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第一部
第四十七話 みどりのゆび(4)
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塔は花崗岩で作られた古い建築のように見えるが破損は少なく、床に罅割れは入っていない。
蔦は一面に張り付いてはいたが。
――ここが指で言う爪の先か。
フランツは思った。
ファキイルは天蓋がついた窓の外から身を乗り出して地上を眺めている。
「危ないぞ」
フランツは注意しながら、走り寄る。
「フランツも見てみろ」
ファキイルは薦めてきた。
フランツは躊躇った。ここは何階なのかすらわからないのだ。
ファキイルは空を飛べるの良いかも知れないが、自分は下に落ちたら確実に死ぬ。
ファキイルなら助けられるだろうが、もう二度と手を患わせたくなかった。
フランツは軽く頭を傾けて下を見た。
高い。
フランツは一瞬震えた。
今まで自分を高所恐怖症だと認識したことがなかった。なぜなら、高いところに登ったことなどほとんどなかったからだ。
訓練として綱渡りをさせられたことはあった。だがそれが崖の上で今とは状況が近く、こんなに高度もなかった。
気が遠くなりそうになったフランツは頬を叩いて正気を保った。
「どうしたフランツ」
「いや、お前はよく見ていられるなと思ってな」
「高いところはいい。幸せな気分になれる」
ファキイルが自分の心境について説明することは珍しい。
「そうか?」
フランツはよくわからなかった。
「長いこと空を飛んでいたからな」
ファキイルが眠るところをフランツは見たことがない。オドラデクも寝ないがいびきを掻くふりぐらいはできる。
おそらくはまったく寝ないかごく稀に休む程度だろう。
「ばあ!」
いきなり後ろからオドラデクの顔がぬっと突き出してきた。
「うわっ!」
びっくりしたフランツはオドラデクの頭を引っ掴んで床に押し倒した。
「お前、何をする!」
全身の血が沸騰するほど怒っていた。
「いやあん。フランツさんったらたくましいぃ!」
オドラデクは黄色い声を張り上げる。
その顔をぼこぼこにしてやろうかとフランツは思ったが、留まった。
ふと、掌を見ると僅かに切れて細い血が流れている。
オドラデクの髪は強靱な糸から成っているのだ。傷が付いてしまったらしい。
「ちっ」
フランツは悪態を吐いて指を舐めた。
「みどりのゆび」
そう言ってファキイルは蔦の葉っぱをちぎり、くちゃくちゃにしてその汁をフランツの指に垂らした。
「何のつもりだ」
またびっくりしたフランツは訊いた。
「こうすれば治りが早い。煎じて飲むのもいいぞ。この蔦は人間の友達だ」
ファキイルは不思議な言い方をする。
確かに、指の痛みは急に引いた。みればもう血も流れていない。
フランツは感心した。
「薬草に詳しいのか?」
「特には知らない。だが、ある人が使っているのを見たことがあってな」
何百年、いや、何千年前の昔なのだろうかとフランツは疑った。
「これ、使えるじゃないですか!」
オドラデクは叫んだ。
「俺も同じことを思った」
ファキイルとオドラデクは知らないが、フランツは三人の中で一番脆弱だ。今後酷い怪我を負う可能性は充分にありえる。
その時、この蔦があれば凌げるかも知れない。
「お前ら手伝え」
フランツは動き出した。
「ええー!」
自分から言い出したのにオドラデクは面倒臭がっていた。
蔦は一面に張り付いてはいたが。
――ここが指で言う爪の先か。
フランツは思った。
ファキイルは天蓋がついた窓の外から身を乗り出して地上を眺めている。
「危ないぞ」
フランツは注意しながら、走り寄る。
「フランツも見てみろ」
ファキイルは薦めてきた。
フランツは躊躇った。ここは何階なのかすらわからないのだ。
ファキイルは空を飛べるの良いかも知れないが、自分は下に落ちたら確実に死ぬ。
ファキイルなら助けられるだろうが、もう二度と手を患わせたくなかった。
フランツは軽く頭を傾けて下を見た。
高い。
フランツは一瞬震えた。
今まで自分を高所恐怖症だと認識したことがなかった。なぜなら、高いところに登ったことなどほとんどなかったからだ。
訓練として綱渡りをさせられたことはあった。だがそれが崖の上で今とは状況が近く、こんなに高度もなかった。
気が遠くなりそうになったフランツは頬を叩いて正気を保った。
「どうしたフランツ」
「いや、お前はよく見ていられるなと思ってな」
「高いところはいい。幸せな気分になれる」
ファキイルが自分の心境について説明することは珍しい。
「そうか?」
フランツはよくわからなかった。
「長いこと空を飛んでいたからな」
ファキイルが眠るところをフランツは見たことがない。オドラデクも寝ないがいびきを掻くふりぐらいはできる。
おそらくはまったく寝ないかごく稀に休む程度だろう。
「ばあ!」
いきなり後ろからオドラデクの顔がぬっと突き出してきた。
「うわっ!」
びっくりしたフランツはオドラデクの頭を引っ掴んで床に押し倒した。
「お前、何をする!」
全身の血が沸騰するほど怒っていた。
「いやあん。フランツさんったらたくましいぃ!」
オドラデクは黄色い声を張り上げる。
その顔をぼこぼこにしてやろうかとフランツは思ったが、留まった。
ふと、掌を見ると僅かに切れて細い血が流れている。
オドラデクの髪は強靱な糸から成っているのだ。傷が付いてしまったらしい。
「ちっ」
フランツは悪態を吐いて指を舐めた。
「みどりのゆび」
そう言ってファキイルは蔦の葉っぱをちぎり、くちゃくちゃにしてその汁をフランツの指に垂らした。
「何のつもりだ」
またびっくりしたフランツは訊いた。
「こうすれば治りが早い。煎じて飲むのもいいぞ。この蔦は人間の友達だ」
ファキイルは不思議な言い方をする。
確かに、指の痛みは急に引いた。みればもう血も流れていない。
フランツは感心した。
「薬草に詳しいのか?」
「特には知らない。だが、ある人が使っているのを見たことがあってな」
何百年、いや、何千年前の昔なのだろうかとフランツは疑った。
「これ、使えるじゃないですか!」
オドラデクは叫んだ。
「俺も同じことを思った」
ファキイルとオドラデクは知らないが、フランツは三人の中で一番脆弱だ。今後酷い怪我を負う可能性は充分にありえる。
その時、この蔦があれば凌げるかも知れない。
「お前ら手伝え」
フランツは動き出した。
「ええー!」
自分から言い出したのにオドラデクは面倒臭がっていた。
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