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第一部
第三十五話 シャボン玉の世界で (5)
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――病原菌を持った虫に噛まれでもしたらどうするんだ。
と言葉にしかけたところで、フランツは止めた。
オドラデクは人間ではないのだ。だから、何をしたって普通は死なない。
まさか、少しでも人間に――年の近い友達に感じ始めているのかと思うと、フランツは嫌な気分になった。
「ないなあ!」
オドラデクが顔を上げた。オリーブの葉っぱが貼り付きまくっていた。
「馬鹿か」
フランツは笑った。
さっきまで落ち込んでいたのが嘘みたいに軽くなる。
「フランツさんも一緒に探してくださいよぉ!」
オドラデクは怒鳴った。
「別に俺は興味ないしな」
そう言ってフランツは歩き出した。
「ああっ! フランツさぁん!」
オドラデクの悲痛な叫びが木魂するが、フランツは無視を決め込んだ。
だが、結果として見付けたのはフランツだった。
把手《とって》がついた巨大な輪っかがシロツメクサを押し潰しながら置かれていたのだ。
その横には輪っかを越える巨大な盥があり、石鹸水がなみなみと満たされていた。
「何だこれは……」
フランツは足を止めた。
巨大なシャボン玉はまだ空中を漂っている。つまり、ついさっきまでここでシャボン玉を作っていた当人がいるはずなのだ。
「うわぁ、フランツさんのお手柄ですねぇ」
オドラデクはすぐに聞きつけて笑顔で駈け寄ってきた。
「ただ、そこにあっただけなんだが」
フランツは不満だった。
オドラデクは断りもせず、把手を握って輪を持ち、石鹸水にどぶんとつけていた。
「やめろ」
フランツは止めたが後の祭りだ。
石鹸の膜が貼られた輪っかを手にして、オドラデクは軽々と駆け回った。
すると、膜が空気で楕円形に膨らみ、やがてそこからちぎれて丸い球体へ形を整え、空へ浮かび上がった。
「えっへん! どうでしょうか。上手く作れたじゃあないですか」
オドラデクは立ち止まって輪っかを下ろし、自慢げに言った。
「だからどうしたと言うんだ」
フランツは少年時代を収容所で過ごした。その後もシャボン玉で遊ぶなどといった子供らしい遊びをしたことがない。
興味すら感じない。
「楽しいじゃないですか。綺麗な丸い玉を作れたときの達成感は段違い! 幸せな気分になりますよ」
「わからん」
フランツは首を傾げた。
「フランツさんもやってみなさい!」
と輪っかを押し付けられた。
「はぁ」
フランツはしばらく立ったままだったが、輪っかを宙に向けながらゆっくり歩き出した。
「走らなきゃ! もっと走らなきゃいけませんよぉ」
オドラデクは口に両手を当てて大声で叫んだ。
「うるさい」
そうは言いながらフランツは少し速度を上げた。
すると、また小さな球体が輪っかから生み出されては空に飛んでいった。
「小さいですねぇ!」
オドラデクはからかった。
「そりゃお前がたっぷり石鹸をつけてやったんだ、小さくもなるだろ」
フランツは口とは裏腹に悔しかった。
「へへんだ。じゃあ、たっぷりつけた上でやってみなさいよぉ!」
「おう、やってやる」
フランツは意気込んで盥まで歩いていき、石鹸水をたっぷり輪っかに漬けた。
そして、勢いよく走りだした。先ほどよりは大きめなシャボン玉が数多く生まれた。
「どうだ!」
フランツは叫んだ。
「甘い甘い」
オドラデクは空を指差した。
「ぼくの作ったシャボン玉は、そんな小さいもんじゃないですよ。まだ浮かび続けてますしねぇ」
「何だとぉ」
すっかりやる気になったフランツがまた盥まで歩いていこうとしたその時だ。
「勝手に俺のものを使うな!」
怒りに満ちた声が轟いた。
と言葉にしかけたところで、フランツは止めた。
オドラデクは人間ではないのだ。だから、何をしたって普通は死なない。
まさか、少しでも人間に――年の近い友達に感じ始めているのかと思うと、フランツは嫌な気分になった。
「ないなあ!」
オドラデクが顔を上げた。オリーブの葉っぱが貼り付きまくっていた。
「馬鹿か」
フランツは笑った。
さっきまで落ち込んでいたのが嘘みたいに軽くなる。
「フランツさんも一緒に探してくださいよぉ!」
オドラデクは怒鳴った。
「別に俺は興味ないしな」
そう言ってフランツは歩き出した。
「ああっ! フランツさぁん!」
オドラデクの悲痛な叫びが木魂するが、フランツは無視を決め込んだ。
だが、結果として見付けたのはフランツだった。
把手《とって》がついた巨大な輪っかがシロツメクサを押し潰しながら置かれていたのだ。
その横には輪っかを越える巨大な盥があり、石鹸水がなみなみと満たされていた。
「何だこれは……」
フランツは足を止めた。
巨大なシャボン玉はまだ空中を漂っている。つまり、ついさっきまでここでシャボン玉を作っていた当人がいるはずなのだ。
「うわぁ、フランツさんのお手柄ですねぇ」
オドラデクはすぐに聞きつけて笑顔で駈け寄ってきた。
「ただ、そこにあっただけなんだが」
フランツは不満だった。
オドラデクは断りもせず、把手を握って輪を持ち、石鹸水にどぶんとつけていた。
「やめろ」
フランツは止めたが後の祭りだ。
石鹸の膜が貼られた輪っかを手にして、オドラデクは軽々と駆け回った。
すると、膜が空気で楕円形に膨らみ、やがてそこからちぎれて丸い球体へ形を整え、空へ浮かび上がった。
「えっへん! どうでしょうか。上手く作れたじゃあないですか」
オドラデクは立ち止まって輪っかを下ろし、自慢げに言った。
「だからどうしたと言うんだ」
フランツは少年時代を収容所で過ごした。その後もシャボン玉で遊ぶなどといった子供らしい遊びをしたことがない。
興味すら感じない。
「楽しいじゃないですか。綺麗な丸い玉を作れたときの達成感は段違い! 幸せな気分になりますよ」
「わからん」
フランツは首を傾げた。
「フランツさんもやってみなさい!」
と輪っかを押し付けられた。
「はぁ」
フランツはしばらく立ったままだったが、輪っかを宙に向けながらゆっくり歩き出した。
「走らなきゃ! もっと走らなきゃいけませんよぉ」
オドラデクは口に両手を当てて大声で叫んだ。
「うるさい」
そうは言いながらフランツは少し速度を上げた。
すると、また小さな球体が輪っかから生み出されては空に飛んでいった。
「小さいですねぇ!」
オドラデクはからかった。
「そりゃお前がたっぷり石鹸をつけてやったんだ、小さくもなるだろ」
フランツは口とは裏腹に悔しかった。
「へへんだ。じゃあ、たっぷりつけた上でやってみなさいよぉ!」
「おう、やってやる」
フランツは意気込んで盥まで歩いていき、石鹸水をたっぷり輪っかに漬けた。
そして、勢いよく走りだした。先ほどよりは大きめなシャボン玉が数多く生まれた。
「どうだ!」
フランツは叫んだ。
「甘い甘い」
オドラデクは空を指差した。
「ぼくの作ったシャボン玉は、そんな小さいもんじゃないですよ。まだ浮かび続けてますしねぇ」
「何だとぉ」
すっかりやる気になったフランツがまた盥まで歩いていこうとしたその時だ。
「勝手に俺のものを使うな!」
怒りに満ちた声が轟いた。
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