440 / 526
第一部
第四十二話 仲間(6)
しおりを挟む
流石にトラックは進むのが速い。
徒歩だと一時間で三キロ進めば良い方だ。もちろんズデンカ独りなら二十キロは疾走できるが今は連れがいる。
「どちらまでですか? 私はキシュ周辺で安く買った麦藁をパヴィッチの工場まで運ぶ途中で……帽子の製造業をやっております。そろそろ夏でしょう? 結構売れるんですよ」
天蓋のない運転席に座ったブラゴタが運転しながら声を上げた。
「……」
普段なら何か言いそうなエルヴィラも硬く口を閉ざしていた。
アグニシュカと視線を合わせ、無言の対話を続けている。
このトラックなら一日でたぶん中部都市のパヴィッチまで辿り付けるだろう。
――アグニシュカとエルヴィラもそのあたりで別れるはずだ。
ズデンカはそう思っていたが、二人が言葉を発しないのが気になる。
どちらにしても長い付き合いではないのだから、いや、危険な旅で長い付き合いになってはいけないのだが、このまま物別れになってしまうのはズデンカとしては頂けなかった。
「お前らの馴れ初めはどうなんだ?」
ズデンカは無理に話し掛けた。
「どうって……お城で……」
アグニシュカが珍しく応じた。
やはり自分としては変化球が良かったのかも知れない。
――というかあたしも大概ルナに似てきたな。
さっきの会話の流れを思い出して苦笑してしまいそうになる。
「いや、園丁の娘と貴族の娘という話はもう知ってる。あたしが訊きたいのはどうして互いに……惚れたかってことだ」
ズデンカも少し言い澱んだ。
「え……薔薇の棘が指に刺さってしまったんです。エルヴィラさまのそれで私が……」
と言ったところでアグニシュカは口を押さえた。信頼していないズデンカの前で喋ってしまった自分を羞じているのだろう。
「へえ、まるで詩みたいじゃねえか」
ズデンカは鼻で笑った。
「……でもそれが出逢いだったんですから」
アグニシュカは顔を赤くした。
「なんだ、お前でも人並に顔を赤くするんだな」
ズデンカは言った。大分食い付いてきたと思った。
「本当にそうですよ」
エルヴィラが庇うように言った。
「素晴らしい。そんな出逢いがしたいものです!」
ルナは両手をオーバーに拡げながら言った。
「お前は黙っとけ!」
ズデンカは怒った。
「あれあれどうしたの、突っ慳貪《けんどん》だね」
ルナは煙を吐いた。それが後ろに棚引いて消えていく。
「いい機会なんだよ。こいつらがもうちょっとあたしと打ち解けるな」
もう正直に言うことにした。
「なるほど! 確かに君とアグニシュカさんは打ち解けていなかったからね。せっかくの短い旅だ、気まずい空気が残ったままじゃ、ね。次はもう一生逢えないかもしれないんだし」
長い時を生きてきたズデンカは鈍感になって思いもつかない言葉だったが、よく考えてみればそうだ。
旅で別れた人間と再び巡り逢うことは稀なのだから。
「アグニシュカは薔薇の棘を刺したわたしの指の血を吸い取ってくれました」
エルヴィラも顔を赤くしながら言った。
「ひゅー」
ルナが口笛を吹いた。
だがもうトラックの外の風景の観察に戻っていた。
「エルヴィラさま!」
アグニシュカは顔を顰めた。
「別に良いじゃねえか。ルナの言う通り、お前ら二人以外、ここにいる連中は今後会うかどうかすらわからねえんだ。まあ同じ国に住むことになるブラゴタはどうか知らんがな」
「決して口外しませんよ!」
ブラゴタは運転しながら半笑いを浮かべて応じた。
「だそうだ。もっと話せ」
ズデンカは急かした。
徒歩だと一時間で三キロ進めば良い方だ。もちろんズデンカ独りなら二十キロは疾走できるが今は連れがいる。
「どちらまでですか? 私はキシュ周辺で安く買った麦藁をパヴィッチの工場まで運ぶ途中で……帽子の製造業をやっております。そろそろ夏でしょう? 結構売れるんですよ」
天蓋のない運転席に座ったブラゴタが運転しながら声を上げた。
「……」
普段なら何か言いそうなエルヴィラも硬く口を閉ざしていた。
アグニシュカと視線を合わせ、無言の対話を続けている。
このトラックなら一日でたぶん中部都市のパヴィッチまで辿り付けるだろう。
――アグニシュカとエルヴィラもそのあたりで別れるはずだ。
ズデンカはそう思っていたが、二人が言葉を発しないのが気になる。
どちらにしても長い付き合いではないのだから、いや、危険な旅で長い付き合いになってはいけないのだが、このまま物別れになってしまうのはズデンカとしては頂けなかった。
「お前らの馴れ初めはどうなんだ?」
ズデンカは無理に話し掛けた。
「どうって……お城で……」
アグニシュカが珍しく応じた。
やはり自分としては変化球が良かったのかも知れない。
――というかあたしも大概ルナに似てきたな。
さっきの会話の流れを思い出して苦笑してしまいそうになる。
「いや、園丁の娘と貴族の娘という話はもう知ってる。あたしが訊きたいのはどうして互いに……惚れたかってことだ」
ズデンカも少し言い澱んだ。
「え……薔薇の棘が指に刺さってしまったんです。エルヴィラさまのそれで私が……」
と言ったところでアグニシュカは口を押さえた。信頼していないズデンカの前で喋ってしまった自分を羞じているのだろう。
「へえ、まるで詩みたいじゃねえか」
ズデンカは鼻で笑った。
「……でもそれが出逢いだったんですから」
アグニシュカは顔を赤くした。
「なんだ、お前でも人並に顔を赤くするんだな」
ズデンカは言った。大分食い付いてきたと思った。
「本当にそうですよ」
エルヴィラが庇うように言った。
「素晴らしい。そんな出逢いがしたいものです!」
ルナは両手をオーバーに拡げながら言った。
「お前は黙っとけ!」
ズデンカは怒った。
「あれあれどうしたの、突っ慳貪《けんどん》だね」
ルナは煙を吐いた。それが後ろに棚引いて消えていく。
「いい機会なんだよ。こいつらがもうちょっとあたしと打ち解けるな」
もう正直に言うことにした。
「なるほど! 確かに君とアグニシュカさんは打ち解けていなかったからね。せっかくの短い旅だ、気まずい空気が残ったままじゃ、ね。次はもう一生逢えないかもしれないんだし」
長い時を生きてきたズデンカは鈍感になって思いもつかない言葉だったが、よく考えてみればそうだ。
旅で別れた人間と再び巡り逢うことは稀なのだから。
「アグニシュカは薔薇の棘を刺したわたしの指の血を吸い取ってくれました」
エルヴィラも顔を赤くしながら言った。
「ひゅー」
ルナが口笛を吹いた。
だがもうトラックの外の風景の観察に戻っていた。
「エルヴィラさま!」
アグニシュカは顔を顰めた。
「別に良いじゃねえか。ルナの言う通り、お前ら二人以外、ここにいる連中は今後会うかどうかすらわからねえんだ。まあ同じ国に住むことになるブラゴタはどうか知らんがな」
「決して口外しませんよ!」
ブラゴタは運転しながら半笑いを浮かべて応じた。
「だそうだ。もっと話せ」
ズデンカは急かした。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
新婚初夜に浮気ですか、王太子殿下。これは報復しかありませんね。新妻の聖女は、王国を頂戴することにしました。
星ふくろう
ファンタジー
紅の美しい髪とエメラルドの瞳を持つ、太陽神アギトの聖女シェイラ。
彼女は、太陽神を信仰するクルード王国の王太子殿下と結婚式を迎えて幸せの絶頂だった。
新婚旅行に出る前夜に初夜を迎えるのが王国のしきたり。
大勢の前で、新婦は処女であることを証明しなければならない。
まあ、そんな恥ずかしいことも愛する夫の為なら我慢できた。
しかし!!!!
その最愛の男性、リクト王太子殿下はかつてからの二股相手、アルム公爵令嬢エリカと‥‥‥
あろうことか、新婚初夜の数時間前に夫婦の寝室で、ことに及んでいた。
それを親戚の叔父でもある、大司教猊下から聞かされたシェイラは嫉妬の炎を燃やすが、静かに決意する。
この王国を貰おう。
これはそんな波乱を描いた、たくましい聖女様のお話。
小説家になろうでも掲載しております。
【完結】7年待った婚約者に「年増とは結婚できない」と婚約破棄されましたが、結果的に若いツバメと縁が結ばれたので平気です
岡崎 剛柔
恋愛
「伯爵令嬢マリアンヌ・ランドルフ。今日この場にて、この僕――グルドン・シルフィードは君との婚約を破棄する。理由は君が25歳の年増になったからだ」
私は7年間も諸外国の旅行に行っていたグルドンにそう言われて婚約破棄された。
しかも貴族たちを大勢集めたパーティーの中で。
しかも私を年増呼ばわり。
はあ?
あなたが勝手に旅行に出て帰って来なかったから、私はこの年までずっと結婚できずにいたんですけど!
などと私の怒りが爆発しようだったとき、グルドンは新たな人間と婚約すると言い出した。
その新たな婚約者は何とタキシードを着た、6、7歳ぐらいの貴族子息で……。
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる