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第一部
第三十一話 いいですよ、わたしの天使(8)
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クロエは驚愕の感情を抑えるように、身を縮めていた。遠く離れていく地上を見おろしながら。
ファキイルは悠然と滑空した。
そのありさまを下界から眺めているフランツは気が気でなかった。
誰かに見られてはことだ。
いや、それだけならまだ良い。撃たれでもしたら。
フランツはファキイルの硬さを知っているので、そこは大丈夫だ。
だが、クロエはそうではない。撃たれるだけでなく、ファキイルの手から少しでも滑っただけで命がなくなるのだ。
――そんな儚い命を、預けて本当によかったのか。
ふっと頭の中に浮かんだアイデアを呪った。ファキイルは、打ち合わせもなく、驚きもせず、自然にそれを引き受けてくれた。
そのことに関しては、フランツは感謝した。
犬狼神は優雅にすら思える動きで町を一周りしていく。
それを見ているうちにフランツは自分の心配が杞憂だったと気付いた。
ファキイルは、クロエを固く抱きしめて離さなかったのだから。しかも眼にも止まらぬほど、物凄い速さで動きつつ。
やがて、逆巻きのように空高くまで登り、時間を置いてゆっくり降りてきた。
フランツは駈け寄った。
「これで、いいか?」
ファキイルは手短に言った。
「天使さま」
クロエは小さく呟いた。酔いはしていないようだった。
「我は天使ではない」
「天使さまです。あなたは、天使さまでしか、ありえません」
クロエはファキイルに横抱きにされたまま、服の袖に縋っていた。
「懐かれちゃったようですねえ、ファキイルさぁん」
オドラデクはニヤニヤ笑いながら近付いてくる。
「どうしよう」
ファキイルは表情も変えず真剣に困っているようだった。
「連れていくわけにもいかないからな」
フランツも困った。
「天使さま、私はあなたの言う通りにします」
ファキイルに優しく路面に下ろされたクロエは、いきなり膝を突き、両手を強く握り合わせた。
「信心深いですねえ」
オドラデクはそう言ってくるりと振り返り、勝手に歩き出した。
「おい、どこへ行く?」
フランツは怒鳴った。
「行っていいでしょう。少女は信じていた天使さんに逢えました、ちゃんちゃん。グッドな締めですよ」
「いや、まだ部屋の中には屍体も残っているぞ」
フランツは声を落とした。そろそろ人の影がちらほら往来に見え始めたのだ。
「なんでぼくがやる必要があるんです? 自分で落下して死んだ酔っ払いの面倒をみるのはごめんだってさっき言いましたよねぇ」
「大声をだすな」
フランツは間合いを詰めた。
「はあ、仕方ないですねぇ」
オドラデクはそう言ってくるりと逆の方を向き、家の中に入った。
――何をする気だ?
フランツも入った。
屍体に掛けてあったテーブルクロスは取り払われていた。だが、その下にいたはずのウジェーヌの姿も消えていた。
「何をやった?」
オドラデクは元の姿の糸巻きのようなかたちに戻っていた。糸を次から次へ繰り出して、部屋の中心部に集め、繭のような巨大な球体を作り出していた。
「屍体をあの中に入れたんですよ」
オドラデクは悪戯っぽく言った。だが、今その表情は見えないのだが。
「何をする気だ?」
ぐしゃ。
肉が潰れ、骨が砕ける音がした。
――まさか。ウジェーヌの屍体をすり潰すつもりか?
「この方法しかないでしょ? まず、血を肉を分離してぇー、と」
そう説明して、オドラデクは全身を蠕動させ続けた。
赤黒いゼリーのような塊が一つ、二つと繭のような球体から吐き出された。
「ふう、疲れた」
オドラデクは身体を構成する糸をばらけさせ、元の姿へと戻った。
ファキイルは悠然と滑空した。
そのありさまを下界から眺めているフランツは気が気でなかった。
誰かに見られてはことだ。
いや、それだけならまだ良い。撃たれでもしたら。
フランツはファキイルの硬さを知っているので、そこは大丈夫だ。
だが、クロエはそうではない。撃たれるだけでなく、ファキイルの手から少しでも滑っただけで命がなくなるのだ。
――そんな儚い命を、預けて本当によかったのか。
ふっと頭の中に浮かんだアイデアを呪った。ファキイルは、打ち合わせもなく、驚きもせず、自然にそれを引き受けてくれた。
そのことに関しては、フランツは感謝した。
犬狼神は優雅にすら思える動きで町を一周りしていく。
それを見ているうちにフランツは自分の心配が杞憂だったと気付いた。
ファキイルは、クロエを固く抱きしめて離さなかったのだから。しかも眼にも止まらぬほど、物凄い速さで動きつつ。
やがて、逆巻きのように空高くまで登り、時間を置いてゆっくり降りてきた。
フランツは駈け寄った。
「これで、いいか?」
ファキイルは手短に言った。
「天使さま」
クロエは小さく呟いた。酔いはしていないようだった。
「我は天使ではない」
「天使さまです。あなたは、天使さまでしか、ありえません」
クロエはファキイルに横抱きにされたまま、服の袖に縋っていた。
「懐かれちゃったようですねえ、ファキイルさぁん」
オドラデクはニヤニヤ笑いながら近付いてくる。
「どうしよう」
ファキイルは表情も変えず真剣に困っているようだった。
「連れていくわけにもいかないからな」
フランツも困った。
「天使さま、私はあなたの言う通りにします」
ファキイルに優しく路面に下ろされたクロエは、いきなり膝を突き、両手を強く握り合わせた。
「信心深いですねえ」
オドラデクはそう言ってくるりと振り返り、勝手に歩き出した。
「おい、どこへ行く?」
フランツは怒鳴った。
「行っていいでしょう。少女は信じていた天使さんに逢えました、ちゃんちゃん。グッドな締めですよ」
「いや、まだ部屋の中には屍体も残っているぞ」
フランツは声を落とした。そろそろ人の影がちらほら往来に見え始めたのだ。
「なんでぼくがやる必要があるんです? 自分で落下して死んだ酔っ払いの面倒をみるのはごめんだってさっき言いましたよねぇ」
「大声をだすな」
フランツは間合いを詰めた。
「はあ、仕方ないですねぇ」
オドラデクはそう言ってくるりと逆の方を向き、家の中に入った。
――何をする気だ?
フランツも入った。
屍体に掛けてあったテーブルクロスは取り払われていた。だが、その下にいたはずのウジェーヌの姿も消えていた。
「何をやった?」
オドラデクは元の姿の糸巻きのようなかたちに戻っていた。糸を次から次へ繰り出して、部屋の中心部に集め、繭のような巨大な球体を作り出していた。
「屍体をあの中に入れたんですよ」
オドラデクは悪戯っぽく言った。だが、今その表情は見えないのだが。
「何をする気だ?」
ぐしゃ。
肉が潰れ、骨が砕ける音がした。
――まさか。ウジェーヌの屍体をすり潰すつもりか?
「この方法しかないでしょ? まず、血を肉を分離してぇー、と」
そう説明して、オドラデクは全身を蠕動させ続けた。
赤黒いゼリーのような塊が一つ、二つと繭のような球体から吐き出された。
「ふう、疲れた」
オドラデクは身体を構成する糸をばらけさせ、元の姿へと戻った。
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