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第一部

第二十四話 氷の海のガレオン(5)

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 誰かの頭の中にあるイメージ――それを幻想と呼んでいる――を現実に出現させることが出来るのだ。

 かつてフランツも少しだけ見せて貰ったことがあった。

 それは二人が出会ったときのことだった。連合軍によってムルナウ収容所から解放されて、元々両親と暮らしていた首都ミュノーナに戻って一年も経っていなかった。

 建国されたばかりのシエラレオーネ政府から犠牲者の孤児に送られる年金を貰い、ホテルで暮らし始めたばかりだった。

 ルナの方から突然尋ねてきたのだ。

 なぜ自分などのところに来たのかまるで訳がわからなかった。

「君、何か欲しいものある?」

 ルナはフランツに訊いた。

 幼い頃に会った大人は、はるかに年長のように思ってしまうものだが、二人はそれほど離れていなかった。

 フランツは答えず、頑なに頭を振る。

 人と話したくなかったのだ。

 まだ収容所で同胞たちが死んでいくのを目にした衝撃が抜けていなかったし、連合軍やシエラレオーネ政府の連中と多くやりとりをしなければならなくなって、鬱陶しい思いをしていた。

「……」

「よし。じゃあこれを頼るか」

 と言ってルナはパイプを取り出した。

 ライターで火を点けると、ただちに煙があがる。

 子供にそんなものを向けるなんて失礼な奴だとフランツは思った。

 と、目の前に父親と母親の姿が現れたのだ。父は既に収容所で死んでいて、母はそれより先に死んでいた。

「父さん! 母さん! ずっと会いたかったよ」

 まだ幼かったフランツは疑うこともなく二人に駆け寄り、抱き付いていた。

「フランツ、生きていてくれて嬉しい」

 フランツの頭を撫でながら、父は言った。

 思わずフランツは涙を流していた。

「再会は祝えたかい?」

 幻はすぐに掻き消え、煙を吐くルナ・ペルッツの姿だけが残った。

「何をした!」

 フランツはルナに向き合って睨み付けた。

「君の頭の中にある幻想を見せたのさ」

 ルナはフランツの頭を指差した。

「君は会いたい人の姿を見た。それだけだよ」

「もっと長く会わせてくれ!」

 フランツは思っていることを素直に口にした。

「ダメ。君がわたしの綺譚《おはなし》をしてくれるのなら、話は別だけど」

 ルナは微笑んだ。

「おはなし?」

 フランツは訳がわからなかった。

 ルナはその肩を掴み、視線を合わせた。

「君がわたしが聞いたことのない話をしてくれれば、願いを叶えてあげるよ」
 
 

「フランツさん」

 オドラデクに声を掛けられ、フランツは顔を上げた。

 考え込んでしまっていたらしい。

――ルナに関することはしばらく遠ざけておくつもりだったのに。

 それでも足だけは勝手に氷の上を進んでいた。 

 寒さには鈍感になっていたのは幸いかも知れない。

「もう大分進みましたね」

 オドラデクは指差した。

 ガレオンの姿がだんだんと見えてきた。

 遠くから眺めただけではよくわからなかったが木造で、二人が乗っていた蒸気船よりも一・五倍ほどは大きかった。

 マストは三本あり、オドラデクが言った通り、ロープや縄梯子が結び付けられている。

 二人はさらに足を速め、ガレオンに近寄った。砕けることなく広がっていた氷に一部分だけ穴が開き、そこに浮かんでいるかたちのようだった。

「どうやってよじ登りますかね」

 右舷へと近付きながらオドラデクは言った。

「お前なら出来るだろ」

「まあ、できますけどね」

 オドラデクは自信満々に胸を張った。

「やれ」

 フランツは有無を言わさなかった。
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