上 下
8 / 13

・生体である~人竜機ステゴロン~

しおりを挟む
 いつものように屋敷の掃除を終えるといそいそとウィリアム様の部屋へと向かう。最近は使用人も増え、俺にも自由時間というのが与えられた。
 その時間を使ってウィリアム様から勉強を教えてもらっているのだ。

「ぁ……そこだめだって……んぁっ!」
「っ……」
 扉を開けようとすると中からくぐもった声が聞こえる。
「え? え?」
 こ、これってアレだよね? ヤッてるよね?
 いやいやいやいやっ。紅蓮様ってばよ~。今日は俺、ウィリアム様と勉強するって言ったじゃん? 朝会った時にちゃんと挨拶がてら報告したよね?
「まさか俺にやきもちやいたんじゃ? 嫉妬深っ!」 
「なんだと! コラァッ!」
 バンっと扉があいて鬼の形相の紅蓮様が現れた。

「ひぃいいいいっ!」
 しまった。俺たち魔物は耳が良い。今の愚痴が聞こえたんだな。
「誰が嫉妬深いって? あぁん?」
「わ~ごめんなさいっ」

「グレン? カイルの声がしたけど?」
 奥から出てきたウィリアム様は上着もはだけ。頬はバラ色で息が上がっていた。上気した様子でこちらに近づいてくるけど、色気が駄々洩れしてて俺には目の毒です~。
「リアム。来るなっ。カイル見るんじゃねえ!」
「ひ、昼間っから何ヤってるんですか!」
「なにって? マッサージだが?」
「へ? マッサージ?」
「リアムが最近肩がこるっていうからマッサージしてやってたんだよ」
「そうなんだよ。グレンはツボを知ってるらしくて、押されると気持ちよくって声が出ちゃうんだよね」
「キモチヨクテコエガデル……はあ。紛らわしいっす!」
「え? ……あ、そ、そうか。はは。ごめんよ」
 真っ赤になってうつむくウィリアム様は可憐で。ごくりと喉を鳴らす紅蓮様の目は獰猛な雄になっちまってた。
「……カイル。悪いがこの時間俺にくれ」
 どうやら紅蓮様のスィッチがはいっちまったようだ。
「え? グレン? どうした? ちょ?」
 再びバタンっと扉が閉じられた部屋の前から俺は回れ右をして戻ってきた。

「せっかく勉強楽しみにしてたのになあ。俺も恋人欲しいなぁ」
 仕方なく俺は花壇の前のベンチに座り込む。
 昨日習った単語を頭の中で復唱していたら声をかけられた。
「こんにちは。さっき君が言ってたのは単語の綴りかな?」
「え? 俺口に出してましたっけ?」
 しまった。集中しすぎて声に出してたらしい。
「ふふふ。僕で良ければお教えしましょうか?」
「本当ですか!」

「ええ。僕はリャナン。言語学を研究しています」
 肩まで伸びた黒髪に空のような青い瞳。そして褐色の肌。野性的な印象が強くって数日前から気になっていた人だ。
「はい。知ってるよ。先生なんだよね?」
「はは。そうだね。子供たちに文字を教えるように言われてるよ」
 リャナンは南方から来たらしい。その土地の言語を研究しながら旅をしているという。
「学校が出来るまではこのお屋敷で教えることになってるらしいけど、生徒がまだ集まらないらしくてね」
「ああ。皆おっかなびっくりしてるんですよ」
 俺は苦笑した。そうなのだ。ここでは子供も稼ぎ手の人数に入る。だから学びたくてもなかなか自分から言えない状況なのだ。それに場所が領主様の屋敷って言うのも気が引けてるんだろうな。
「まあ、僕も最初は驚いたよ。ここの領主のウィリアム様は本当に人徳があるね。自分の屋敷の一部を教室に開放するだなんて」
「ええ。最高の領主様っすよ」
「ははは。いいね。領民に好かれるのは良い領主の証だ」

「俺はここから出たことがないんです。外の世界を見てみたい。そのためにはいろいろと勉強しないといけないことがあるって。カイルならそれができるってウィリアム様に言ってもらえて」
 リャナンは目を細めて俺の言いたいことをずっと聞いてくれていた。
「そうか。じゃあ今度僕と王都に行ってみない?」
「え? 王都に?」
「ああ。食べ歩きをしてみないか?」
「わわ! したい!」
「じゃあまずは店のメニューを読めるようになるまで頑張ろうか?」
「うん! 俺頑張る!」

「……可愛いな」
「え? リャナンさん?」
「名前を教えてくれる?」
「カイル。ごめん。俺名乗ってなかったね。えへへ」
「ふふ。笑顔がすてきだね」
「ほへ……」

「ふふふ。カイル。君が僕の一番最初の生徒だよ」
「はっはい! よろしくお願いします!」
「元気があっていい。本当はね。ずっと君と話したいって思ってたんだ」
「へ? 俺とですか?」
「うん。屋敷の中を駆け回ってるのを何度も見た。手際よく片付けてる姿を見るたびに真面目で可愛いなって思ってたんだ」
「か、かわ……俺がですか?」
「うん。だからこうして話せてうれしいよ」
「そんな、俺の方こそ。綺麗な瞳だなあって。晴れた日の空みたいに曇りのない青空みたいで。俺、晴れた日の空って好きで。心が洗われるようで。リャナンさんの瞳って宝石みたいで。えっと、その」
 熱弁しすぎたのかリャナンが赤い顔をしていた。
(あれ? ……そっか。これじゃあリャナンの瞳が好きだって告白してるみたいじゃんか!)
「ありがと。そんなに気に入ってくれて」
「えへへへ」

 リャナンはうつむいたまま、ぽつりと話し出した。
「僕はね、異国の血が混じってるらしくって肌の色が皆と違うんだよ。褐色の肌で蔑まれたこともあるし差別されたこともあるんだ」
「そんなこと! 肌の色ぐらいでおかしいよ!」
「……そうだね。僕もそう思う。でもそんな人ばかりじゃなくてさ」
「でも、ウィリアム様は違うよ。人種も性別も魔物だって皆生きてる。差別の対象にしてはいけないって言ってくれたんだ。俺もそう思ってる」
「魔物も? 仮にわたしが魔物でもってこと?」
「そうだよ」
「信じられない」
「どうして? だって……」
 言いかけてやめた。ここで俺が魔物だって知ってるのは紅蓮様とウィリアム様だけだ。

「ふっ。わかったよ。ありがとう。僕はやっぱりここに来てよかったと思う。本当はね。ここにはつがいを探しに来たんだ」
 ふふふ。と笑うとリャナンは片目をつぶった。
つがい? ってなに?」
「うん。それも一緒に勉強しようね」
 一瞬、リャナンの後ろに黒い尻尾が見えた気がした。
「あれ?」
(もしかして?……)
 リャナンが俺の腰に手を回した。ちょっと驚いたけどまあいいか。だってすごく良いにおいがするんだもの。俺はちょっとドキドキしながら紅蓮様とウィリアム様を思い出した。
(ひょっとして俺も……見つけちゃったかもです)
 カイルは何か素敵な事が起こりそうな予感でいっぱいになった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

独裁者・武田信玄

いずもカリーシ
歴史・時代
歴史の本とは別の視点で武田信玄という人間を描きます! 平和な時代に、戦争の素人が娯楽[エンターテイメント]の一貫で歴史の本を書いたことで、歴史はただ暗記するだけの詰まらないものと化してしまいました。 『事実は小説よりも奇なり』 この言葉の通り、事実の方が好奇心をそそるものであるのに…… 歴史の本が単純で薄い内容であるせいで、フィクションの方が面白く、深い内容になっていることが残念でなりません。 過去の出来事ではありますが、独裁国家が民主国家を数で上回り、戦争が相次いで起こる『現代』だからこそ、この歴史物語はどこかに通じるものがあるかもしれません。 【第壱章 独裁者への階段】 国を一つにできない弱く愚かな支配者は、必ず滅ぶのが戦国乱世の習い 【第弐章 川中島合戦】 戦争の勝利に必要な条件は第一に補給、第二に地形 【第参章 戦いの黒幕】 人の持つ欲を煽って争いの種を撒き、愚かな者を操って戦争へと発展させる武器商人 【第肆章 織田信長の愛娘】 人間の生きる価値は、誰かの役に立つ生き方のみにこそある 【最終章 西上作戦】 人々を一つにするには、敵が絶対に必要である この小説は『大罪人の娘』を補完するものでもあります。 (前編が執筆終了していますが、後編の執筆に向けて修正中です)

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

人脳機兵バイドロン対英勇閃奏Vリーナ対破戒神魔ゴッデビロン

博元 裕央
SF
※この紹介文は大半がフィクションです。詳細は注意書をご確認下さい。 今、三大異色ロボットアニメの奇跡の共演がOVAで幕を開ける! それは全く新たな物語にして伝説の完結編! 非情の超人電脳『42』に滅ぼされ行く世界で明日亡き戦いに散る少年兵を描いた問題作、<人脳機兵バイドロン>。 ゲームのオリジナルキャラから人気によりアニメ化、その活躍ぶりは描かれたものの複数の物語を繋いだその謎は未だ明らかになっていない<英勇閃奏Vリーナ>。 世界を侵略し滅ぼす悪のロボット軍団の視点から描き、しかもその悪が勝利するピカレスクロボットアニメ<破戒神魔ゴッデビロン>。 救いは無かったのかという疑問と、明かされなかった謎、その答えが今明かされる! 上中下巻、各巻30分、合計90分の完全新作。21世紀のロボットてれびまんが祭り、開幕=発売中! ※注意・上記紹介文はあくまで「架空のロボットアニメが共演する架空のOVAとしての本作品」を紹介した内容です。小説としての本作品は、架空のOVAのノベライズというイメージで書かれた、全く別々の世界観を持つ三種類のロボット達が登場するロボットアニメ風小説、ハイスピード疑似クロスオーバー小編です。 ※人脳機兵バイドロン等過去作品で触れられているものもありますが、知らなくても一切問題なく読めます。過去に触れた作品でも描写は無いも同然でしたし、一部設定も少し異なる所もあるかもです。それでも一応気になる方は、同作者の小説【UNBALANSTORY】をご覧下さい。但し、同作品は非常に実験的な問題作である為ご注意下さい。気になりましたらもしよければどうぞ。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した 若き日の滝川一益と滝川義太夫、 尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として 天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...