319 / 526
第一部
第三十話 蟻!蟻!(12)
しおりを挟む
「誰が返すか!」
おぞましいほど嗄《しゃが》れた声で、イザークは叫んだ。
「俺は今までずっと家の仕事ばかりさせられてきたんだ!」
身体の下に本を隠しながら、四つん這いとなっている。
「だからどうした」
ズデンカは近寄って、無理矢理引き離そうとした。
簡単にできるものと思った。だが案に相違して強い力で撥ね飛ばされる。
「よっと!」
身体が自然に動いて、着地した。
――こう言うことには慣れてるからな。
想像通り、イザークの右手は巨大な細く家の生えた形状に変化していた。筋肉が砕けてその中から現れたようだった。
蟻の前脚だ。
「え、え」
驚愕の面もちとなるイザーク。
「その本を持ったやつはな、時期に人間の姿を保てなくなっていくんだ」
ズデンカは冷たく言った。
「そんな……俺は……」
何か言おうとするその首が途中で逆側に捩れた。
何度も何度も捩れは続く。折れていく骨の音を軽快に響かせて。
やがて声が漏れなくなると、頭蓋骨が胴へと陥没していった。
脇腹が抉れる音がする。胴体が膨張を続けているのだ。
ズデンカは距離を取った。
「ぎぇ」
不気味な音が漏れた。骨が砕け、どす黒い触覚が二本突き出した。巨大な蟻の頭が現れたのだ。
胴体が潰れて腸をまき散らしながら、鈍く濁った翅が二枚現れた。
雄の蟻だ。
よろよろと蹌踉めきながら立ち上がり、ズデンカに迫っていった。
「でかいな」
成人した馬二頭分はあった。
羽化したばかりのように力弱く頼りなげに見えた。
――この程度なら、力で押しひしげないこともないが。
ズデンカは牝牛の化け物を素手で殺したことがある。
「君、ちょっと!」
ルナの声が聞こえて来た。
まだ退路は残されている。
ズデンカは急いで戻った。
ルナを守るように大蟻喰が立ち、カミーユが迫る作業員たちを地面に押さえつけていた。
――体術もなかなかのもんだな。
ズデンカは感心した。
しかし、同時に気になったのは、作業員の口から溢れ返っていた蟻が姿を消したことだ。
「どうした?」
ルナは答えず指差した。
多くの馬を間を縫って、蟻たちは一直線にある方向へ向かっていた。
姿を現した雄の蟻とも程近いその場所に黒い大きな塊が出来上がりつつあった。
とうとう、それ自体が一つの巨大な蟻の黒光りする甲殻へと変化する。
「女王さまの到来だ」
ルナがうっとりと言う。
ズデンカはつくづくルナの趣味は悪いと思った。
女王蟻は、即座に動き出した。前脚で馬たちの頭を掴んで引き寄せ、作業員も引き寄せた。
ルナは膜《バリア》を張り、カミーユに言って、気絶した者たちをその内側まで退避させる。
「人命優先か」
ズデンカは皮肉った。
「ほんというと馬も助けたいけど……女王さまは、暴れるのが目的じゃないようだ」
ルナは微笑んだ。
「なんだ?」
「お食事だよ」
女王蟻は頭から人や馬に齧り付き、凄い勢いで噛み切っていた。
「どういうことだ?」
「子供を産むためさ」
ハッとするズデンカ。
雄の蟻がよろよろと女王蟻へ近寄っていく。
餌を食べ終えた女王は、雄を両の前脚で捉えた。
雄は抗えず、女王へ引きずられるまま、強引に背中へ乗せられる。
「交尾だよ」
ルナはあっさりと言った。
ズデンカは気恥ずかしくなった。
おぞましいほど嗄《しゃが》れた声で、イザークは叫んだ。
「俺は今までずっと家の仕事ばかりさせられてきたんだ!」
身体の下に本を隠しながら、四つん這いとなっている。
「だからどうした」
ズデンカは近寄って、無理矢理引き離そうとした。
簡単にできるものと思った。だが案に相違して強い力で撥ね飛ばされる。
「よっと!」
身体が自然に動いて、着地した。
――こう言うことには慣れてるからな。
想像通り、イザークの右手は巨大な細く家の生えた形状に変化していた。筋肉が砕けてその中から現れたようだった。
蟻の前脚だ。
「え、え」
驚愕の面もちとなるイザーク。
「その本を持ったやつはな、時期に人間の姿を保てなくなっていくんだ」
ズデンカは冷たく言った。
「そんな……俺は……」
何か言おうとするその首が途中で逆側に捩れた。
何度も何度も捩れは続く。折れていく骨の音を軽快に響かせて。
やがて声が漏れなくなると、頭蓋骨が胴へと陥没していった。
脇腹が抉れる音がする。胴体が膨張を続けているのだ。
ズデンカは距離を取った。
「ぎぇ」
不気味な音が漏れた。骨が砕け、どす黒い触覚が二本突き出した。巨大な蟻の頭が現れたのだ。
胴体が潰れて腸をまき散らしながら、鈍く濁った翅が二枚現れた。
雄の蟻だ。
よろよろと蹌踉めきながら立ち上がり、ズデンカに迫っていった。
「でかいな」
成人した馬二頭分はあった。
羽化したばかりのように力弱く頼りなげに見えた。
――この程度なら、力で押しひしげないこともないが。
ズデンカは牝牛の化け物を素手で殺したことがある。
「君、ちょっと!」
ルナの声が聞こえて来た。
まだ退路は残されている。
ズデンカは急いで戻った。
ルナを守るように大蟻喰が立ち、カミーユが迫る作業員たちを地面に押さえつけていた。
――体術もなかなかのもんだな。
ズデンカは感心した。
しかし、同時に気になったのは、作業員の口から溢れ返っていた蟻が姿を消したことだ。
「どうした?」
ルナは答えず指差した。
多くの馬を間を縫って、蟻たちは一直線にある方向へ向かっていた。
姿を現した雄の蟻とも程近いその場所に黒い大きな塊が出来上がりつつあった。
とうとう、それ自体が一つの巨大な蟻の黒光りする甲殻へと変化する。
「女王さまの到来だ」
ルナがうっとりと言う。
ズデンカはつくづくルナの趣味は悪いと思った。
女王蟻は、即座に動き出した。前脚で馬たちの頭を掴んで引き寄せ、作業員も引き寄せた。
ルナは膜《バリア》を張り、カミーユに言って、気絶した者たちをその内側まで退避させる。
「人命優先か」
ズデンカは皮肉った。
「ほんというと馬も助けたいけど……女王さまは、暴れるのが目的じゃないようだ」
ルナは微笑んだ。
「なんだ?」
「お食事だよ」
女王蟻は頭から人や馬に齧り付き、凄い勢いで噛み切っていた。
「どういうことだ?」
「子供を産むためさ」
ハッとするズデンカ。
雄の蟻がよろよろと女王蟻へ近寄っていく。
餌を食べ終えた女王は、雄を両の前脚で捉えた。
雄は抗えず、女王へ引きずられるまま、強引に背中へ乗せられる。
「交尾だよ」
ルナはあっさりと言った。
ズデンカは気恥ずかしくなった。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
愚かな父にサヨナラと《完結》
アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」
父の言葉は最後の一線を越えてしまった。
その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・
悲劇の本当の始まりはもっと昔から。
言えることはただひとつ
私の幸せに貴方はいりません
✈他社にも同時公開
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
【完結】7年待った婚約者に「年増とは結婚できない」と婚約破棄されましたが、結果的に若いツバメと縁が結ばれたので平気です
岡崎 剛柔
恋愛
「伯爵令嬢マリアンヌ・ランドルフ。今日この場にて、この僕――グルドン・シルフィードは君との婚約を破棄する。理由は君が25歳の年増になったからだ」
私は7年間も諸外国の旅行に行っていたグルドンにそう言われて婚約破棄された。
しかも貴族たちを大勢集めたパーティーの中で。
しかも私を年増呼ばわり。
はあ?
あなたが勝手に旅行に出て帰って来なかったから、私はこの年までずっと結婚できずにいたんですけど!
などと私の怒りが爆発しようだったとき、グルドンは新たな人間と婚約すると言い出した。
その新たな婚約者は何とタキシードを着た、6、7歳ぐらいの貴族子息で……。
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる