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第一部
第二十二話 ピストルの使い方(4)
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「えー、なんで!」
ルナはふて腐れた。
「本調子じゃないからだ。ちょっと動けばまた悪くなるぞ」
ズデンカは厳しく言った。
「君はわたしのお母さんか」
ルナは相変わらずの決まり文句を披露した。
「まあいい。寝とけ! 寝とけ!」
ズデンカはドシンドシンとルナを押していき、ベッドへ叩き付けた。
「どひー!」
とルナは引っ繰りかえった。
「さて、お前らが作れよ。わかったな」
そこへ、
「よう、都合良く兎が見つかったぜ!」
とギイが意気揚々と入ってきた。
耳ごと掴まれた兎が哀れな眼をして、絞首人のようにギイの腕から垂れ下がっている。
「見事に仕留めてくるとは! 大した腕前ですね!」
ルナはベッドからパチパチと手を叩いて見せた。
「おう、そうか! そうか!」
ギイはニヤリと笑った。
――なるほど、こう言うやつの操縦法はルナのお手の物だな。
ズデンカは感心した。
ズデンカはかなり苦労して兎の皮を引き剥がした。
山小屋の台所が血まみれになった。まな板に載せて解体したのだ。
横でジュスティーヌがブルブル震えている。
幸い、と言って良いのかわからないが、ズデンカは兎の血に魅力を感じない。それでもあまりに飢えた時は、仕方なく啜ることもあるが不快な気分になる。
やはり良くも悪くも人の血なのだ。
「血を見るのは苦手だろ。顔を背けててもいいぜ。何なら、ここから出ていっても」
ズデンカはジュスティーヌに気を遣った。
「いえ、私も出来ることはやりたいです!」
ジュスティーヌは息巻いた。
「料理はやったことあるのか?」
雑巾でまな板を拭きながら、ズデンカは訊いた。
「い、いえ……お手伝いぐらいで。両親に作って貰っていて」
冷や汗を拭いてジュスティーヌが語った。
「自分で作って見るのもいい。どれぐらい下手かわかるからだ」
「下手なのに……ですか」
ジュスティーヌは怪訝そうだった。
「自分の力量を知るってのは重要なことだぜ」
と言いながらズデンカは包丁で勢いよく兎の頭を切断した。
「力量……」
「包丁をこうやって入れれば半分切れるとか、そう言う使い方は実地でやっていかないとわからん」
と言って、刃先をまな板の上で軽やかに回せ、兎の骨を取り除いていくズデンカ。
「なるほど、言われてみれば確かに。私も大学で色々勉強しても、机の上で学んだだけで何に活用したらいいか、まだ全然で……」
ジュスティーヌはしばらく放置されて萎びたジャガイモの皮を剥いていた。
「何をやってるんだ?」
「考古学です」
「ああ、なら現地でいろいろ見た方が良い分野だな……良くは知らんけどよ」
ズデンカは五十年ぐらい前、とある遺跡で、古い甕《アンフォラ》の発掘現場に行き合ったことがあって、ついつい長居してしまったことを思い返していた。
物思いは続けながら、骨を完全に兎から引き剥がすことに成功した。
「そうですね。これまでヘルキュールを出たことのない人生でしたから、旅を色々しなきゃなって思ってます!」
「まあトゥールーズ国内でも色んな遺跡は残ってるから、手近なところから探してみりゃいいだろうな」
「はい!」
ジュスティーヌは顔を輝かせた。
――やっぱり若い娘が喜ぶのは良いもんだな……ちょっとおっさんぽいか?
だが、それと同時に不安になった。
――あのギイとかいう奴。どうも焦臭《きなくさ》い。
折角輝いたジュスティーヌの顔がまた曇ってはならないと思った。
――世の中には辛いことが多すぎるから。
ズデンカは兎を小間切れに切断し、胡椒をまぶすと、鍋の中へと放り込んだ。
ルナはふて腐れた。
「本調子じゃないからだ。ちょっと動けばまた悪くなるぞ」
ズデンカは厳しく言った。
「君はわたしのお母さんか」
ルナは相変わらずの決まり文句を披露した。
「まあいい。寝とけ! 寝とけ!」
ズデンカはドシンドシンとルナを押していき、ベッドへ叩き付けた。
「どひー!」
とルナは引っ繰りかえった。
「さて、お前らが作れよ。わかったな」
そこへ、
「よう、都合良く兎が見つかったぜ!」
とギイが意気揚々と入ってきた。
耳ごと掴まれた兎が哀れな眼をして、絞首人のようにギイの腕から垂れ下がっている。
「見事に仕留めてくるとは! 大した腕前ですね!」
ルナはベッドからパチパチと手を叩いて見せた。
「おう、そうか! そうか!」
ギイはニヤリと笑った。
――なるほど、こう言うやつの操縦法はルナのお手の物だな。
ズデンカは感心した。
ズデンカはかなり苦労して兎の皮を引き剥がした。
山小屋の台所が血まみれになった。まな板に載せて解体したのだ。
横でジュスティーヌがブルブル震えている。
幸い、と言って良いのかわからないが、ズデンカは兎の血に魅力を感じない。それでもあまりに飢えた時は、仕方なく啜ることもあるが不快な気分になる。
やはり良くも悪くも人の血なのだ。
「血を見るのは苦手だろ。顔を背けててもいいぜ。何なら、ここから出ていっても」
ズデンカはジュスティーヌに気を遣った。
「いえ、私も出来ることはやりたいです!」
ジュスティーヌは息巻いた。
「料理はやったことあるのか?」
雑巾でまな板を拭きながら、ズデンカは訊いた。
「い、いえ……お手伝いぐらいで。両親に作って貰っていて」
冷や汗を拭いてジュスティーヌが語った。
「自分で作って見るのもいい。どれぐらい下手かわかるからだ」
「下手なのに……ですか」
ジュスティーヌは怪訝そうだった。
「自分の力量を知るってのは重要なことだぜ」
と言いながらズデンカは包丁で勢いよく兎の頭を切断した。
「力量……」
「包丁をこうやって入れれば半分切れるとか、そう言う使い方は実地でやっていかないとわからん」
と言って、刃先をまな板の上で軽やかに回せ、兎の骨を取り除いていくズデンカ。
「なるほど、言われてみれば確かに。私も大学で色々勉強しても、机の上で学んだだけで何に活用したらいいか、まだ全然で……」
ジュスティーヌはしばらく放置されて萎びたジャガイモの皮を剥いていた。
「何をやってるんだ?」
「考古学です」
「ああ、なら現地でいろいろ見た方が良い分野だな……良くは知らんけどよ」
ズデンカは五十年ぐらい前、とある遺跡で、古い甕《アンフォラ》の発掘現場に行き合ったことがあって、ついつい長居してしまったことを思い返していた。
物思いは続けながら、骨を完全に兎から引き剥がすことに成功した。
「そうですね。これまでヘルキュールを出たことのない人生でしたから、旅を色々しなきゃなって思ってます!」
「まあトゥールーズ国内でも色んな遺跡は残ってるから、手近なところから探してみりゃいいだろうな」
「はい!」
ジュスティーヌは顔を輝かせた。
――やっぱり若い娘が喜ぶのは良いもんだな……ちょっとおっさんぽいか?
だが、それと同時に不安になった。
――あのギイとかいう奴。どうも焦臭《きなくさ》い。
折角輝いたジュスティーヌの顔がまた曇ってはならないと思った。
――世の中には辛いことが多すぎるから。
ズデンカは兎を小間切れに切断し、胡椒をまぶすと、鍋の中へと放り込んだ。
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