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第一部

第四十二話 仲間(1)

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ゴルダヴァ北部――
 
「はぁ、はぁ」

 綺譚蒐集者《アンソロジスト》ルナ・ペルッツは運動不足のためへたばっていた。

 トランクを地面に放りだして膝を抱えて踞っている始末だ。

 もう初夏に至っているのだから外気は暑さを増している。

 太陽の光が一直線に差してきた。

 汗が引っ切りなしに流れ、額を蔽い尽くす。

 幾つも鞄やトランクを抱えて歩くメイド兼従者兼馭者の吸血鬼《ヴルダラク》のズデンカはそれを拭いてやった。

「もういやだー、馬車がいいー! 馬車!」

 ルナはだだをこねる。

「わがまま言うな」

 ズデンカは答えた。

 いつものやりとりだ。

 だが今回は他に連れがいる。

「まだまだ大丈夫ですよ!」

 ナイフ投げのカミーユ・ボレルも汗を掻いていた。ズデンカはそれを見ると不安になってくる。

 かなり身体を鍛えているカミーユが相当堪えているのだ。

 他の二人の連れは――

 コジンスキ伯爵家令嬢エルヴィラと園丁の娘アグニシュカだ。ルナ以上に汗まみれになり、今にもへたばりそうなのにズデンカたちとは距離を取って後ろの方で歩いている。

――近くに涼むところはないか。

 このあたりは草原が見渡す限りずっと続いているが木陰は少ない。ズデンカは百年以上前の記憶をほじくり返してみたが涼める樹木があった覚えはなかった。

――鞄の中に毛布は詰めてなかったか?

 頭に被るだけで少しは暑さがましになるだろうと考えたからだ。

「お前ら大丈夫か?」

 ズデンカは声を掛けた。

「大丈夫です」

 アグニシュカが答えた。エルヴィラを引き寄せて道の端へと移動する。

 「強がりを言うな。顔が赤いぞ」

  ズデンカは鋭く言った。

 アグニシュカとズデンカは数時間前に出発したキシュ以来折り合いが悪い。

 とにかくルナ一行を警戒しているようで、腹を割って話が出来ていないのだ。

――短い間とは言え一緒に旅をする仲間なのにな。

 当初は警戒していたズデンカだが今はそんなことは言っていられない。明らかに無理をしている人間を見捨てては置けない性格だった。

「問題ありません」

「お前は良いかも知れないがエルヴィラはどうだ?」

「はぁ……はぁ……」

エルヴィラは息を荒げていた。

「エルヴィラさま!」

 アグニシュカは寄り添う。

「おいお前、帽子貸せ」

「うわー何するのー」

 ズデンカはルナの頭からずり落ちそうになっていたシルクハットを奪い取ると、エルヴィラの頭に被せた。

「何するんですか」

 アグニシュカが言った。

「お前じゃ何もできんだろ」

 ズデンカは毒を吐いて強い力でエルヴィラを抱え、勢いよく走り出した。

 三、四キロほど走っただろうか。鬱蒼と繁る黒松の木が見えてきた。

――木陰を借りるにはすこし心許ないかもしれんが。

 ズデンカはエルヴィラを横たえた。

「ズデンカ……さん」

 荒く息をしながらエルヴィラは途切れ途切れに言う。

「何も言うな」

「アグニシュカが失礼しました」

「あたしは色んな場所を旅してきたんだ。あんなの馴れてる。大したことじゃない」

 ズデンカは答えた。

「でも……あんな態度……ひどい」

「だとしてもお前が悩むことじゃねえ。あたしが決着を付けるさ」

 ズデンカはウインクした。

 いや、ウインクと言えるのだろうか。ルナの真似をしたのだが瞼が強張ってなかなか動かなかった。
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