436 / 526
第一部
第四十二話 仲間(2)
しおりを挟む
エルヴィラは答えられなかった。
「旅は長いんだ。これから歩くんだからな。とりあえず近くで水が飲める場所がないか捜してくる」
ズデンカは歩き去った。
走れる限り走ってみると小さな村に行き合ったので中に入った。
周りの人間に近くが呑める場所がないかと訊くと川を案内された。
――急いで来たから忘れた。ちっ、用意してくりゃよかったぜ。
ズデンカは手持ちの金で革袋を買った。
村の畔《ほとり》を流れる川へ静かに革袋をつけていると、
「ようズデンカ。ひさしぶり」
後ろから声がした。
まったく接近を察知出来なかったズデンカは驚いて革袋を胸に抱き川から三歩も飛びすさった。
爪で下草を掻き、砂利を飛ばし前のめりになりながら体勢を整える。
赤い髪の毛を持ち、開襟シャツを着た女が眼の前に立っていたのだ。
いや、女ではあるが、眼の前に人ではない。 吸血鬼《ストリゴアイカ》だ。
しかもズデンカはその女を知っていた。
「ハロス、今さら何のようだ?」
「姓で呼ぶとは他人行儀だな。俺はお前を誘いに来たのだ」
ハロスは近くまで歩み寄ってくる。
「これ以上寄るな」
ズデンカは歯を食いしばって威嚇した。
ハロス家は近国エリアーデにあるストリゴアイカ――男性形でストリゴイの中ではかなりの名門で眷属は数多に登る。
今ズデンカの眼の前に立っている女もその一人だが、最期に会ったのがもう七十年近く前でロルカの近くでだったと記憶している。
百歳をちょっと越えるぐらいなのでズデンカよりは年下で、吸血鬼に成り立てだった。
だが会話内容はさっぱり覚えておらず印象にも残っていない。
まさに、今さらだった。
「何でそう警戒する? 俺は仲間に誘っているのに!」
ハロスも少し怒ったらしく、身を乗り出して大声を張り上げた。
「お前の仲間になどなる気はない」
ズデンカは飽くまで冷静に応対しようと努めた。
「あたしにはもう仲間がいる」
――これ当人どもの前では絶対に言えねえな。恥ずかしすぎる。
ズデンカは内心焦った。
「仲間……? あ、そうか。さっきから見てたぞ。連れ歩いてる人間どもだろ。俺たちにとっては食い物でしかない。常備用に連れ歩いてるものかと思ったが……」
「お前にあたしのことをとやかく知られる必要はない」
だがハロスはズデンカの言い分は無視して話を始めた。
「考えてもみろよ。ヴァンパイア・ノスフェラトゥ・ヴルダラク・ウプイリ・ストリゴイ。吸血鬼の支族は多くにわかれ過ぎている。そこで近年――と言っても俺たちの近年だから三十年は前からだが――とある高貴な方が中心となって結社『ラ・グズラ』が組織された。ズデンカ、お前の実力なら俺の片腕を担えるはずだ」
「知らんそんなもん」
ズデンカは立ち上がり身構えた。どこから攻撃されても大丈夫なよう抜かりはない。
故郷を離れて久しいのでそのような組織が出来上がっていたことなどついぞ訊いたことがなかった。
「知らないならこれから知ればいい。俺と一緒に来るんだ」
吐き気がした。
ハロスの口吻《くちぶり》が元スワスティカの親衛部長カスパー・ハウザーがルナに対して向けるものと被ったからだ。
あるいはズデンカはほとんど言葉を交わさなかったがルナと旧友らしいフランツ・シュルツとかいう青年がルナを仲間に勧誘したさいの言葉と似たものもあった。
両者の立場は全く正反対のようだが、ズデンカの中でカスパーとフランツは似ているのだ。
――こっちの事情など関係なしで「こっちに来い」「仲間になれ」とか言いやがる。お前の事情など知ったこっちゃない。
「やだね」
ズデンカはきっぱりと断った。
「そうか……なら……」
と言ってハロスは走り出した。
「縛る物がなくなれば考えも変わるだろ! お前の仲間を皆殺しにさせて貰う」
「待てよ!」
ズデンカは革袋の蓋をすると後を追った。
「旅は長いんだ。これから歩くんだからな。とりあえず近くで水が飲める場所がないか捜してくる」
ズデンカは歩き去った。
走れる限り走ってみると小さな村に行き合ったので中に入った。
周りの人間に近くが呑める場所がないかと訊くと川を案内された。
――急いで来たから忘れた。ちっ、用意してくりゃよかったぜ。
ズデンカは手持ちの金で革袋を買った。
村の畔《ほとり》を流れる川へ静かに革袋をつけていると、
「ようズデンカ。ひさしぶり」
後ろから声がした。
まったく接近を察知出来なかったズデンカは驚いて革袋を胸に抱き川から三歩も飛びすさった。
爪で下草を掻き、砂利を飛ばし前のめりになりながら体勢を整える。
赤い髪の毛を持ち、開襟シャツを着た女が眼の前に立っていたのだ。
いや、女ではあるが、眼の前に人ではない。 吸血鬼《ストリゴアイカ》だ。
しかもズデンカはその女を知っていた。
「ハロス、今さら何のようだ?」
「姓で呼ぶとは他人行儀だな。俺はお前を誘いに来たのだ」
ハロスは近くまで歩み寄ってくる。
「これ以上寄るな」
ズデンカは歯を食いしばって威嚇した。
ハロス家は近国エリアーデにあるストリゴアイカ――男性形でストリゴイの中ではかなりの名門で眷属は数多に登る。
今ズデンカの眼の前に立っている女もその一人だが、最期に会ったのがもう七十年近く前でロルカの近くでだったと記憶している。
百歳をちょっと越えるぐらいなのでズデンカよりは年下で、吸血鬼に成り立てだった。
だが会話内容はさっぱり覚えておらず印象にも残っていない。
まさに、今さらだった。
「何でそう警戒する? 俺は仲間に誘っているのに!」
ハロスも少し怒ったらしく、身を乗り出して大声を張り上げた。
「お前の仲間になどなる気はない」
ズデンカは飽くまで冷静に応対しようと努めた。
「あたしにはもう仲間がいる」
――これ当人どもの前では絶対に言えねえな。恥ずかしすぎる。
ズデンカは内心焦った。
「仲間……? あ、そうか。さっきから見てたぞ。連れ歩いてる人間どもだろ。俺たちにとっては食い物でしかない。常備用に連れ歩いてるものかと思ったが……」
「お前にあたしのことをとやかく知られる必要はない」
だがハロスはズデンカの言い分は無視して話を始めた。
「考えてもみろよ。ヴァンパイア・ノスフェラトゥ・ヴルダラク・ウプイリ・ストリゴイ。吸血鬼の支族は多くにわかれ過ぎている。そこで近年――と言っても俺たちの近年だから三十年は前からだが――とある高貴な方が中心となって結社『ラ・グズラ』が組織された。ズデンカ、お前の実力なら俺の片腕を担えるはずだ」
「知らんそんなもん」
ズデンカは立ち上がり身構えた。どこから攻撃されても大丈夫なよう抜かりはない。
故郷を離れて久しいのでそのような組織が出来上がっていたことなどついぞ訊いたことがなかった。
「知らないならこれから知ればいい。俺と一緒に来るんだ」
吐き気がした。
ハロスの口吻《くちぶり》が元スワスティカの親衛部長カスパー・ハウザーがルナに対して向けるものと被ったからだ。
あるいはズデンカはほとんど言葉を交わさなかったがルナと旧友らしいフランツ・シュルツとかいう青年がルナを仲間に勧誘したさいの言葉と似たものもあった。
両者の立場は全く正反対のようだが、ズデンカの中でカスパーとフランツは似ているのだ。
――こっちの事情など関係なしで「こっちに来い」「仲間になれ」とか言いやがる。お前の事情など知ったこっちゃない。
「やだね」
ズデンカはきっぱりと断った。
「そうか……なら……」
と言ってハロスは走り出した。
「縛る物がなくなれば考えも変わるだろ! お前の仲間を皆殺しにさせて貰う」
「待てよ!」
ズデンカは革袋の蓋をすると後を追った。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
【完結】7年待った婚約者に「年増とは結婚できない」と婚約破棄されましたが、結果的に若いツバメと縁が結ばれたので平気です
岡崎 剛柔
恋愛
「伯爵令嬢マリアンヌ・ランドルフ。今日この場にて、この僕――グルドン・シルフィードは君との婚約を破棄する。理由は君が25歳の年増になったからだ」
私は7年間も諸外国の旅行に行っていたグルドンにそう言われて婚約破棄された。
しかも貴族たちを大勢集めたパーティーの中で。
しかも私を年増呼ばわり。
はあ?
あなたが勝手に旅行に出て帰って来なかったから、私はこの年までずっと結婚できずにいたんですけど!
などと私の怒りが爆発しようだったとき、グルドンは新たな人間と婚約すると言い出した。
その新たな婚約者は何とタキシードを着た、6、7歳ぐらいの貴族子息で……。
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる