこと、あえて言われずとも、暗黙の了解として誰もが周知しているべきことだった。
「……なぜ、わざわざ、そのようなことを?」
「あなたの前任の執事が、お嬢様に恋心を抱き解雇されました。お嬢様も、もう18です。年頃の女性と近い距離で働くとなれば、執事とはいえ、邪な感情を抱かないとは限りません。もし、また同じようなことがあれば、お嬢様がどんなにお嘆きになるか。なので、念の為ご忠告を」
「そうでしたか。なら、もう少し年配の男性を雇った方が良かったのでは? なぜ、私のような若い男を」
「仕方のないことなのです。この屋敷の使用人は女性が三人と、運転手の男性が一人しかおりません。その男性も、もう50代で俊敏性にかけます。万が一、なにかあった時に、お嬢様をお守りするためには、文武に長けた若い男性が一人はいないと困ります。あなたには、屋敷の用心棒としても、しっかり働いて頂きますので」
「なるほど。それなら、お任せ下さい。この命にかえても、お嬢様は、お守りいたしますよ」
「そのつもりでいてください。では、忠告はしましたので、決して、お嬢様に恋心など抱かぬよ」
──トゥルルルル!
すると、その瞬間、屋敷の奥から電話の音が鳴り響いた。
矢野は、その電話の音に反応すると
「では、私はこれで。もう直、お嬢様が学校から、お戻りになられます。あなたは、それまでに、しっかりと身なりを整えていてください」
──バタン!
その後、矢野が、そそくさと部屋をでていくと、レオは、扉が閉まるのを見届けたあと、誰もいない部屋で、一息ついた。
「……なかなか、厳しそうな人だな」
そう言って苦笑すると、レオは改めて机の上に置いたトランクに向き直る。
中から荷物を取り出し、持参した筆記用具や日記を机の中にしまうと、その後、部屋の中を移動し、クローゼットの中から、予め用意されていた燕尾服を手に取った。
屋敷から支給されたそれは、サイズにも問題はなく、その真新しい燕尾服を、ベッド横のコートハンガーにかけると、レオは今、着ている服をスルリと脱ぎすてた。
白のワイシャツに袖を通し、黒のウェストコートとネクタイを締め、ジャケットを羽織ると、最後、真っ白な手袋をして鏡の前に立つ。
すると、鏡に映る自分と目があった瞬間、腹の底から意もしれぬ笑いがこみ上げて来て、レオは、妖しく歪んだ口元を、そっと隠した。
別に、燕尾服を着た自分が、おかしかった訳ではない。
おかしかったのは、自分が、この阿須加家の執事になれたということだ。
「お嬢様に、恋心を抱かぬように……か」
先程、矢野に言われた言葉を復唱し、レオは、スッと目を細めた。
「悪いが、もう手遅れかな?」
阿須加家の一人娘・阿須加 結月。
あれから彼女は
どんな美しい女性に成長しただろう。
髪は、どのくらい伸びただろうか?
俺と再会して
どんな反応を見せてくれるだろう。
驚きのあまり言葉を失うかもしれない。
それとも、泣いて抱きついてくるだろうか?
まだ見ぬ『お嬢様』を思い、レオは一人ほくそ笑む。
「……やっと、この時が来た」
やっとやっと、待ちに待った、この時が
「待ってて、結月。今から、この屋敷を」
俺が──空っぽにしてあげるから。
1
お気に入りに追加
55
あなたにおすすめの小説
令嬢は見極める
桃井すもも
恋愛
エリザベスには同い年の婚約者がいる。しかしその婚約者ウィリアムは、どうやら姉に恋慕を抱いているらしい。婚約者の兄へ嫁ぐ姉と、姉に代わって家を継ぐエリザベス。このままウィリアムを受け入れられない。
エリザベスが見極める未来とは。
❇相変わらずの100%妄想の産物です。史実とは異なっております。
❇妄想遠泳の果てに波打ち際に打ち上げられた妄想スイマーによる寝物語です。
疲れたお心とお身体を妄想で癒やして頂けますと泳ぎ甲斐があります。
❇座右の銘は「知らないことは書けない」「嘘をつくなら最後まで」。
❇例の如く、鬼の誤字脱字を修復すべく激しい微修正が入ります。
「間を置いて二度美味しい」とご笑覧下さい。
クレイジーサイコホモに殺される
綾里 ハスミ
BL
伏見谷匡伸はある朝、知らない男に腹を刺されて殺された。
ヤンデレストーカー男から殺されないように頑張る話です。
※殺人・強姦シーンあり。
■サブタイトル横の数値はヤンデレ男の、ヤンデル数値です。10になると、殺人衝動がおきます。10を超えると、ただ殺すより酷い事をする可能性が高まります。読む前の覚悟の目安にご利用ください。
前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています
矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜
――『偽聖女を処刑しろっ!』
民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。
何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。
人々の歓声に包まれながら私は処刑された。
そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。
――持たなければ、失うこともない。
だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。
『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』
基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。
※この作品の設定は架空のものです。
※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。
※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)
不審者が俺の姉を自称してきたと思ったら絶賛売れ出し中のアイドルらしい
春野 安芸
青春
【雨の日に出会った金髪アイドルとの、ノンストレスラブコメディ――――】
主人公――――慎也は無事高校にも入学することができ可もなく不可もなくな日常を送っていた。
取り立てて悪いこともなく良いこともないそんな当たり障りのない人生を―――――
しかしとある台風の日、豪雨から逃れるために雨宿りした地で歯車は動き出す。
そこに居たのは存在を悟られないようにコートやサングラスで身を隠した不審者……もとい小さな少女だった。
不審者は浮浪者に進化する所を慎也の手によって、出会って早々自宅デートすることに!?
そんな不審者ムーブしていた彼女もそれは仮の姿……彼女の本当の姿は現在大ブレイク中の3人組アイドル、『ストロベリーリキッド』のメンバーだった!!
そんな彼女から何故か弟認定されたり、他のメンバーに言い寄られたり――――慎也とアイドルを中心とした甘々・イチャイチャ・ノンストレス・ラブコメディ!!
壁の花令嬢の最高の結婚
晴 菜葉
恋愛
壁の花とは、舞踏会で誰にも声を掛けてもらえず壁に立っている適齢期の女性を示す。
社交デビューして五年、一向に声を掛けられないヴィンセント伯爵の実妹であるアメリアは、兄ハリー・レノワーズの悪友であるブランシェット子爵エデュアルト・パウエルの心ない言葉に傷ついていた。
ある日、アメリアに縁談話がくる。相手は三十歳上の財産家で、妻に暴力を働いてこれまでに三回離縁を繰り返していると噂の男だった。
アメリアは自棄になって家出を決行する。
行く当てもなく彷徨いていると、たまたま賭博場に行く途中のエデュアルトに出会した。
そんなとき、彼が暴漢に襲われてしまう。
助けたアメリアは、背中に消えない傷を負ってしまった。
乙女に一生の傷を背負わせてしまったエデュアルトは、心底反省しているようだ。
「俺が出来ることなら何だってする」
そこでアメリアは考える。
暴力を振るう亭主より、女にだらしない放蕩者の方がずっとマシ。
「では、私と契約結婚してください」
R18には※をしています。
【完結】殿下!!そっちはお尻です!!
たまこ
恋愛
公爵令嬢のセリーヌは、ステファン第二王子と婚約を結んで十年が経った。幼い頃は仲が良く、互いを気遣える関係だったが、最近のステファンはセリーヌに対して嫌味や暴言ばかり。うんざりしていたセリーヌを救ったのは……。
※タイトルが少々アレですが、R-18ではありません!
【R18】ひとりで異世界は寂しかったのでペット(男)を飼い始めました
桜 ちひろ
恋愛
最近流行りの異世界転生。まさか自分がそうなるなんて…
小説やアニメで見ていた転生後はある小説の世界に飛び込んで主人公を凌駕するほどのチート級の力があったり、特殊能力が!と思っていたが、小説やアニメでもみたことがない世界。そして仮に覚えていないだけでそういう世界だったとしても「モブ中のモブ」で間違いないだろう。
この世界ではさほど珍しくない「治癒魔法」が使えるだけで、特別な魔法や魔力はなかった。
そして小さな治療院で働く普通の女性だ。
ただ普通ではなかったのは「性欲」
前世もなかなか強すぎる性欲のせいで苦労したのに転生してまで同じことに悩まされることになるとは…
その強すぎる性欲のせいでこちらの世界でも25歳という年齢にもかかわらず独身。彼氏なし。
こちらの世界では16歳〜20歳で結婚するのが普通なので婚活はかなり難航している。
もう諦めてペットに癒されながら独身でいることを決意した私はペットショップで小動物を飼うはずが、自分より大きな動物…「人間のオス」を飼うことになってしまった。
特に躾はせずに番犬代わりになればいいと思っていたが、この「人間のオス」が私の全てを満たしてくれる最高のペットだったのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる