上 下
503 / 526
第一部

第四十八話 だれも完全ではない(8)

しおりを挟む
 さきほど会話を交わしたメイドが地に伏せ、首を押さえて、苦しみ悶えていたのだ。

 「お前、大丈夫か」

 ズデンカは駈け寄る。

 しかし、メイドが掻き毟る喉は異常に膨れ上がっていた。まるで球体を幾つも詰め込んだようだ。

 ズデンカが助けようとする間もなく、それは破裂した。

 血が滴り、ズデンカに降りかかる。メイドの眼球は白く染まり、喉から血が溢れていた。

「腹まで裂いて」

 ルナは言った。ズデンカはその異常な命令にしばらく躊躇ったが従った。

 ルナは血で身体が汚れることも厭わず近付いて来て、手袋を脱ぎ、

「ごめんね」

 とメイドも死骸に呼びかけながら裂かれたなかへ手を突っ込んだ。

「お前も変なやつだな。食事で汚れるのは気にするのに血がいいのか」

 ズデンカは呆れた。

「足だけじゃなく、胃袋までごっそり盗まれている。どうやら黒い人というのは身体の中まで入り込んでいくようですね」

 それは無視してルナはイゴールとアリダに呼びかけた。

「なぜ、私に」

 イゴールの声は震えていた。

「ご存じなのでしょう。すべてを」

 ルナは手を抜いた。ズデンカが渡してやったハンカチで拭《ぬぐ》う。

「……はい」

 イゴールは項垂れた。

「詳しく話して聞かせてくださらないでしょうか」

 ルナは冷ややかに手を差しのべた。

「いつの頃からか、この家に住み始めたのです。何者かわからぬものが。どこからともなく現れて、家の者たちの身体の一部を少しずつ掠め取っていくようになったのです」

「なんであなた方ご夫婦はどこも取られていないのですか?」

 ルナは訊いた。ズデンカもした質問だ。

「代わりに……私たちの身体の一部を取る代わりに……使用人たちのものを差し出させたのです」

「なるほど、よくある話だ。幼い子供を引き取って育てた慈善家の正体は、自分の身体の一部を奪われることを恐れる臆病者だった」

 ルナは言った。

「そんなことはありません! 子供たちを引き取ったときはもちろん、心から助けたいと思ったからなのです! でも、私は怖かったのです! 自分の体の一部がなくなることが……」

 イゴールは弁解した。

「で、結果として彼らはあなたの身代わりになったと」

 ルナは冷淡だった。

「わたくしも怖かったんです!」

 アリダが割り込んできた。

「自分がそんなひどい目にあうなんて聞いてしまっては、大事に育てた子供たちでも、所詮は他人、どうなっても構わないって思い始めるようになったんです!」

 アリダは涙ながらに話す。

「あなたがたは正しいですよ。そんな状態に陥ったらわたしだってそうする。他人を犠牲にしても、人は自分の負担は最小限に抑えたいものです」

 やっとルナがニヤリと笑った。

 イゴールとアリダはガクリと床にへたり込んだ。

 使用人一同は明かされた事実に暗澹とした顔付きになっていた。

 だが、一人も逃げ出す者はいない。

「他に行き場がないのだから、仕方ないですよねー!」

 ルナは皆に朗らかに手を振った。

  そして、歩き出す。

「どこへ行く」

 ズデンカは併歩する。

「一つ、思い当たったことがあってね。いろいろ話を訊いてて、犯人が潜んでいるとしたらあそこしかないって思い当たったんだ」

「家庭菜園か」

 ズデンカは言った。

「あたり」

 ルナは答えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

『転生したら弱小領主の嫡男でした!!元アラフィフの戦国サバイバル~時代・技術考証や設定などは完全無視です!~』

姜維信繁
ファンタジー
【祝!93,000累計pt ローマは1日にして成らず・千里の道も一歩から】 歴史好き、という以外にこれと言って取り柄のない、どこにでもいるサラリーマンの沢森武は、休暇中の地元で事故にあい戦国時代に転生してしまう。しかし、まったくのマイナー武将で、もちろん某歴史ゲームには登場しない。おそらく地元民で歴史好きですら??かもしれない、地方の国人領主のそのまた配下の長男として。ひょっとしてすでに詰んでる?ぶっちゃけ有名どころなら歴史的資料も多くて・・・よくあるタイムスリップ・転生ものでもなんとか役に立ちそうなもんだが、知らない。まじで知らない。超マイナー武将に転生した元アラフィフおっさんの生き残りをかけた第二の人生が始まる。 カクヨム様・小説家になろう様・アルファポリス様にて掲載中 ちなみにオフィシャルは https://www.kyouinobushige.online/ 途中から作ったので間が300話くらい開いているいびつなサイト;;w

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

婚約者の浮気相手が子を授かったので

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ファンヌはリヴァス王国王太子クラウスの婚約者である。 ある日、クラウスが想いを寄せている女性――アデラが子を授かったと言う。 アデラと一緒になりたいクラウスは、ファンヌに婚約解消を迫る。 ファンヌはそれを受け入れ、さっさと手続きを済ませてしまった。 自由になった彼女は学校へと戻り、大好きな薬草や茶葉の『研究』に没頭する予定だった。 しかし、師であるエルランドが学校を辞めて自国へ戻ると言い出す。 彼は自然豊かな国ベロテニア王国の出身であった。 ベロテニア王国は、薬草や茶葉の生育に力を入れているし、何よりも獣人の血を引く者も数多くいるという魅力的な国である。 まだまだエルランドと共に茶葉や薬草の『研究』を続けたいファンヌは、エルランドと共にベロテニア王国へと向かうのだが――。 ※表紙イラストはタイトルから「お絵描きばりぐっどくん」に作成してもらいました。 ※完結しました

どん底で召喚されたら猫に拾われた

植木直木
ファンタジー
どん底からの異世界召喚。基本能力「ステイタス」で、冒険者として生き直す。ドットの挿絵つき。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

エロゲー世界のただのモブに転生した俺に、ヒロインたちが押し寄せてきます

木嶋隆太
ファンタジー
主人公の滝川は気付けば、エロゲーの世界に転生していた。好きだった物語、好きだったキャラクターを間近で見るため、ゲームの舞台に転校した滝川はモブだというのに事件に巻き込まれ、メインヒロインたちにもなぜか気に入られまくってしまう。それから、ゲーム知識を活用して賢く立ち回っていた彼は――大量のヒロインたちの心を救い、信者のように慕われるようになっていく。

へぇ。美的感覚が違うんですか。なら私は結婚しなくてすみそうですね。え?求婚ですか?ご遠慮します

如月花恋
ファンタジー
この世界では女性はつり目などのキツい印象の方がいいらしい 全くもって分からない 転生した私にはその美的感覚が分からないよ

転生チート薬師は巻き込まれやすいのか? ~スローライフと時々騒動~ 

志位斗 茂家波
ファンタジー
異世界転生という話は聞いたことがあるが、まさかそのような事を実際に経験するとは思わなかった。 けれども、よくあるチートとかで暴れるような事よりも、自由にかつのんびりと適当に過ごしたい。 そう思っていたけれども、そうはいかないのが現実である。 ‥‥‥才能はあるのに、無駄遣いが多い、苦労人が増えやすいお話です。 「小説家になろう」でも公開中。興味があればそちらの方でもどうぞ。誤字は出来るだけ無いようにしたいですが、発見次第伝えていただければ幸いです。あと、案があればそれもある程度受け付けたいと思います。

処理中です...