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第一部
第四十四話 炎のなかの絵(6)
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フランツは、虫の知らせを感じた。
このメアリーというメイド、何かおかしい。
――最初は普通の人間かと思っていたが、こいつ……。
メアリーには殺気が充ち満ちていた。
もちろん、表情は実に穏やかで微笑みさえ浮かべている。
だが、明らかに一人、いや何人かを殺している。
フランツも何人か殺めたからか、そういう雰囲気が自然とわかるようになっていた。
スワスティカの残党――何らかの関係者で間違いないだろう。
よく考えるとオリファントにはスワスティカに賛同する政党が存在していた記憶がある。
その生き残りが、ルスティカーナ邸に潜伏していてもおかしくないだろう。
「おやおや、お汗をお掻きのようですね」
いきなりメアリーが近付いてイタロの額を拭いた。
また、眼にも止まらぬ速さだった。
「お前、何をした」
ファキイルが冷たく言った。いつものように感情はこもっていない声だが、フランツは背中がぞくっとするものを感じた。
「何も」
メアリーの笑みが広がった。
それは、禍々しいものだった。
「うっ!」
と叫んだかと思うと、イタロの額がパックリと開き血がだらだらと流れ出した。
切れたのは皮だけではない。
頭蓋骨も断たれ、脳髄が見えた。
やがてそれは絨毯の上にこぼれ落ちた。
前のめりにイタロは倒れた。ファキイルの髪で胴体を二つに断たれて。
「殺したな」
血に汚れながらファキイルは言った。
「はい。あなたがたの中で。殺せそうなのはこの方だけでしたから」
メアリーは嬉々として答えた。
「殺せそうだったから殺すのか」
ファキイルはまだ警戒しているようだったが、その響きには興味も混じったように思われた。
「はい。殺せる時に殺せそうな人を殺します。それが主義でして」
「お前もスワスティカだな」
「正確にはそうではないのです。全盛期を知りませんから。当時まだ一桁でしたからね」
とするとメアリーはまだ十代だ。
そんな娘と狒々爺《ひひじじい》が一つ屋根の下で暮らしている不潔さを思ったが、それよりもなによりも殺人技術を身につけた少女がこの世に存在すると言うことが驚きだった。
「お前は何者だ?」
「それは想像にお任せしますが、ストレイチー家の出、と言うことを明かせば宜しいでしょうか?」
メアリーは元の位置まで戻ってきて、同じく嫌らしい笑みを浮かべているルスティカーナのところまで戻った。
オリファントのストレイチー家。フランスのボレル家、オルランドのアイヒンガー家と並び称される処刑人の一族だ。
大戦時は固く沈黙を守ったボレル、アイヒンガーの両家とは違い、党員になったものがいるなど、積極的にスワスティカに協力したストレイチー家は、戦後領地没収、爵位返上、恩給剥奪などの咎めを受けた事実は新聞にも載った周知の情報だった。
「その末裔が目の前にいるとは」
通りで禍々しいものを感じたはずだ。
直接的にシエラフィータ族を迫害したわけではないが、憎き怨敵の一人であることは間違いない。
――殺してやる。
だが。
オドラデクとファキイルを初手で殺すことは難しいとしても、明らかにさっきのフランツには隙があった。幾ら『薔薇王』を持っているとして、即座に防戦できたかはるかに疑問だ。
しかし、メアリーはただ単に運悪く居合わせただけのイタロを殺した。
まるで見せしめとでも言うかのように。
――こいつは俺と話したいのか。
フランツはそう考えた。
まるで秋波《しゅうは》を送るようにメアリーは冷たい笑みでフランツを一瞥した。
このメアリーというメイド、何かおかしい。
――最初は普通の人間かと思っていたが、こいつ……。
メアリーには殺気が充ち満ちていた。
もちろん、表情は実に穏やかで微笑みさえ浮かべている。
だが、明らかに一人、いや何人かを殺している。
フランツも何人か殺めたからか、そういう雰囲気が自然とわかるようになっていた。
スワスティカの残党――何らかの関係者で間違いないだろう。
よく考えるとオリファントにはスワスティカに賛同する政党が存在していた記憶がある。
その生き残りが、ルスティカーナ邸に潜伏していてもおかしくないだろう。
「おやおや、お汗をお掻きのようですね」
いきなりメアリーが近付いてイタロの額を拭いた。
また、眼にも止まらぬ速さだった。
「お前、何をした」
ファキイルが冷たく言った。いつものように感情はこもっていない声だが、フランツは背中がぞくっとするものを感じた。
「何も」
メアリーの笑みが広がった。
それは、禍々しいものだった。
「うっ!」
と叫んだかと思うと、イタロの額がパックリと開き血がだらだらと流れ出した。
切れたのは皮だけではない。
頭蓋骨も断たれ、脳髄が見えた。
やがてそれは絨毯の上にこぼれ落ちた。
前のめりにイタロは倒れた。ファキイルの髪で胴体を二つに断たれて。
「殺したな」
血に汚れながらファキイルは言った。
「はい。あなたがたの中で。殺せそうなのはこの方だけでしたから」
メアリーは嬉々として答えた。
「殺せそうだったから殺すのか」
ファキイルはまだ警戒しているようだったが、その響きには興味も混じったように思われた。
「はい。殺せる時に殺せそうな人を殺します。それが主義でして」
「お前もスワスティカだな」
「正確にはそうではないのです。全盛期を知りませんから。当時まだ一桁でしたからね」
とするとメアリーはまだ十代だ。
そんな娘と狒々爺《ひひじじい》が一つ屋根の下で暮らしている不潔さを思ったが、それよりもなによりも殺人技術を身につけた少女がこの世に存在すると言うことが驚きだった。
「お前は何者だ?」
「それは想像にお任せしますが、ストレイチー家の出、と言うことを明かせば宜しいでしょうか?」
メアリーは元の位置まで戻ってきて、同じく嫌らしい笑みを浮かべているルスティカーナのところまで戻った。
オリファントのストレイチー家。フランスのボレル家、オルランドのアイヒンガー家と並び称される処刑人の一族だ。
大戦時は固く沈黙を守ったボレル、アイヒンガーの両家とは違い、党員になったものがいるなど、積極的にスワスティカに協力したストレイチー家は、戦後領地没収、爵位返上、恩給剥奪などの咎めを受けた事実は新聞にも載った周知の情報だった。
「その末裔が目の前にいるとは」
通りで禍々しいものを感じたはずだ。
直接的にシエラフィータ族を迫害したわけではないが、憎き怨敵の一人であることは間違いない。
――殺してやる。
だが。
オドラデクとファキイルを初手で殺すことは難しいとしても、明らかにさっきのフランツには隙があった。幾ら『薔薇王』を持っているとして、即座に防戦できたかはるかに疑問だ。
しかし、メアリーはただ単に運悪く居合わせただけのイタロを殺した。
まるで見せしめとでも言うかのように。
――こいつは俺と話したいのか。
フランツはそう考えた。
まるで秋波《しゅうは》を送るようにメアリーは冷たい笑みでフランツを一瞥した。
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