英雄の世紀

博元 裕央

文字の大きさ
上 下
21 / 31

・断章⑪【1971年某月某日、群馬県、榛名山中】

しおりを挟む
「お前等、聞け。お前等は革命家だろう。革命家ならば自分達の連帯を否定してどうして革命をするんだ。どうして自分を批判する同志の為に、自分らを殺す革命に従事できるんだ。仲間割れをする限り、お前等は永久に勝てんのだぞ」

 山岳中の粗末な拠点ベースというにもおこがましい遭難と野宿の境界線上で、自己批判と称する内ゲバで今にも同志と呼んだ相手を本気で憎み殴り殺さんとしていた新左翼の一派は、不意に響いた声にぎょっとして向き直った。

 反革命的だと非難されリンチにかけられんとしていた者に全員の意識が集中していた。だがとはいえ、どうして、いつの間に。自分達ではない誰かがこの場に入り込んだのだ?

 盗んだ猟銃だのスコップだの鉄パイプだの角材棒だのを掴んで向き直ると、囲まれた自己批判対象とは真逆の山中の大岩に、美しい女天狗が胡座をかいていた。

 いや、天狗ではない。飾り気の無いカーキ色の軍服を着た天狗がいるものか。だがそいつはそんな奇妙ななりをした黒髪の美しい女で、突然そこに出現した理由である、背中から生えた鴉の羽を悠然と降り畳んでいた。それ故に天狗に見えた。

「静かにせい、静かにせい。話しを聞け。女一匹が命を懸けて諸君に訴えているんだぞ、いいか、それがだ、今、お前等がだ、ここでもって立ち直らねば、仲間割れを止めて立ち直らなきゃ、革命ってものはないんだよ。お前等は永久にだね、唯惨めな山中の立てこもり犯になってしまうんだぞ。私は待ったんだ。空からお前達の言い争いが収まるときを、長く待ったんだ。見捨てたくなったが、待っていたんだよ?」

 忽ち沸き起こり、収まる事野内混乱した誰何と警戒の声。無秩序なそれに眉を潜めながら、悠揚とそう語る女だったが、語り終える頃には、己の言葉に対する相手の反応の当惑しさっぱり団結する様子のない情けなさから、冷徹に判断を下していた。

 新左翼も色々見てきたが、これ程の仲間割れまでするこいつらは私の基準からすれば一際盆暗だ。こいつらには武士として尊ぶ程の魂の値打ちはない。全員足し併せて、道具にするのがやっとという所だ。ならば、そうしよう。

「ふん」

 内懐からフラスクを取り出し、蓋を外して投じる。地面に零れて瞬時に気化する液体、騒ぐ新左翼達……が、即座に、静かに倒れた。女は……組織日本支部長ソサエティ・ジャパンブランチオーダー四島君緒、またの名をバラセンガラスは、生機幽合体サイバイオカルトである故に気化する液体の中で平気でいる。

細菌級微細機械群バクテリアクラスマイクロマシンによる生機幽合体サイバイオカルト速成改造。病毒級超微細機械群ウィルスクラスナノマシンにはまだ届かんとはいえ新技術だが、さて……」

 組織ソサエティとしても実験段階の技術だが、果たして成功するか否か。見守る四島の視線に、笑みがじわりと浮かんだ。成功だ。

 いがみ合っていた新左翼の若者達は、赤子のような微笑みを浮かべて眠りながら異形に変化していく。人の面影を残した蜂に変じた青年男女を、服や武器が変形した蜂の巣と要塞を複合したような形状をした外骨格が繋いで、一体の巨人へと変化させていく。そこに宿るのは神話伝承の多頭や多腕の属性を持つ巨人達の霊力だ。

 多数の人蜂が融合した複数の頭と腕を持つ、怪獣と言うには小さいが生機幽合体サイバイオカルトとしては非常に巨大な怪物、スズメバチトーチカが構築される。

「さあ、行け。行ってしようと思っていた事をするがいい」
「革゛命゛イ゛イ゛イ゛イ゛イ゛!」
「武゛力゛闘゛争゛ウ゛ウ゛ウ゛ウ゛!」
「殲゛滅゛戦゛ン゛ン゛ン゛ン゛ン゛!」

 多数の口で叫びながら、かくして怪物は進撃を開始した。仲間同士で殺し合うまで山中に追い詰められながら、尚信じ続けていた革命への思いのままに。

「……そして、内輪揉めで殺し合い無様な事件で終わるよりはマシな最後を遂げるといい。カミカゼトンボ、航空偵察報告を続けろ。私が直上、お前が先行だ。せいぜい、マシな相手と天晴れな戦いが出来るようにさせてやろうではないか」

 その背中を見送り、寂しげな哀れみを込めた表情で四島は嘆息し、内蔵通信機を起動。自分と共に上空を飛んでいた生機幽合体サイバイオカルトに命令を下す。スズメバチトーチカを誘導する。同じ新左翼生機幽合体サイバイオカルトの作戦行動を支援する為に民間施設ではなく正義の味方に直接ぶつけるというまだ戦術的に意味のある戦闘をさせる為に……

「……ふん」

 四島は微かに自嘲の微苦笑を浮かべた。それは確かにスコルピウルフやヤドカリジャックら他の新左翼生機幽合体サイバイオカルトが望む事ではあろう。しかし同時に、それは矛の会スピアーズにとってはある種の陽動と攪乱でもあるのだ。無論、彼等新左翼に戦力を提供した対価と言う事でもあるが、そもそもの新左翼の目的と自分達の打算、そう、打算だ、それを考えれば、本懐たる誇りある堂々の戦いと言うには程遠い。

(大丈夫だ、私に任せてくれ。たとえ私達の見ているものが夢だとしても、私は決して夢を現実なんぞに劣るものとは言わせない)

 だが、せねばならぬ。かつて、矛の会スピアーズの皆に、そう誓った。その為に、今は耐えて積み重ねる。

「……行くぞ、マスクドラグーン」

 羽を広げ、呟く。そうだ。耐える戦いだとしても、耐えられる。誇るに値する敵がいる。スズメバチトーチカを誘導する先には、あの男がいる。

 組織日本支部ソサエティジャパンブランチの改造を受けながらその警備を破り己の正義を掲げて脱走に成功し、正義の味方として正に誇り高く戦う男。

「さあ、勝負だ」

 何度めかの、あの男との戦いが始まる。誇り高き正義の味方との戦いが。今はまだ、直接対決で無くとも。

 ……今はスズメバチトーチカすら羨ましく思いながらも、何れ来る日を求め、四島君緒は飛翔した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

琥珀と二人の怪獣王 二大怪獣北海道の激闘

なべのすけ
SF
 海底の奥深くに眠っている、巨大怪獣が目覚め、中国海軍の原子力潜水艦を襲撃する大事件が勃発する!  自衛隊が潜水艦を捜索に行くと、巨大怪獣が現れ攻撃を受けて全滅する大事件が起こった!そんな最中に、好みも性格も全く対照的な幼馴染、宝田秀人と五島蘭の二人は学校にあった琥珀を調べていると、光出し、琥珀の中に封印されていた、もう一体の巨大怪獣に変身してしまう。自分達が人間であることを、理解してもらおうとするが、自衛隊から攻撃を受け、更に他の怪獣からも攻撃を受けてしまい、なし崩し的に戦う事になってしまう!  襲い掛かる怪獣の魔の手に、祖国を守ろうとする自衛隊の戦力、三つ巴の戦いが起こる中、蘭と秀人の二人は平和な生活を取り戻し、人間の姿に戻る事が出来るのか? (注意) この作品は2021年2月から同年3月31日まで連載した、「琥珀色の怪獣王」のリブートとなっております。 「琥珀色の怪獣王」はリブート版公開に伴い公開を停止しております。

BUTTERFLY CODE

Tocollon
SF
東京中央新都心--シンギュラリティを越えた世界へ振り下ろされる古(いにしえ)の十字架。 友達の九条美雪や城戸玲奈からユッコと呼ばれる、13歳の少女、深町優子は父、誠司が監査役として所属する国家公安委員会直属の組織、QCC日本支部の設立した、外資系の学校法人へ通っていた。 そんな中、静岡県にある第3副都心で起こる大規模爆発の報道と、東京都豊島区にあるビルのシステムがハッキングされた事による、人々から任意に提供される記憶情報の改竄…現れた父により明かされる驚愕の真実--人類には、もう時間が無い。水面下で仕組まれた計画に巻き込まれ、翻弄される中でユッコと、その仲間達は直面する逃れられぬ呪いへと、立ち向かう。 人工知能に対する権限を失った世界と衝突する、もう1つの世界。2つの世界が繋がった時、それぞれの交錯する運命は1つとなり、想像を絶する世界へのゲートが開かれた。 父、誠司の脳裏へ甦る14年前の記憶--わかっていた。不確実性領域--阿頼耶識。起源の発露。定められた災厄の刻が訪れただけだ。記憶から立ち上る熱に目を閉じる誠司…古の十字架から逃げ惑う、かつての、同僚であった研究所の人々、血の海へ沈む所長、そして最愛の妻、沙由里の慟哭。宿命から逃れ続けた人類の背負う代償…その呪いを、希望へ変える為に闘うべき時が来たのだ。 定められた災厄へ向かい、音を立てて廻り始める運命の車輪。動き出す地下組織。そして主人公、ユッコの耳へ届く、呪いの慟哭へ僅かに混じる、母の聲…ママ。微かな希望へ光を灯すため、一歩を踏み出す、ユッコ。 そしてその手をとる、それぞれの想いを、残酷な世界の真実へ託す仲間達…出会い、運命、そして宿命。その全ては、1つとなる刻を、待っていた。 そうだよ、ユッコ。力を合わせれば、乗り越えられる。辿り着ける。私達は同じ世界で、同じ想いを持って、ここまで来たんだ。 行き着いた世界の果てに彼女達が見るものとは--。

スペースシエルさん 〜宇宙生物に寄生されましたぁ!〜

柚亜紫翼
SF
「嫌だ・・・みんな僕をそんな目で見ないで!、どうして意地悪するの?、僕は何も悪い事してないのに・・・」 真っ暗な宇宙を一人で旅するシエルさんの身体は宇宙生物の幼虫に寄生されています。 昔、お友達を庇って宇宙生物に襲われ卵を産み付けられたのです、それに左目を潰され左足も食べられてしまいました。 お父さんの遺してくれた小型宇宙船の中で、寄生された痛みと快楽に耐えながら、生活の為にハンターというお仕事を頑張っています。 読書とたった一人のお友達、リンちゃんとの遠距離通話を楽しみにしている長命種の145歳、寄生された宿主に装着が義務付けられている奴隷のような首輪と手枷、そしてとても恥ずかしい防護服を着せられて・・・。 「みんなの僕を見る目が怖い、誰も居ない宇宙にずっと引きこもっていたいけど、宇宙船はボロボロ、修理代や食費、お薬代・・・生きる為にはお金が要るの、だから・・・嫌だけど、怖いけど、人と関わってお仕事をして・・・今日もお金を稼がなきゃ・・・」 小説家になろうに投稿中の「〜隻眼の令嬢、リーゼロッテさんはひきこもりたい!〜」100話記念企画。 このお話はリーゼロッテさんのオリジナル・・・作者が昔々に書いた小説のリメイクで、宇宙を舞台にしたエルさんの物語です、これを元にして異世界転生の皮を被せたものが今「小説家になろう」に投稿しているリーゼロッテさんのお話になります、当時書いたものは今は残っていないので新しく、18禁要素となるエロやグロを抜いてそれっぽく書き直しました。 全7話で完結になります。 「小説家になろう」に同じものを投稿しています。

神造のヨシツネ

ワナリ
SF
 これは、少女ウシワカの滅びの物語――。  神代の魔導と高度文明が共存する惑星、ヒノモト。そこは天使の魔導鎧を科学の力で蘇らせたロボット『機甲武者』で、源氏、平氏、朝廷が相争う戦乱の星。  混迷を深める戦局は、平氏が都落ちを目論み、源氏がそれを追って首都キョウトに進撃を開始。そんな中、少女ウシワカは朝廷のツクモ神ベンケイと出会い、神造の機甲武者シャナオウを授けられる。  育ての親を討たれ、平氏討滅を誓い戦士へと覚醒するウシワカ。そして戦地ゴジョウ大橋で、シャナオウの放つ千本の刃が、新たなる争乱の幕を切って落とす。 【illustration:タケひと】

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

性転換タイムマシーン

廣瀬純一
SF
バグで性転換してしまうタイムマシーンの話

処理中です...