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第一部

第四十五話 柔らかい月(9)

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「お前、いい加減に」

 ズデンカは睨んだ。

「ふんふん♪」

 ルナは前のように頭を揺すりだした。

――だめだこいつ。全く話になんねえ。

 ズデンカは呆れた。

「ところで」

 ルナは突然頭を揺するのを止めた。

「ジュリツァさん、ミロスさんと一緒にお食事はされていたのですか」

 その目は鋭く光を帯びていた。

「いいや、部屋に持っていったよ。ここでは決して食べようとしなかった。あたしと向かい合ってはね」

 ジュリツァは宙に目を向けながら答えた。

 「なるほど、ミロスさんは苦しかったのかも知れませんね。あなたと顔を合わせるのが」

 これはかなり失礼な返答だった。

 仮にも一宿一飯の恩のある人間に対しては、だ。

「そうだろうね。あの子はあたしが嫌いだったんだろう。ごくつぶしって、言ってしまったこともあったからね」

 ジュリツァは告げた。

「それは仕方がない。あなたがそう言ってしまいたい気持ちも、なんとなくはわかります。家から出られない息子さんの相手はなかなか大変だったでしょうね」

 ルナが煙を吹かした。

「あたしも気が立ってたからね。あの時は。あの子があんなに苦しんでるなんて知らなかったんだ」

「苦しんでるとは?」

 ルナがピンと指を立てる。

「日記を書き残してたんだ。あたしは耐え切れなくなって全部焼いてしまったよ」

「なるほど。それは確かにお辛いかも知れませんね」

 とルナは言ってから、

「だから、あなたはミロスさんに逢いたくないんですね」

 と続けた。

「……」

 ジュリツァは答えない。

「自分の悪かったかも知れない部分を、見詰めないといけないから」

 ルナは言った。

「別にジュリツァは悪くない。死ぬやつは死ぬやつの意志で死んでいく。他に悪いやつんていない」

 ズデンカは声を荒げた。

「あたしが悪いのさ。それはわかってる。あのこと一番長いこと暮らしたんだから」

 ズデンカは言葉もなかった。

「じゃあ、本当に息子さんとは逢わないでいいんですね。一応、綺譚《おはなし》を語ってくれた人の願いを一つだけ叶える、という建前で旅をしています。とは言え、上手く叶えられなかった例も多いんですが……」

 とルナは頭を掻いた。

「これに関しては可能です」

「いいんだよ。さっき言ったとおりさ。あたしの願いは……そうだね」

 とジュリツァはしばらくの間考え込む。

「食事の片付けをお願いしようかね」

「そんなん当たり前だ。言われなくてもやろうと思っていた」

  ズデンカは立ち上がった。

 まず食べ終わった皿を器用に詰んで、台所へ運んる。

「お前も手伝え」

 ルナに呼びかける。

「えええっ!」

 ルナは不満そうな声を上げた。

「お前いつまでも自分が食わせて貰う側でいられると思うなよ」


 ルナの襟首を引っ掴んで軽く立たせ台所まで歩いていかせた。

 手袋を脱がせ、石鹸と束子《たわし》を渡す。

「さあこれで……つうかお前はやったことないんだな。一から教えてやる」

 ズデンカはルナの後ろに回り込んで、

「こうやって、ごしごし! だ! さあやってみろ」

「ええと、ごしごしっ!」

 案の定、鈍くさいルナは石鹸で滑らせて皿を取り落としてしまった。割りはしなかったのが幸いだったが。

「めんどくさいなあ。そうだ、助っ人を借りよう!」

 ルナは指を鳴らした。

 すると、たちまち、その場に独りの男が姿を現した。

 ズデンカはわかった。

 おそらくは、ジュリツァの息子、ミロスだ。
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