上 下
292 / 526
第一部

第二十八話 遠い女(4)

しおりを挟む
「あなたの命は大事だ、とわたしも思います。他に皆の命と同じように。でも、不測の事態は必ず起こってしまうものですからね。戻られるなら、今のうちです」

  ルナは煙を吹かした。

「いえ、ペルッツさま……私はどうなっても……」

 同じ意味のことをカミーユは繰り返す。

「つまり、最期の瞬間になってわたしを怨まれても、なんとも対処は出来兼ねるってことですよ」

 ルナの言い方はいかにも良くないとズデンカは思った。傷付けない方法もあったはずだ。

 事実、これはルナに掛かってくる責任を全て遮断することばなのだ。

 努力はしますが、死んだ場合は責任取れませんよと言っているのに均しいのだから。

  ルナの毒を浴びたカミーユは黙り込んで俯いてしまっていた。

――さっきまであんなに仲よさそうに話していたのに。ルナも酷いやつだ。

 ズデンカは憤った。だが、同時にルナの言っていることはとても正しいと思った。

 スワスティカ関連だけでなく、ルナの旅路には死が充ち満ちている。

――今まであたしらと関わって不幸になった人間は一杯いる。

「綺譚《おはなし》」を集めたいのだ、とルナはいつも言う。

 だが、その過程にはいつも死が忍び込んでくる。

 まるで当たり前にそこにあるかのように。

 ルナ自身が死神なのだ、と呼んでも差し支えないかも知れない。

 カミーユが、いや、死神であるルナ本人すらも、いつそれに絡め取られないとも限らないのだ。

――こいつをサーカスに帰すなら、確かに今がいい。

 ズデンカは同意の意味で沈黙を保った。

 だが、違う考えも浮かんできた。

 ルナ自身、ズデンカと同じようにカミーユを連れてきたことに罪悪感を覚えているのかも知れない。

 実際ルナはカミーユと眼を合わせておらず、少し横の、遠くを見詰めていた。

――きっと、恐れがあるんだろう。

「私は、私は」

 唇をプルプルと震わせながら、カミーユはやっと言葉を漏らした。

 だが、やがて息を飲み、

「恐がって、なんかいません!」

 ズデンカが少し身を引くほど大声で怒鳴った。

 それを訊いて、ルナは涼しく笑った。

「良かった。わたしも、あなたが恐がってるなんて思ってませんよ。よろしく」

 と手を差し出した。手袋を脱いで。

 カミーユはまだ震えながら、その手を握った。

 「さあ、君からも何か言ってあげな」

  ルナはズデンカの肩へ腕を回し、引き寄せながら言った。

 「あたしからはルナと同じようなことしか言えねえよ。だが傍にいる限り、あたしが全力で守ってやる」

「は、はい……」

 カミーユはまだ緊張していた。

「おい、ルナ。あんまりいじめんな。恐がらせても仕方ねえだろ」

 ズデンカは嗜めた。

「まあ、わたしだって君に守って貰ってるからね。その意味ではカミーユさんと何も変わりないさ」

  ルナは美味しそうに煙を味わっていた。

 会話に気が取られて注意はしなかったが、外はまだまだ騒がしかった。担架を持った医療兵たちが走り回っている。

 戻ってくる担架の中には生々しい傷を追った者たちの姿も見えた。

――アデーレが救護の指揮を取っているのだろうか。

 軍医総監という特別な地位にいる以上、何もせずにいる訳にもいかないだろう。
 当分戻ってこないのは大助かりだとズデンカは思った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

【完結】7年待った婚約者に「年増とは結婚できない」と婚約破棄されましたが、結果的に若いツバメと縁が結ばれたので平気です

岡崎 剛柔
恋愛
「伯爵令嬢マリアンヌ・ランドルフ。今日この場にて、この僕――グルドン・シルフィードは君との婚約を破棄する。理由は君が25歳の年増になったからだ」  私は7年間も諸外国の旅行に行っていたグルドンにそう言われて婚約破棄された。  しかも貴族たちを大勢集めたパーティーの中で。  しかも私を年増呼ばわり。  はあ?  あなたが勝手に旅行に出て帰って来なかったから、私はこの年までずっと結婚できずにいたんですけど!  などと私の怒りが爆発しようだったとき、グルドンは新たな人間と婚約すると言い出した。  その新たな婚約者は何とタキシードを着た、6、7歳ぐらいの貴族子息で……。

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

処理中です...