グラディア(旧作)

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第一章

01-03「ジョーカー」

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 一階。

そこにはジュピターと5人の少年少女たちが集合し、ソファーに腰掛けていた。

6人目はその中に既視感のある顔を、一つだけ見つける。

「みんなで君を待っていたよ」

トクスが言う。

「さあ、こっちへ」

ジュピターに導かれるまま、ソウはチームメイト達の前に立った。

「今日から君たちのチームメイトになるソウ君だ。みんな、仲良くしてやってくれ」

また促されて、ソウはぎこちなく

「よろしく」

と言った。

一瞬の間を置いて、仲間たちが暖かな拍手で歓迎してくれる。

「ねえ、6人目が見つかったってことは」

突然、誰かが声を出した。

声の主は赤髪のツインテールが特徴的な少女。

その双眸もやはり薔薇のような深紅で、肌は透き通るように白く、顔立ちは絵に描いたように美しい。

そんな美少女は、嬉々とした様子だ。

「クラブチームとして成立の条件を全部満たしたってことでしょ? やったじゃない!」

「そうだな! そう、ついに僕たちはクラブチームになるんだ!」

皆が口々に喜びの言葉を出す中で、ソウもなんだか嬉しくなってきた。

「それでだ」

少し静まったところで、ジュピターが説明を始めた。

「明日10時~13時の間でみんなの能力の測定を行う。スタメン・最終的な役割ロール決定の参考にするから、頑張ってくれ」

「ねえ」

また赤髪の美少女。

「3時間ずっとなんて長すぎるわ、効率が悪い。そう思わない、『パパ』?」

「はは、そうだね。ありがとう、ミナーヴァ」

ミナーヴァはやれやれといった感じで首を横に振った。

「じゃあ、10時~12時。それから1時間の休憩を挟んで後半は13時~14時にしよう」

「あの」

次に手を挙げたのは、トクス。

「いきなり明日からだと、今までもここで訓練してきた僕らと比べ、今日加入したばかりのソウ君が不利です」

その言葉に呼応して、ふふっとジュピターが笑った。

「それについては大丈夫、彼は優秀だよ。…もしかしたらこの中でも一番かもね。実のところ、彼がいれば、このチームもいつかきっとメジャーに行けると思っている」

メンバー達は信じられない様子で新人を見つめていた。

そして、その内一人、ミナーヴァだけは明らかにその眼差しに敵意を込めていた。

 19時。全員で集まって、夕食を食べる。

使い慣れないナイフとフォークを用いて、ソウはステーキを切り、口へと運んだ。

途端に、筆舌に尽くし難い幸福感が脳内を駆け巡る。

「うまい」

「そうだろう、うまいだろう! 多めに注文してあるから、明日に備えて一杯食べてね」

「うん! いっぱい食べるよ」

肉にがっつくソウを、やはりミナーヴァは鋭い眼で凝視していた。


「はあ」

ベッドに仰向けに寝転び、窓を透して夜空に浮かぶ満月を眺める。

最高の一日だったな、とソウは思った。

明日何が行われるのか、それはわからない。でも、不思議なことにソウはわくわくしていた。

何が来ようと、自分なら何とかできる。

そんな確信を胸に抱きながら、ソウは清潔な毛布にくるまって眠った。


 翌日、10時04分。

総員は一階トレーニングルームに集結していた。

「今から、持久力を計測する」

6人は並んでルームランナーにその両足を乗せた。

ジュピターがコントローラーの「START」ボタンに指を滑らせる。

「さあ、始め!」

ルームランナーが作動し、ソウ達はごくゆったりとしたペースでジョギングを始めた。

時間が経ったが、まだ余裕だ。

「そろそろ5分経過。スピードが一段階上がるよ」

ベルトの回転速度が、わずかに増加する。

「もう無理!」

モコモコした白髪の少女が地面に転げた。

パール、脱落。

「はあっ、はあっ」

トクスもかなり呼吸が乱れている。

「おい、トクス」

左隣、ツンツンした深緑色の髪が特徴的である長身で筋肉質な少年:ウィルが馬鹿にしたように笑う。

「この程度でへばってんじゃねえぞ!」

「…うるさいな」

 また速度が上がり、2分でトクスを弾き飛ばした。

「ちくしょう」

トクス、脱落。

「さて、新人君は生き残れるかなぁ?」

ウィルが、今度は一人を挟んで右隣のソウに噛みつく。

「うん。まだらくしょうだし」

「はっ、強がるなよ」

「あの、二人共」

その時、二人の間の一人が声を上げた。

眼鏡をかけた青髪が特徴的な線の細い少年:レイン

「僕を挟んで話さないでください、あなた方の唾で僕が汚れます」

「ならもっと飛ばしてやるぜ、ぺっぺっ」

ウィルの唾がレインの眼鏡に飛び散った。

「ウィル君、脱落」

ジュピターが呆れた様子でそう言う。

「は!?」

「仲間同士なんだから仲良く。レイン君、ごめんよ」

「大丈夫です」

レインも随分息が上がってきた。

ソウは皆がこんなにも簡単に脱落していくことを不思議に思っていた。

「速度を上げるよ」

さらに速度が上がり、それから3分でレインは地に伏した。

残ったのは二人。

右隣のミナーヴァが、流し目でソウを見る。

「…あんたには負けないから」

ミナーヴァが呟いた。

ダッ ダッ ダッ

二人の足音が重なる。

ペースはさらに早まるが、二人に疲労の色は見えない。

さらに4段階。

ほぼダッシュのような走り方になっても二人は走るのを止めない。

いつしか、先にリタイアした面々から声援を浴びていた。

疲労のあまり、ソウは一瞬ペースを見失った。

途端に地面に置いていかれる。

見たか、とでも言うような強気な表情をミナーヴァが向けた。

「あっ」

その瞬間、ミナーヴァは躓き、前方のハンドルに顎をぶつけ、一瞬にして後方に吹き飛ばされた。

既に地面に倒れていたソウと身体がぶつかる。

だがそんな事に構いなく、拍手が聞こえた。

「二人共よく頑張った!」

ジュピターがスポーツドリンクを渡す。

二人は上半身を起こし、飲み物を受け取って容器のボタンを押した。

そして、迷いなく中身を一気飲みした。

「少し休憩したら、昼食にしよう」


 昼食を済ませ、今度は庭に集まる。

「次は実戦訓練だ。みんなにはくじを引いてもらい、2チームに分かれて戦ってもらう。時間は5分間で、全滅した方が負け。時間切れの場合、生き残っている人数の多いほうチームの勝ちで、同数ならドロー」

一人ひとり、不正不可能なアナログの箱の中にあるボールを手に取っていく。

ソウはパール、トクスと組む事になった。

各々装備を装着し、武器を手に取った。

兜はなく、防具は全員一律「ナイトイーグル社」製「オムニスーツ」という、飾り気のないボディースーツに所々ネオン装置付き装甲がついているだけの物だ。

「これ、いつ見ても格好悪いわね、パパ?」

「近々全員分買うから我慢してくれないか」

親子の会話。だが、娘の視線は装備装着中のソウに向けられていた。

 パールは杖、トクスは短刀2本。ウィルは大剣を構え、レインが大盾を、そしてミナーヴァが弓を手に取る。

「ねえ、早くして。みんな待っているのよ」

ミナーヴァはライバルに冷ややかな言葉をぶつけた。

パールが「まあまあ」と彼女をなだめようとした。

「うん」

ソウはそう言うと、おもむろに腕時計に指を触れた。

次の瞬間、皆がワッと目を丸くする。そして、ミナーヴァは歯軋りをする。

呼び出したミナーヴァと同じモデルの弓を片手に、ソウはさあやろうと言った。


 今回のバトルフィールドは庭の芝部分全域。だが、勝敗に加え戦闘中の行動が評価基準とされている以上、逃げ続けるという愚策は展開出来ない。

重要要素はそれだけではない。5分間かそれ未満という短い試合時間で如何に己の能力をジュピターに魅せるかが肝だ。

「始め!」

遂に、デジタルゴングが鳴らされた。

敵は一斉に攻め上がってくる。

「わわっ、来るよ!」

パールは怖気づいて思わず後退した。

「逃げちゃ駄目です。ソウ君、僕が守ってあげますから後ろから敵を撃ち抜いて下さい」

レインが盾を構えながらそう言う。

「うん、わかったよ」

ソウは平然と弓を構え、矢を引き絞った。

標的は、ウィル。

ピュッ

ソウは、突然眉間に矢を受けた。

矢の飛行経路を辿った時、ミナーヴァと視線が出会った。

ネオンによる電子エネルギーの防御障壁:バリアが発動し、矢を防ぐ。

 ヘッドショット。バリア50%消失

「オラオラオラオラ!!」

ウィルは大剣でレインを激しく斬りつけていた。

レインは辛うじて盾で身を守ることしか出来ない。

「隙あり! 僕はサポーターを潰すよ」

ウィルによるレインの足止めを利用し、トクスが一気にパールに近づく。

「ひっ!」

パールはまた後ずさった。

だが今回はそれが有効に働いた。

ソウがトクスとパールの間に走り込んだ。

身体を捻り、トクスに弓を放つ。

トクスは上半身を大きく反らして紙一重で避けた。

「危ない! でも何とか避けたよ」

そう言ってトクスは姿勢を戻し、ソウに突っ込んだ。

ソウは弓を構えながら半歩下がったが、トクスは往く道を鋭く曲げ、ソウの背後:パールに接近してその腹を突き刺した。

 パール、バリア30%消失。

「ひっ」

パールはさらに後ろに逃げた。

トクスは追いかける。

ソウも追いつこうとしたが、自分の眼前の地面に矢が突き刺さったのを見ると、動きを止めた。

あんたの相手はあたし、とでも言いたげなその目。

ソウは挑発に乗ることにした。

弓を引き、ミナーヴァを狙う。

矢を発射するが、横に避けられる。

今度は敵が引き絞り、ソウに向けて放ってくる。

ソウも左手側に一歩移動し、避ける。

すかさず2射目を放つ。

避けられる。

敵の反撃。

ソウはまた左手側に避けたが、僅かに軌道を曲げた矢に反応できず、肩の辺りに一撃受けた。

 カービングアロー。ソウ、バリア合計66%消失。

このままでは埒が明かない。

それに、矢の充填速度と射撃の正確性は向こうの方が上だから、徐々に不利になるのはこちらだ。

何故、自分はジュピターから高評価を受けたのか。

その理由は…

ソウはまた矢を放った。

少しだけ指先の矢の支え方に変化を与えながら。

(無駄なのよ、あたしの方が強いし。同じ土俵で戦ったら勝つのはこっち)

そう思っていたミナーヴァは次の瞬間、度肝を抜かれることになった。

矢は大きく横に曲がり、レインを虐めることに夢中になっているウィルの眉間を撃ち抜く。

 ウィル、バリア55%消失。

「なっ」

ウィルが一瞬攻撃の手を止める。

「ソウ君!」

レインがこちらを振り向いた時、ソウはパールを指さした。

レインは頷き、パールの元に走っていった。

「おい待て!」

ウィルはレインを追いかけようとした。

だが、その経路をソウが塞ぐ。

「行かせないよ」

ソウはまた弓を引いた。

ウィルは剣の側面を向けた。

「撃ってこいよ、防いでやるぜ」

ソウは構わず矢を放った。

矢は先程と逆方向に曲がり、命中直前で横に避けたミナーヴァの肩を掠めた。

 ミナーヴァ、バリア10%消失。

「お前、戦い方が汚えぞ!」

ウィルが思い切り剣を振り上げる。

ソウは攻撃を回避し、その勢いのまま敵にとっての左手側(ソウにとっての右手側)に回り込み、半分の力で引いた矢をウィルに3本突き刺した。

 ウィル、バリア合計84%消失。

「ウィル、気をつけなさい!」

刹那、ミナーヴァの放った矢が飛ぶ。

矢は一本の直線を描きながら、これまでにない高速でソウ目掛けて飛んでくる。

ソウはその脅威に気付くと全力で右に走った。

だが、目測を誤って被弾した。

矢とバリアは同時に消滅し、ソウの全身はズシンと重くなった。

動きたくても動けない。

 ソウ、リタイア。


 結局ソウより先にレインとパールが倒されていた為、ソウの敗北がそのままチームの敗戦と同義になった。

試合時間終了24秒前のことであった。

「それにしても」

トクスが汗を拭きながら言う。

「僕もレイン君とパールさんの反撃でバリア残量10%だったし、ウィルは16%だったし、かなり厳しい戦いだった。だれがスタメンでもおかしくないね」

ソウは芝生の上に座って水分を補給していた。

突然力強く肩を組まれ、飲み物が気管に詰まる。

「うっ」

「おい、お前なかなかやるじゃねえか!」

「けほっけほっ!」

「あんな曲げやがって、お前あれどうやったんだよ!?」

「げほっ! げほっ!」

「うるせえ」

ウィルはソウの頭を軽く叩いた。

「だって、ウィルがとつぜんかた組んだから」

「うるせえ、俺はお前に負けたと思ってんだから、これぐらいいいだろ!」

「ソウ君、すごいです」

そこにパールとレインもやって来た。

「ソウ君が私達を一つにしました。後少しで逆転もできそうでしたし、ソウ君の戦い方はすごく勉強になりました」

パールが弾むような口調で言う。

「まあ、今回はソウ君の手柄だと認めてあげましょう。ですが、僕も負けていないですよ」

レインが眼鏡をクイッと上げながら言う。


 昨日の夕方のように会議室に集まった。

「みんな、よく頑張ってくれた。検査の結果を基にスタメンと役割を発表する。まあ、スタメンといってもあくまで『試合に出す優先順位』に過ぎないし、この人数だからもし落ちたとしても試合には出られる。気にする必要はないからね」

そう前置きしてから、とうとう発表を始めた。

スクリーンに全員の能力を示したレーダーチャートが表示される。
「まずはスタメン。スタメンは、ウィル君、トクス君、それとミナーヴァにやってもらうことにした」

「よし!」とウィルが叫び、ガッツポーズをした。

「当然ね」とミナーヴァも頷く。

「さて、次は役割についてだけれど…ジョーカーを含めた全ての役割ロールが一人ずつになった。発表していくね、ブロウラー:ウィル」

「はっはー! だろうな」

ウィルが得意げに笑う。 

「アサシン:トクス」

「まあ、変わらないよね」

トクスは冷静。

「ディフェンダー:レイン」

レインは無言で頷く。

「サポーター:パール」

「わっ、頑張ります」

パールが言う。

「さて」

ジュピターが一息ついた。

「この二人の役割は正直迷った。でも、最終的には試合で最も輝いていた方をジョーカーに選んだよ」

ミナーヴァは勝ちを確信した。

試合に勝利し、その圧倒的な実力でソウさえ倒した。

リーダーシップも連携能力もこの中で一番。

それに、父親からの信頼もある。

重要な局面を担わせるなら当然…

「ジョーカーは、ソウ君にやってもらうことになった。ミナーヴァはレンジャーだ」

「は?」

ミナーヴァは無意識に声が出ていた。

「あの試合、圧倒的不利展開から状況を立て直したのはソウ君だ。僕は彼に大事な局面を託したい。頼むよ、ソウ君」

「うん、がんばる」

ソウは頷いた。

ミナーヴァはソウを憎悪に満ちた眼でいつまでも見ていた。
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