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第一部

第四十九話 吸血鬼の家族(5)

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 だいたい、デュルフェの書き方じゃああたしの家族のことがさっぱりわからねえだろ?

 あいつ、なんの関心もなかったからな。親父のゴルシャだけは邪魔だと思っていたみたいだが。

 まずは親父からだ。

 強権的な家長をそのまま絵に描いたような人間だった。

 もちろん、吸血鬼になる前の話だぞ。

 あたしのお袋はゴルシャが飼ってきた奴隷でエリア族だった。

 早くに死んじまって顔は知らない。だが、肌の色はお袋譲りだってことはわかるだろ?

 つまり、兄ゲオルギエとあたしは腹違いの兄妹ってことになる。

 親父は家庭内では絶対で逆らうことはできなかった。

 匙の持ち方一つさえ、親父の気に食わなければ直された。正しい持ち方をするまで何度も何度も小さな鞭で手の甲を叩かれたさ。

 雪が降る中を丸裸にされて歩かされたことも思い出した。

 何か、気に食わないことがあったんだろう。結局あたしは凍え死に寸前になるまで許して貰えなかった。

 お陰であたしはまったく親父の言うことに逆らえない娘になっていた。

 それが当たり前で他の家庭を知らなかったのもある。

 他の家と交流してはいけないと言われていたし、仮にあったとしてこの肌の色じゃあ、いじめられていたことだろう。

 結果として交わらなければ全ての禍も福も訪れてきやしねえんだ。


 兄のゲオルギエはあたしとは年齢が二十以上も離れている。

 嫌に顔立ちの整ったいけ好かないやつで、既に妻子がいたが、基本的に親父のゴルシャに従う大人しい男だった。

 あの当時はな。

  ゴルシャの妻は他界しており、この家で女はあたしとゲオルギエの妻だけだったが、会話は一切交わさなかった。

 話そうとすれば家長に遮られ、怒鳴りつけられる。

 ゴルシャは女同士が結び合うのを恐れたのさ。

 お陰でどんな名前だったかすら、もう覚えちゃいない。部屋の隅でいつも掃除をしていたことぐらいだな。

 ともかくあたしはこれが普通の家だと思い込んで、外に出ていこうとする気なんか少しも思い付かなかった。

 昔この星がこう言うものだって想像されていた図があるだろ?

 真っ平らで、端っこの海から水が外へと溢れ、虚空へと流れ落ちている。

 その先は何もなく、真の闇の中へ溶け消えてしまう。

 現代の視点から考えたら馬鹿馬鹿しい発想だ。この星は球体で、太陽の周りを回っているんだから。

 でも、当時を生きていた人間にとってそれは普通だった。

 そして、あたしにとってはこの家がそれと同じようなものだった。

 ここから出てしまえば、先にはただひたすら虚空が広がっていて、あたしはどこにも行き場がない。

 だから、ここに居続けるより他に方法がない。

 これも今から考えたら馬鹿馬鹿しいことだ。

 だが、当時のあたしにとってそれは普通だった。

 ゴルシャだけがあたしを養ってくれる存在で、見捨てられたらもう生きていけないと感じていた。

 結局それから解放されたのは吸血鬼《ヴルダラク》になったからだ。

 あたし一人じゃ十年、いや百年経ってもゴルシャの家からは出ていけなかっただろう。今こう言う風に考えることだってなかっただろう。 

  全く、因果なもんだぜ。
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