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第一部

第二十二話 ピストルの使い方(1)

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――中立国ラミュ南部

「やっと抜け出られたぜ」

 メイド兼従者兼馭者の吸血鬼《ヴルダラク》ズデンカは一息吐いた。

 二ヶ月近くのゆったりした旅の末、馬車はランドルフィ半島を突き抜け、永世中立国を称するラミュに入った。

 山岳の多い地方で、空気は清々しい。ズデンカは別に呼吸をしなくてもやっていけるのだが、それでも気分が良くなった。

 急勾配続きで、自然と馬車の動きも緩慢になる。長旅もあって馬たちもすっかり疲れ切っていた。

「なんか息苦しいね」

 綺譚収集者《アンソロジスト》ルナ・ペルッツが幌の中で呟いた。

「おい、大丈夫か」

 ズデンカは心配になって振り返った。

「うん、大丈夫、なつもり」

 ルナは自信なさげだった。ぜいぜい息をしている。

「見るからに苦しそうだぞ」

 ルナは案外体調を悪くしやすい。ズデンカも長く旅してきていて良く知っていた。これまでも何度か途中でしんどくなったことがある。

――悪いときは素直に言ってくれるから助かるが。

 長年の経験で元気がなくても決して言わない人間がたまにいることを知っていた。闘病していようと、周囲には告げずに死んでいく。

――苦しいときはそう告げてくれた方が見ている側はどれだけ楽か。

「ずっと昔、喘息だったことがあるんだよ。その名残かな。収容所に入れられるより、もっと前のことだけどね」

 ルナはケホケホと咳をした。

「そういうことは先に伝えておけ。準備のしようもあるだろうが」

 ズデンカは咎めるように言った。

「うん」

 ルナは言葉少なだ。

――高原病って奴か。

 標高の高い地域では、吐き気がしたり目眩がしたり息がし辛くなったりすることがあるらしい。喘息の経験を持つルナの肺には負担なのかも知れなかった。

 脳と同じように肺のないズデンカにはよくわからないことだった。

 狼狽えてしまう。

 自分の痛みを知ることができないと、相手の痛みもまた理解できない。

「馬車を停めるか?」

「いいよ」

「だが」

  ズデンカはあたりを見回した。

 他に馬車の姿は見られない。手助けして貰うのも無理そうだ。

 もう半ば山と言って良いほどの高さまで差し掛かりつつあった。

――クソッ。もう少し登れば山小屋も見つかるんだが。

 一向に頂上につく様子が見えない。

――あたし独りだけでも登るか? いや、ルナを置いていけない。

 葛藤した。

 「大丈夫だよ」

 ルナは繰り返す。 

 車輪の音がカラカラと響く。

 ズデンカはルナの息遣いだけが気になった。

 そうして三十分ばかりも進んだだろうか。

 ふと、先の方に小さく家が見えてきた。
 
――山小屋だ! 

 ズデンカは歓喜した。

 より馬車を近づけて観察してみると、丸太を組んで作った掘っ立て小屋だった。

――ないよりはましだ。

「横になれよ」

 ルナの方に声を掛けたが返事はない。ただぜいぜいと息が聞こえてくるだけだ。

 馬車を停めて素早く降りる。

 入り口へ近付いたが、扉を開けようとして、ふとズデンカは身を強張らせた。

 どうやら中に先客がいるようで。

 賑やかな話し声が聞こえる。

――山賊だと厄介だな。

 何人いようがズデンカの敵ではないが、体調不良のルナがいるのだ。派手な立ち回りはあまりしたくない。

 だが、躊躇してもいられない。

 ズデンカは扉を勢いよく開けた。
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