上 下
411 / 526
第一部

第四十話 仮面の孔(1)

しおりを挟む
  ゴルダヴァ国最北辺キシュ付近――

 
 綺譚蒐集者《アンソロジスト》ルナ・ペルッツのメイド件従者兼馭者の吸血鬼《ヴルダラク》ズデンカは、警戒を怠らなかった。

 何度も旅の途中で、スワスティカ残党から襲撃を受けているのだから当然だ。

 しかも、今乗っている汽車は通行予定の隧道《トンネル》を封鎖されそうになったところを間一髪逃れたばかりだった。

 場所がわかっていると言うことはこれから攻撃を受けるかも知れない。

 元スワスティカ親衛部長のカスパー・ハウザーが新たに編成した『詐欺師の楽園』のメンバーは五人だという。

 ズデンカは頭の中で整理してみた。

 席次一、ヘクトル・パニッツァ。ズデンカは中立国ラミュにいたとき交戦した。たちまちのうちに視界を奪う能力には苦戦させられたものだ。吸血鬼のコレクションを行っているという、ズデンカから言わせれば変態だ。

 席次二、ゲオルク・ブレヒト。ランドルフィ王国パピーニで交戦した。銃の名手で炎を使う能力者で、なんとか撃退することが出来た。その際に両腕を失っているが、その後も銃で攻撃されたことがあるので生きていると思われる。

 席次三、ルツィドール・バッソンピエール。メンバーの中では一番執拗にルナ一行を付け狙ってくる。今まで三回は交戦していた。道具を使ってくることが多く、パニッツァと組んで襲ってきて吸血鬼を切り刻む聖剣を使われたときは大変だった。ついさっき列車を攻撃してきた。

 席次四、イヴァン・コワコフスキ。ラミュの首都デュレンマット襲撃事件を起こした張本人だ。少年の姿だったが実年齢はわからない。敗北後、仲間のブレヒトと思われる者に銃で撃ち抜かれて死亡した。

 席次五の名前や情報は、まだわからない。

 つまり、この五人目がいつ攻撃してくるかもわからないのだ。撃退したとは言え、他の連中も列車を狙っている可能性は高い。

 特にブレヒトに不意打ちで狙撃されるとルナも同行するナイフ投げのカミーユ・ボレルもなすすべがないだろう。

 常住坐臥、警戒は怠っていられない。

 だが主人のルナはいっこうに暢気だ。

 ズデンカが窓を閉じて、パイプ喫煙こそ止めさせたが、また執筆を再開してペンスタンドを脇に置き、紙を何枚も独特な文字で埋めていく。

「もう次の駅で降りないか?」

 ズデンカは訊いた。できるだけ早く汽車から離れないといけない。

「うーん、もっと書いてたいんだけどなぁ」

 ルナは邪魔そうに言った。

「ゴルダヴァならどこで降りてもいい。まあ、あたしが生まれたのは南部だけどな」

 ズデンカはルナにどこで生まれたのか具体的には言っていない。

 別に教えてもいいのだが、何となく告げないで終わっていた。

 だがつい故郷について喋ってしまったのはまずかったなと思った。

「ふむふむ。南部なんだ。それは初耳だ」

 紙一面を文字で埋めてしまったルナがペンをスタンドへ置いて、インクが乾くのを待ちながらズデンカを見詰めて言った。

「だからどうした。あたしだって無から生まれた訳じゃない」

「でも、君は秘密主義を通していたじゃないか」

「ふん!」

 ズデンカは黙った。

「まあ、もう坐っているのも飽きたからね。降りようか」

 ルナは言った。

「カミーユもそれでいいか?」

 ズデンカは確認した。

「はっ、はい! どこへなりとでもついていきます」

 カミーユはしゃちこばって立ち上がり、敬礼をして見せた。

 ふざけたのか天然かはわからない。

 くすりとルナが笑っている。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

新婚初夜に浮気ですか、王太子殿下。これは報復しかありませんね。新妻の聖女は、王国を頂戴することにしました。

星ふくろう
ファンタジー
 紅の美しい髪とエメラルドの瞳を持つ、太陽神アギトの聖女シェイラ。  彼女は、太陽神を信仰するクルード王国の王太子殿下と結婚式を迎えて幸せの絶頂だった。  新婚旅行に出る前夜に初夜を迎えるのが王国のしきたり。  大勢の前で、新婦は処女であることを証明しなければならない。  まあ、そんな恥ずかしいことも愛する夫の為なら我慢できた。  しかし!!!!  その最愛の男性、リクト王太子殿下はかつてからの二股相手、アルム公爵令嬢エリカと‥‥‥  あろうことか、新婚初夜の数時間前に夫婦の寝室で、ことに及んでいた。  それを親戚の叔父でもある、大司教猊下から聞かされたシェイラは嫉妬の炎を燃やすが、静かに決意する。  この王国を貰おう。  これはそんな波乱を描いた、たくましい聖女様のお話。  小説家になろうでも掲載しております。

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

処理中です...