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第一部
第三十五話 シャボン玉の世界で (7)
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だが即座に押し寄せてきたシャボン玉の中へと包み込まれた。
胴体の下に柔らかい感覚が広がった。
だが、それすらちょっと動いただけですぐに割れてしまうのだ。
割れては落ち、割れては落ち、幾つものシャボン玉を破りながらフランツとオドラデクは落ち続けた。
葡萄の房のように泡は密集している。
そこはまるで、シャボン玉の世界だった。
二人は仕方なしに組み付いていた。
身を引き離して落下などすれば、死に繋がる。
舌を噛みそうなのでフランツは喋らない。だが、オドラデクは元気そうに、
「面白いですねぇ!」
を繰り返していた。
フランツは応じない。
「ねえねえ、フランツさぁん」
膝でツンツンと突き回された。
「こちょこちょ……しちゃいますよ」
フランツは前オドラデクに腋を擽《くすぐ》られた記憶がある。
大変不快な思い出だ。
「やめろ!」
思わず叫んで舌先を噛んだ。
「いてっ」
「あははははははははは!」
オドラデクは笑った。ぺちゃくちゃ喋りまくっても少しも舌を噛まないあたりはやはり人外だ。
その間にも幾つものシャボン玉を突き破りながらゆっくり落ちていく。
――ああ、こんな風に死ぬのか。
よく考えると人間が緩慢に死に向かっていく道程というのも、この落下に似たようなものがあるのかも知れない。
落ちている時だけは長く感じられるのかもしれない。
オドラデクは頼りになりそうもないし、もう観念したフランツはそんな哲学的なことすら思った。
群れていたシャボン玉の一番下にあったものを突き破って、後はもう地面に激突するしかなくなった時。
目の前を一陣の影が過ぎった。
まるで大きな鷹がやってきたように見えた。
ファキイルだ。
長い衣の裾を風に靡かせて、その上にフランツとオドラデクを乗せていた。
「来てくれたのか」
死を覚悟していたフランツは裾の上で放心していた。
「うむ」
「ぼくはずっと助けてくれるって信じてましたよ!」
オドラデクは朗らかに言った。
ファキイルはゆっくりと地上に降りた。
フランツとオドラデクは裾から立ち上がった。
「服を汚しちまったな、すまん」
フランツは謝った。
「いつも洗っていないから問題ない」
「一度、洗った方がいいぞ……」
フランツはなかば呆れながら言った。
「ところで、ボナヴェントゥーラの野郎はどこ行ったんでしょうねえ? ぼくたちをこんな目に遭わすなんて、我慢なりませんよ。ぷんぷん!」
オドラデクは地面をどしんどんしんと蹴立てて土埃を立てた。
「楽しんでいただろうが」
「怒りを隠しながら面白がっていたんですよ。ぼくは自分の身に訪れることは皆楽しまなきゃって性格してるんですよ。ぷんぷん!」
「俺たちにも非があるんだし、退散した方がいいぞ」
フランツは言った。軽い疲労を感じていた。
「ちきしょー! 目に物見さしちゃる!」
オドラデクは勢いよく走りだしていた。
フランツは止める気にもならなかった。
「帰ろう」
ファキイルに言う。
「オドラデクを待たなくていいのか」
「いいだろ。あいつなら独りでも戻ってくる」
フランツは答えた。
「そうか」
ファキイルは遠くを見やった。どこかオドラデクを心配しているようだった。
「はぁー、仕方ないな。追うぞ」
「うむ」
フランツが服の袖を掴むと、ファキイルは空へと浮かび上がった。
「低空飛行で頼む。もうシャボン玉とぶつかるのはこりごりだ」
「わかった」
とてものろのろゆっくりと進んだ。
胴体の下に柔らかい感覚が広がった。
だが、それすらちょっと動いただけですぐに割れてしまうのだ。
割れては落ち、割れては落ち、幾つものシャボン玉を破りながらフランツとオドラデクは落ち続けた。
葡萄の房のように泡は密集している。
そこはまるで、シャボン玉の世界だった。
二人は仕方なしに組み付いていた。
身を引き離して落下などすれば、死に繋がる。
舌を噛みそうなのでフランツは喋らない。だが、オドラデクは元気そうに、
「面白いですねぇ!」
を繰り返していた。
フランツは応じない。
「ねえねえ、フランツさぁん」
膝でツンツンと突き回された。
「こちょこちょ……しちゃいますよ」
フランツは前オドラデクに腋を擽《くすぐ》られた記憶がある。
大変不快な思い出だ。
「やめろ!」
思わず叫んで舌先を噛んだ。
「いてっ」
「あははははははははは!」
オドラデクは笑った。ぺちゃくちゃ喋りまくっても少しも舌を噛まないあたりはやはり人外だ。
その間にも幾つものシャボン玉を突き破りながらゆっくり落ちていく。
――ああ、こんな風に死ぬのか。
よく考えると人間が緩慢に死に向かっていく道程というのも、この落下に似たようなものがあるのかも知れない。
落ちている時だけは長く感じられるのかもしれない。
オドラデクは頼りになりそうもないし、もう観念したフランツはそんな哲学的なことすら思った。
群れていたシャボン玉の一番下にあったものを突き破って、後はもう地面に激突するしかなくなった時。
目の前を一陣の影が過ぎった。
まるで大きな鷹がやってきたように見えた。
ファキイルだ。
長い衣の裾を風に靡かせて、その上にフランツとオドラデクを乗せていた。
「来てくれたのか」
死を覚悟していたフランツは裾の上で放心していた。
「うむ」
「ぼくはずっと助けてくれるって信じてましたよ!」
オドラデクは朗らかに言った。
ファキイルはゆっくりと地上に降りた。
フランツとオドラデクは裾から立ち上がった。
「服を汚しちまったな、すまん」
フランツは謝った。
「いつも洗っていないから問題ない」
「一度、洗った方がいいぞ……」
フランツはなかば呆れながら言った。
「ところで、ボナヴェントゥーラの野郎はどこ行ったんでしょうねえ? ぼくたちをこんな目に遭わすなんて、我慢なりませんよ。ぷんぷん!」
オドラデクは地面をどしんどんしんと蹴立てて土埃を立てた。
「楽しんでいただろうが」
「怒りを隠しながら面白がっていたんですよ。ぼくは自分の身に訪れることは皆楽しまなきゃって性格してるんですよ。ぷんぷん!」
「俺たちにも非があるんだし、退散した方がいいぞ」
フランツは言った。軽い疲労を感じていた。
「ちきしょー! 目に物見さしちゃる!」
オドラデクは勢いよく走りだしていた。
フランツは止める気にもならなかった。
「帰ろう」
ファキイルに言う。
「オドラデクを待たなくていいのか」
「いいだろ。あいつなら独りでも戻ってくる」
フランツは答えた。
「そうか」
ファキイルは遠くを見やった。どこかオドラデクを心配しているようだった。
「はぁー、仕方ないな。追うぞ」
「うむ」
フランツが服の袖を掴むと、ファキイルは空へと浮かび上がった。
「低空飛行で頼む。もうシャボン玉とぶつかるのはこりごりだ」
「わかった」
とてものろのろゆっくりと進んだ。
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