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第一部
第二十五話 隊商(12)
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盃がアズィームの手から滑り落ちました。小生が恐る恐る見ると胸を押さえ、苦悶の表情を浮かべていました。
「貴様! 計ったな!」
逐一小生に理解できるように話してくれる通訳の言葉は震えておりました。
「ご冗談を仰っては困ります。月の雫を飲んで、不老不死になれるなど、こちらは一度も言っておりません。あなたのご所望のものを提供しただけ、という次第でして」
老人は慇懃に、しかし冷たく薄ら笑みながら、一礼しました。
アズィームは砂の上に崩れ落ち、もがき苦しみ始めます。
「月の雫など、飲むものではない。もし、そんなことをしようとする人間がいたとして」
嘲笑するように老人はアズィームの顔を見下しました。
「死ぬだけだ」
アズィームの顔はどす黒く染まり、喉を激しく掻き毟り、舌を突き出して死んでいました。
「アズィームさま!」
異変を察した家来たちが駱駝に乗ったまま砂煙を上げて驀進してきました。
老人の姿を見付けると、
「曲者!」
大声を放ってシャムシールを抜き放ちました。
老人は己の刃も鞘から抜かず、ただ両手を空に向かって差し向けました。
一陣の風が巻き起こり、家来たちの上を吹き流れました。
たちまち。
駱駝に乗った家来たちの頭がぽとり、ぽとりと砂の上に落ちていきます。
かわいそうに、通訳の頭も胴から離れていました。
次々と赤い血の花が咲くことに、最早何の精神の動揺を感じていない己がいました。
「死んだのですね」
酷く冷静に、その言葉を吐いていました。
短剣から血が手首まで伝わって、こぼれていることに気付きながら。
「そうだ」
老人は答えました。
「幻を出現させたのですね。あなたにはそれだけの力がある」
初めて、コレットと話していたことを老人に伝えました。
「そうだ」
「俺をどうするのですか」
「どうもしない。仲間の元に戻れ。それで終いだ」
「はい」
言葉にしてみれば妙な受け答えですが、小生は何も考えずに動いていました。
もはや、自分にとって大事なものは手の中から落ちてしまったように感じてしまいました。
さほど覚えたあの亢奮も、過ぎ去ってしまえば虚しく思えました。
そしてその虚しさを小生は今も持っています。
年々、コレットを殺したことより、そのことを心良いと思ったことが繰り返され、罪の意識を覚えます。
人の命を奪った、この記憶は、深く心の奥に埋めておくつもりでした。
砂の下に葬った、コレットを含む多くの遺骸と同じように。
でも、ペルッツさまの透き通った瞳に見詰められると、隠しておくことは出来ませんね。
それから後ですか、何もありませんよ。サーカス団の仲間と合流して、帰りました。皆は小生がやったことは知りませんでしたし、コレットとは砂漠で離ればなれになったと説明しました。
小生はいつしかサーカスを止め、商売を営むようになりました。ですが、サーカスへの拘りは捨てきれず、稼いだ金で今のサーカス団を新しく作り、また旅をするようになったのです。
「ブラヴォ! ブラヴォ!」
ルナは拍手した。
さっきまでの禁断症状もどこへやら、力強く元気の良い拍手だった。
「よくぞ心の傷を晒してくださいました。これほど満足いく綺譚《おはなし》と出会えたのは久しぶりです。渇を癒やすとはまさにこのことですね」
ズデンカが覗くと、手帳にはたくさんの文字が書き連ねられていた。
「お気に召されれば、これほど嬉しいことはありません」
バルトルシャイティスはお辞儀をした。
「座長、そんなこと、いままで言ってくださらなかったではありませんか!」
カミーユは顔を青ざめさせていた。
「カミーユ、お前には聞いていて貰いたかったんだ」
バルトルシャイティスは言った。
「さてさて! あなたのお願いをぜひ叶えて差し上げたい! わたしに可能なことならば、ですが」
ルナはほくほくしながら言った。
「貴様! 計ったな!」
逐一小生に理解できるように話してくれる通訳の言葉は震えておりました。
「ご冗談を仰っては困ります。月の雫を飲んで、不老不死になれるなど、こちらは一度も言っておりません。あなたのご所望のものを提供しただけ、という次第でして」
老人は慇懃に、しかし冷たく薄ら笑みながら、一礼しました。
アズィームは砂の上に崩れ落ち、もがき苦しみ始めます。
「月の雫など、飲むものではない。もし、そんなことをしようとする人間がいたとして」
嘲笑するように老人はアズィームの顔を見下しました。
「死ぬだけだ」
アズィームの顔はどす黒く染まり、喉を激しく掻き毟り、舌を突き出して死んでいました。
「アズィームさま!」
異変を察した家来たちが駱駝に乗ったまま砂煙を上げて驀進してきました。
老人の姿を見付けると、
「曲者!」
大声を放ってシャムシールを抜き放ちました。
老人は己の刃も鞘から抜かず、ただ両手を空に向かって差し向けました。
一陣の風が巻き起こり、家来たちの上を吹き流れました。
たちまち。
駱駝に乗った家来たちの頭がぽとり、ぽとりと砂の上に落ちていきます。
かわいそうに、通訳の頭も胴から離れていました。
次々と赤い血の花が咲くことに、最早何の精神の動揺を感じていない己がいました。
「死んだのですね」
酷く冷静に、その言葉を吐いていました。
短剣から血が手首まで伝わって、こぼれていることに気付きながら。
「そうだ」
老人は答えました。
「幻を出現させたのですね。あなたにはそれだけの力がある」
初めて、コレットと話していたことを老人に伝えました。
「そうだ」
「俺をどうするのですか」
「どうもしない。仲間の元に戻れ。それで終いだ」
「はい」
言葉にしてみれば妙な受け答えですが、小生は何も考えずに動いていました。
もはや、自分にとって大事なものは手の中から落ちてしまったように感じてしまいました。
さほど覚えたあの亢奮も、過ぎ去ってしまえば虚しく思えました。
そしてその虚しさを小生は今も持っています。
年々、コレットを殺したことより、そのことを心良いと思ったことが繰り返され、罪の意識を覚えます。
人の命を奪った、この記憶は、深く心の奥に埋めておくつもりでした。
砂の下に葬った、コレットを含む多くの遺骸と同じように。
でも、ペルッツさまの透き通った瞳に見詰められると、隠しておくことは出来ませんね。
それから後ですか、何もありませんよ。サーカス団の仲間と合流して、帰りました。皆は小生がやったことは知りませんでしたし、コレットとは砂漠で離ればなれになったと説明しました。
小生はいつしかサーカスを止め、商売を営むようになりました。ですが、サーカスへの拘りは捨てきれず、稼いだ金で今のサーカス団を新しく作り、また旅をするようになったのです。
「ブラヴォ! ブラヴォ!」
ルナは拍手した。
さっきまでの禁断症状もどこへやら、力強く元気の良い拍手だった。
「よくぞ心の傷を晒してくださいました。これほど満足いく綺譚《おはなし》と出会えたのは久しぶりです。渇を癒やすとはまさにこのことですね」
ズデンカが覗くと、手帳にはたくさんの文字が書き連ねられていた。
「お気に召されれば、これほど嬉しいことはありません」
バルトルシャイティスはお辞儀をした。
「座長、そんなこと、いままで言ってくださらなかったではありませんか!」
カミーユは顔を青ざめさせていた。
「カミーユ、お前には聞いていて貰いたかったんだ」
バルトルシャイティスは言った。
「さてさて! あなたのお願いをぜひ叶えて差し上げたい! わたしに可能なことならば、ですが」
ルナはほくほくしながら言った。
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