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第一部

第三十一話 いいですよ、わたしの天使(7)

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 埃や蜘蛛の巣を被っていたベッドを引きずり出してきて、掃除を始める。

 シーツが少しでも汚れているとくしゃみが出てしまうので、念入りにハタキで払い落とした。

「お前も手伝え」

「なんで手伝うんですか。全く関係もない人に」

「父親にはあれだけ媚びを売っていただろ」

「売ってないですよ。現地の人とコミュニケーションを取るのはぼくの専売特許ですからね」

 オドラデクは一向に動く様子がない。

 かといってクロエの相手をしているファキイルの手を借りるわけにもいかない。フランツはシーツを綺麗にした。

 ちょうどその頃にはクロエもファキイルに寄りかかるように眠りに落ちていた。

 フランツはそれを慎重に抱き上げ、ベッドに横たえた。暖炉とは程遠く、炎が燃え移ったりすることの絶対にない場所だ。

「我は眠らない」

 ファキイルはベッドによじ登り、クロエの隣に寝そべりながら言った。

「ぼくもですよ、生憎ながらね」

 オドラデクは応じた。

「でも、お前なら一緒に寝てやることが出来るはずだ」

 フランツは言った。

――それは俺には出来ないことだ。

 後の言葉は飲み込んで。

 翌朝はすぐに来た。

 フランツは毛布も被らず床で眠った。これぐらいのことなら慣れている。

 おかげさまで起きたときには身体が痛くなっていたが。

 まだ窓の外は白くなったばかりだ。

「あははははは!」

 あちこちを擦るフランツを指差してオドラデクは馬鹿笑いしていた。こちらは元気に部屋のあちこちを歩き回り続ける。

 クロエもすぐに目を覚ました。ファキイルは横に寝て優しげにそれを見詰めていた。

「起きたか」

「うん」

 クロエは目を擦りながら上半身を起こした。

「お前が一番して欲しいことは何だ?」

「天使さまに会いたい」

 クロエは答えた。

「なぜだ?」

「天にいる母さんは元気にしていますかって、訊いてみたいの。それで父さんに何度も言ったら」

 クロエは少しお喋りになっていた。

「どうなったのだ?」

「近くの天使像まで連れていってくれた。この街の自慢だ。これを代わりにしとけって。毎日通い詰めてたら、父さんがいきなりやってきて……」

 ここまで言ってクロエは震えた。

 フランツはその肩を優しく押さえた。

「天使はいるぞ。像なんかじゃない。今お前の目の前にな」

「え」

 ファキイルは何も言わず、落ち着いた面持ちでフランツを見やった。

「こいつ、ファキイルは空から舞い降りた天使なのだ」

「ちょっとフランツさーん、うそい」

 フランツは勢いよく走ってオドラデクに迫り、その口を押さつえけた。

「黙っとけ。ここはそう言うことにしておくぞ」

「はひはひ」

 オドラデクは声をくぐもらせながら言った。流石に化け物だけあって、口を塞がれてもちっとも苦しそうではない。

「そ、それなら、母さんは」

「残念だが、それは我にはわからない」

 ファキイルは正直に言う。

 クロエは残念そうだった。

「だが、天に近い場所にお前を近づけることなら出来るぞ」

 クロエは首を傾げていた。

  ファキイルはベッドから降り、外へ向かって歩き出した。フランツも急いでそれを追う。

 まだ朝も早いので人はいなかった。

 「今なら大丈夫だ」

 ファキイルに告げる。

「うむ」

 ファキイルは頷いて、クロエを軽々と抱き上げた。

「ええええええ」

「舌を噛まないように気を付けるのだぞ」

 驚くクロエにそう言いつけた後、空へ浮いた。
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