498 / 526
第一部
第四十八話 だれも完全ではない(3)
しおりを挟む
「わたしは最初からなんか妖しいと思っていたんだよ」
ルナが明らかに後付けで言った。
「だが、一体誰が……?」
それは無視しながら、ズデンカは思案した。
「犯人なんかすぐにわかるだろ。市長、奥方、それかあらぬか使用人。誰でもいい。誰が持っていても意外性はないよ」
ルナはピンと親指を立てて言った。
ドアがノックされた。
ズデンカは急いでモラクスを袋の中に突っ込む。
「お待たせしました」
燕尾服に身を包んだ小太りでちょび髭の紳士が中へ入って来た。
「初めまして、私はイゴールと申します。先祖代々地方に住まいする者です」
敢えて言うあたり、よほど誇りに思っているのだろうとズデンカは考えた。
イゴールの胸元には勲章が付けられている。
――普通出迎える程度でそんなもんつけるかよ。
「田舎の街なもので、名士の方が訪れられることはほとんどありません。見苦しい恰好で恐縮ではありますが、一晩お泊まり頂ければありがたく存じます」
イゴールは礼をした。
アリダも入ってきて、夫の横に並ぶ。
「それは願ったり叶ったりですよ! 本当に疲れてクタクタでしたからね!」
ルナは声を張り上げた。さきほどまで「妖しい」とか言っていた態度は毛ほども露わにしない。
カミーユは何も言わないがほっとしたようだった。
それを見てズデンカも安心した。
「ひとまずお昼にしましょう」
皆は立ち上がった。
使用人が先に立った。ルナ一行が続く。後ろを固めるかたちでイゴールとアリダだ。
すぐ外に出て、長い廊下を伝い食事室へ移動する。
応接間に負けず劣らず、広い豪奢な部屋だった。檜の細長だが応接間のよりも幅の広い膠を塗られた食卓が、鰐の背中のように照り輝いている。
先へ入った使用人が急いでレースのテーブルクロスを掛け始めた。
カミーユはすっかり畏まっている。こんな部屋に案内されたことがないのだろう。
手慣れているルナは主人が座るテーブルの橋の横を選んで坐った。
「カミーユ、ルナの横に坐れ」
ズデンカは後ろから囁いた。
「は、はい」
カミーユは従った。
ズデンカはここでも坐りはしなかった。
壁際に出来た使用人の列に加わる。
ズデンカには分を弁えるつもりは毛頭なかったとしても、食べられないのに前に食事を置かれるのは先方に食品を無駄にさせるようで苦痛だったからだ。
イゴールはそれを特に奇異に感じもしなかったようだ。無視して話を続けた。
「ペルッツさまは世界各地を巡って奇妙な話を蒐集していらっしゃいますね。この国からほとんど出たことのない私は毎度驚きの目をもって読ませて頂いております」
「ありがたいですね」
ルナは微笑んだ。
「わたくしも読ませて頂いていますよ。でも家庭菜園のほうも忙しくて、少しづつしか読んでいないのですけどね」
不自然なほど夫に呼応するアリダ。
「家庭菜園! 先ほどお話で出たやつですね。ぜひ一度わたしも野菜を食べてみたいな」
ズデンカが止められないとわかってか、ルナはいつも以上に饒舌な様子だ。
「はい。実はただいま召使いに用意させていますお昼の料理にもわたくしが育てた野菜を使っているのですよ」
アリダは自慢げに言った。
ズデンカは少し気になった。
――この家のどこかに『鐘楼の悪魔』を隠し持っている奴がいる。
一番怪しいのは読書家と見えるイゴールなのはもちろんだが、アリダだって共謀している可能性がある。
――そんなやつの育てた野菜を食って大丈夫なのか?
ズデンカは懐疑した。
ルナが明らかに後付けで言った。
「だが、一体誰が……?」
それは無視しながら、ズデンカは思案した。
「犯人なんかすぐにわかるだろ。市長、奥方、それかあらぬか使用人。誰でもいい。誰が持っていても意外性はないよ」
ルナはピンと親指を立てて言った。
ドアがノックされた。
ズデンカは急いでモラクスを袋の中に突っ込む。
「お待たせしました」
燕尾服に身を包んだ小太りでちょび髭の紳士が中へ入って来た。
「初めまして、私はイゴールと申します。先祖代々地方に住まいする者です」
敢えて言うあたり、よほど誇りに思っているのだろうとズデンカは考えた。
イゴールの胸元には勲章が付けられている。
――普通出迎える程度でそんなもんつけるかよ。
「田舎の街なもので、名士の方が訪れられることはほとんどありません。見苦しい恰好で恐縮ではありますが、一晩お泊まり頂ければありがたく存じます」
イゴールは礼をした。
アリダも入ってきて、夫の横に並ぶ。
「それは願ったり叶ったりですよ! 本当に疲れてクタクタでしたからね!」
ルナは声を張り上げた。さきほどまで「妖しい」とか言っていた態度は毛ほども露わにしない。
カミーユは何も言わないがほっとしたようだった。
それを見てズデンカも安心した。
「ひとまずお昼にしましょう」
皆は立ち上がった。
使用人が先に立った。ルナ一行が続く。後ろを固めるかたちでイゴールとアリダだ。
すぐ外に出て、長い廊下を伝い食事室へ移動する。
応接間に負けず劣らず、広い豪奢な部屋だった。檜の細長だが応接間のよりも幅の広い膠を塗られた食卓が、鰐の背中のように照り輝いている。
先へ入った使用人が急いでレースのテーブルクロスを掛け始めた。
カミーユはすっかり畏まっている。こんな部屋に案内されたことがないのだろう。
手慣れているルナは主人が座るテーブルの橋の横を選んで坐った。
「カミーユ、ルナの横に坐れ」
ズデンカは後ろから囁いた。
「は、はい」
カミーユは従った。
ズデンカはここでも坐りはしなかった。
壁際に出来た使用人の列に加わる。
ズデンカには分を弁えるつもりは毛頭なかったとしても、食べられないのに前に食事を置かれるのは先方に食品を無駄にさせるようで苦痛だったからだ。
イゴールはそれを特に奇異に感じもしなかったようだ。無視して話を続けた。
「ペルッツさまは世界各地を巡って奇妙な話を蒐集していらっしゃいますね。この国からほとんど出たことのない私は毎度驚きの目をもって読ませて頂いております」
「ありがたいですね」
ルナは微笑んだ。
「わたくしも読ませて頂いていますよ。でも家庭菜園のほうも忙しくて、少しづつしか読んでいないのですけどね」
不自然なほど夫に呼応するアリダ。
「家庭菜園! 先ほどお話で出たやつですね。ぜひ一度わたしも野菜を食べてみたいな」
ズデンカが止められないとわかってか、ルナはいつも以上に饒舌な様子だ。
「はい。実はただいま召使いに用意させていますお昼の料理にもわたくしが育てた野菜を使っているのですよ」
アリダは自慢げに言った。
ズデンカは少し気になった。
――この家のどこかに『鐘楼の悪魔』を隠し持っている奴がいる。
一番怪しいのは読書家と見えるイゴールなのはもちろんだが、アリダだって共謀している可能性がある。
――そんなやつの育てた野菜を食って大丈夫なのか?
ズデンカは懐疑した。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる