上 下
289 / 526
第一部

第二十八話 遠い女(1)

しおりを挟む
中立国ラミュ北部――


「ルナがリヒャルト・フォン・リヒテンシュタットの殺害に関わった、という話についてどう思う?」

 オルランド公国軍医総監アデーレ・シュニッツラーは訊いた。

 ルナ――綺譚収集者《アンソロジスト》ルナ・ペルッツと従者兼メイド兼馭者吸血鬼ヴルダラクズデンカはオルランド隣国ヒルデガルト共和国の都市ホフマンスタールで、劇作家として国際的に評価の高かったリヒャルト・フォン・リヒテンシュタットをとある理由により殺害したことがある。

――まさか、今さらになって問題になるとは。

 もう何ヶ月も前のことなのでズデンカもとりわけ気にしていなかったが、今目の前でその話を訊くと面倒なことになったと言う思いを禁じ得なかった。

 襲撃にあって、急停止した行軍の途中、二人だけの話がしたいとアデーレから呼び出されたのだ。

「だとしたら、どうだ」

 ズデンカは腕を組み、アデーレを睨んだ。

 「リヒテンシュタット殺害事件は今でもまだルナとの関わりが取り沙汰されている。ヒルデガルトは我が国とは友好国だ。刑事犯の引き渡しには応じなければいけない、わかるな」

 アデーレはあからさまに不安そうだった。

 ――そりゃ、確かにそうだろう。

 アデーレはルナが好きだ。引き渡しなど、したくないに決まっている。

 だが、同時に彼女は軍人でもある。身分は高いが、上には上がいる。命令は絶対だ。

 懇願をするように、アデーレはズデンカを見詰めていた。

 ――あたしの答え次第か。

 ズデンカは一瞬迷った。

 もちろん自分としてもルナを守りたい。なら、嘘を吐く以外に選択肢はない。

 しかし、ルナを乗せた馬車が急に止まって動きを見せない現在。オルランド軍と行動を共にし続けるのもどうかと思えてきた。

――隣国ネルダの境まで送ってくれると言う話だったから付いていくことにしたが、延々と付き合わされるのは真っ平御免だ。

「どうなんだ」

 アデーレは急かした。

 好奇心旺盛なルナのことだ。いつやってくるかわからない。

「関係ねえよ」

 ズデンカは言い切った。

――面倒ごとにはならねえ方がいい。

 「そうか」

 アデーレは安心したようだった。実際は合理的に納得した訳ではなく、少なくとも自分には責任はないと言質を取りたかったのだとズデンカには感じられた。

「さっさと戻るぞ、メイド」 

 アデーレは歩き出した。ズデンカも異論はなかったので従った。

 もう春のはずだが、このあたりはとても寒い。いや、ズデンカにはわからないのだが、前を歩くアデーレが両肩を震わせているのに気付いて何となく察したのだ。

――後ろから襲ったら殺せるな。

 不謹慎かも知れないがそんなことを思った。だが、殺す理由もないし、ルナが馬車の中にいる。

 もちろん殺して何食わぬ顔をして、戻って逃がせば良いだけの話だが、ルナはアデーレが好きかも知れない。利用しているだけかもしれないが。

 そんなことを考えてしまうほど、ズデンカはアデーレが嫌いだった。

 嫌いの理由はなかなかわからない。好きがわからないのと同じく。

 気付いたら嫌いになっているようなものだ。

 さて、馬車に戻ってみるとルナはちゃんと馬車の中にいた。

 どうやら、旅に同行することになったナイフ投げカミーユ・ボレルと話が盛り上がっているらしく、キャッキャと色めきだっている。

 ズデンカはそのさまを車窓から覗き、少し悔しい思いがした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

【完結】7年待った婚約者に「年増とは結婚できない」と婚約破棄されましたが、結果的に若いツバメと縁が結ばれたので平気です

岡崎 剛柔
恋愛
「伯爵令嬢マリアンヌ・ランドルフ。今日この場にて、この僕――グルドン・シルフィードは君との婚約を破棄する。理由は君が25歳の年増になったからだ」  私は7年間も諸外国の旅行に行っていたグルドンにそう言われて婚約破棄された。  しかも貴族たちを大勢集めたパーティーの中で。  しかも私を年増呼ばわり。  はあ?  あなたが勝手に旅行に出て帰って来なかったから、私はこの年までずっと結婚できずにいたんですけど!  などと私の怒りが爆発しようだったとき、グルドンは新たな人間と婚約すると言い出した。  その新たな婚約者は何とタキシードを着た、6、7歳ぐらいの貴族子息で……。

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

処理中です...