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第一部
第三十話 蟻!蟻!(10)
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突然、イザークの足元から大量の蟻が涌き上がった。
「俺も、蟻を操れるようになったのさ」
イザークは顔を歪ませたまま、サシャの方へと近付いていった。
「……」
兄の気迫に押されてサシャは二三歩後退く。
イザークに呼び出された蟻たちは、まるで機械のように軋りながら直進し、びっくりして地面に転げるサシャの身体中に纏わり付いた。
サシャが手で払おうとしても、次から次へと飛びかかってくる。
いつの間にかサシャの周りに集《つど》っていた蟻たち――おそらく、さきほどルナが出現させたものたちと同じだろう――もなすすべなく、イザークの蟻たちに潰された。
「守りたかったんだね」
ルナがぽつりと呟いた。
サシャの口の中へ蟻がどんどん入り込んでいった。
堅く口を閉ざそうとするが、蟻は何匹も何匹も続けざまに来るので、唇の間から滑り込んでしまう。
やがて、虚ろな瞳となったサシャは身体の力が全て抜けたかのように、手足をだらんとさせ、そのまま動かなくなった。
「立て」
イザークが一言大きく叫んだ。
するとサシャは夢遊病の人のように、立ち上がった。
「歩け、俺の周りを回れ!」
イザークに指示されるままにサシャは歩き出した。
そして、イザークの周りをくるりと回った。
「何もかも俺の言いなりだ! 俺はこの蟻を使って、人を操ることが出来る!」
イザークは大声を張り上げた。
それとともにその姿は霞が晴れるように消えた。
「後はわかるだろ」
ルナは三人を前にして言った。
「どういうこと?」
大蟻喰は今ひとつ判断が付かないようだ。
――こいつ、喰ってないものに関してはすげえ鈍いな。
ズデンカは内心で嘲った。
「あ、ステラは厩舎での一幕を見てなかったっけ? イザークさんはサシャさんを使って、厩舎で蟻を吐き出させた後、こうやって――」
ルナが手をまた一振りすると、イザークがシャベルを何度もサシャの顔に叩き付けている光景が現れた。
「こいつめ、こいつめ!」
怒りと憎悪に充ちた顔で、何度も、何度も。
蟻によって操られたサシャは撲られて倒れても抗いはしない。
やがて絶命するまで。
潰れた顔のまま、掘られた土の中に横たえられるサシャの顔に、何匹もの蟻が纏わっていた。
イザークが生み出した蟻ではない。絶命した後に身体の中から全て吐き出されていたのだから。
「まだ生き残っていたんだよ。だからこそ、この光景が見える訳だけど」
ルナは言った。
「ちょっと待て」
ズデンカは手を上げた。
「お前はボチェクの見た蟻を出現させた。ここまではわかる。だが、蟻たちの見たサシャとイザークも出現させた。よく考えて見りゃあ、これはちょっと変じゃねえか?」
「変じゃないよ。わたしは幻想から幻想を作り出したのさ」
ルナは笑った。
「いや、それにしたってだな! ボチェクが見た蟻は昔、サシャと戯れていたやつらだろ? その時点での蟻は出現させられても、イザークがサシャを殺すところなんか……」
ズデンカは理詰めで語った。
「見てたんだよ」
ルナは口を半月のように歪めた。
「誰が?」
ズデンカもカミーユも大蟻喰も同時に訊いた。
「ボチェクさんがさ」
そう言ってさっとルナの手が振られると、シャベル片手に顔に蟻が集った息子を埋めているボチェクの姿が浮かんだ。
「なぜだ? なぜイザークがサシャを殺すとこを何もせずに」
「イザークさんが蟻で操ったのでは?」
カミーユは意外に冷静だった。
「そうじゃないさ。なら、あんな表情はしていない」
ルナが指差したボチェクの顔には、だらだらと滝のように涙が吹きこぼれていた。
もう片方の手で握ったハンカチで、何度も拭きながら。
「俺も、蟻を操れるようになったのさ」
イザークは顔を歪ませたまま、サシャの方へと近付いていった。
「……」
兄の気迫に押されてサシャは二三歩後退く。
イザークに呼び出された蟻たちは、まるで機械のように軋りながら直進し、びっくりして地面に転げるサシャの身体中に纏わり付いた。
サシャが手で払おうとしても、次から次へと飛びかかってくる。
いつの間にかサシャの周りに集《つど》っていた蟻たち――おそらく、さきほどルナが出現させたものたちと同じだろう――もなすすべなく、イザークの蟻たちに潰された。
「守りたかったんだね」
ルナがぽつりと呟いた。
サシャの口の中へ蟻がどんどん入り込んでいった。
堅く口を閉ざそうとするが、蟻は何匹も何匹も続けざまに来るので、唇の間から滑り込んでしまう。
やがて、虚ろな瞳となったサシャは身体の力が全て抜けたかのように、手足をだらんとさせ、そのまま動かなくなった。
「立て」
イザークが一言大きく叫んだ。
するとサシャは夢遊病の人のように、立ち上がった。
「歩け、俺の周りを回れ!」
イザークに指示されるままにサシャは歩き出した。
そして、イザークの周りをくるりと回った。
「何もかも俺の言いなりだ! 俺はこの蟻を使って、人を操ることが出来る!」
イザークは大声を張り上げた。
それとともにその姿は霞が晴れるように消えた。
「後はわかるだろ」
ルナは三人を前にして言った。
「どういうこと?」
大蟻喰は今ひとつ判断が付かないようだ。
――こいつ、喰ってないものに関してはすげえ鈍いな。
ズデンカは内心で嘲った。
「あ、ステラは厩舎での一幕を見てなかったっけ? イザークさんはサシャさんを使って、厩舎で蟻を吐き出させた後、こうやって――」
ルナが手をまた一振りすると、イザークがシャベルを何度もサシャの顔に叩き付けている光景が現れた。
「こいつめ、こいつめ!」
怒りと憎悪に充ちた顔で、何度も、何度も。
蟻によって操られたサシャは撲られて倒れても抗いはしない。
やがて絶命するまで。
潰れた顔のまま、掘られた土の中に横たえられるサシャの顔に、何匹もの蟻が纏わっていた。
イザークが生み出した蟻ではない。絶命した後に身体の中から全て吐き出されていたのだから。
「まだ生き残っていたんだよ。だからこそ、この光景が見える訳だけど」
ルナは言った。
「ちょっと待て」
ズデンカは手を上げた。
「お前はボチェクの見た蟻を出現させた。ここまではわかる。だが、蟻たちの見たサシャとイザークも出現させた。よく考えて見りゃあ、これはちょっと変じゃねえか?」
「変じゃないよ。わたしは幻想から幻想を作り出したのさ」
ルナは笑った。
「いや、それにしたってだな! ボチェクが見た蟻は昔、サシャと戯れていたやつらだろ? その時点での蟻は出現させられても、イザークがサシャを殺すところなんか……」
ズデンカは理詰めで語った。
「見てたんだよ」
ルナは口を半月のように歪めた。
「誰が?」
ズデンカもカミーユも大蟻喰も同時に訊いた。
「ボチェクさんがさ」
そう言ってさっとルナの手が振られると、シャベル片手に顔に蟻が集った息子を埋めているボチェクの姿が浮かんだ。
「なぜだ? なぜイザークがサシャを殺すとこを何もせずに」
「イザークさんが蟻で操ったのでは?」
カミーユは意外に冷静だった。
「そうじゃないさ。なら、あんな表情はしていない」
ルナが指差したボチェクの顔には、だらだらと滝のように涙が吹きこぼれていた。
もう片方の手で握ったハンカチで、何度も拭きながら。
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