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第一部
第二十一話 永代保有(4)
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「訊いてみたい」
フランツは強く言った。
「じゃあ、服が乾くまで待って」
メルセデスは呆れながら答えた。
一時間ぐらいメルセデスと会話を続けて、残らず乾くのを待った。
外から道路を続けざまに打つ雨滴の音が聞こえる。
――まだ止まないのか。
フランツはうんざりした。
メルセデスはこの街で生まれ育って大きくなったと言う。
「外に出てみたりしないのか?」
フランツは訊いてみた。若干意地悪さを籠めて。
「仕入れの関係で何度か旅したぐらいだよ。ブニュエルの方とかに。でもお祖父ちゃんも病気だし、長くは居れなかったね」
サバサバとメルセデスは答えた。
「こんな辺鄙な街にいたら行き遅れるぞ」
薄ら笑みを浮かべながらフランツは言った。
「付き合って人いたけどね、でも結婚は止めにした」
メルセデスはにやりとした。
フランツは一瞬虚を突かれながら、
「なぜだ? 楽に暮らせるだろ」
「この店を畳めって言われたからね。爺ちゃんいるし、あたしにとっての一番の財産を捨てるわけにはいかないよ」
「馬鹿なことを」
「馬鹿じゃないよ。あたしの譲れないところだ」
大きな声でメルセデスは笑った。
「はぁ……」
フランツは頭を掻いた。
「フランツは今後のこと何か決めてるの?」
「旅を続ける……」
「何の目的で?」
メルセデスは知りたそうだった。
「それは言えない」
フランツは冷たく言った。
「何だよフランツ。こっちには喋らせてといてさ」
――すっかり友達扱いか。
フランツは居心地が悪く感じた。
「話したらお前はきっと後悔するぞ」
普段ならずっと黙り通しておくものだが、ついついフランツは喋ってしまった。
だが、こればかりは明かすことが出来ない。
「何それ。ますます気になる」
「最悪死ぬかもわからんぞ」
「あたしはいつ死ぬ覚悟も出来てるよ。さあ、教えなって」
「祖父さんがいるだろ、お前には」
「あ」
今度はメルセデスが虚を突かれたように口を押さえた。
「……ホントにやばいんだ」
ややあって声を落として訊いてきた。
「ああ」
「じゃあ、今回はなしってことで」
「賢明な判断だな」
フランツは指を合わせ、その上に顎を置いた。
「……もう乾いたかな?」
話題を変えるかのようにメルセデスは立ち上がり、吊られた背広を触ってみた。
「うん、十分だね」
メルセデスはフランツを立たせて襯衣と背広を着せた。
フランツはもうすっかりストーヴにあたりすぎて身体のあちこちが痒くなってきたところだったので、素直に従った。
思えばフランツは人からこう言う風に着せてもらったことがない。旅先でもオドラデクは勝手気ままだったし、服の縒れなどは自分が整えてやる方だった。
幼い頃から母親がおらず、何でも独りでこなしてきたからだろうか。
背広を羽織ると、メルセデスに向かって言った。
「さあ、案内して貰おうか」
「はいはい」
うんざりして立ち上がった。
メルセデスの後ろに従って歩いていく。店は余り狭くない。幾つかの小さな部屋に通じる暗い廊下があるだけだ。
一番奥の部屋の扉の前までいくと、か細い咳込む声が聞こえて来た。
老人のものだ。
「爺ちゃん、会いたい人がいるって」
メルセデスが小さく言った。
返事はなかった。
「入るね?」
メルセデスは心配そうに言って扉を開けた。
七十はいっているだろう老人がベッドで身を縮こまらせながら横たわっていた。
フランツは強く言った。
「じゃあ、服が乾くまで待って」
メルセデスは呆れながら答えた。
一時間ぐらいメルセデスと会話を続けて、残らず乾くのを待った。
外から道路を続けざまに打つ雨滴の音が聞こえる。
――まだ止まないのか。
フランツはうんざりした。
メルセデスはこの街で生まれ育って大きくなったと言う。
「外に出てみたりしないのか?」
フランツは訊いてみた。若干意地悪さを籠めて。
「仕入れの関係で何度か旅したぐらいだよ。ブニュエルの方とかに。でもお祖父ちゃんも病気だし、長くは居れなかったね」
サバサバとメルセデスは答えた。
「こんな辺鄙な街にいたら行き遅れるぞ」
薄ら笑みを浮かべながらフランツは言った。
「付き合って人いたけどね、でも結婚は止めにした」
メルセデスはにやりとした。
フランツは一瞬虚を突かれながら、
「なぜだ? 楽に暮らせるだろ」
「この店を畳めって言われたからね。爺ちゃんいるし、あたしにとっての一番の財産を捨てるわけにはいかないよ」
「馬鹿なことを」
「馬鹿じゃないよ。あたしの譲れないところだ」
大きな声でメルセデスは笑った。
「はぁ……」
フランツは頭を掻いた。
「フランツは今後のこと何か決めてるの?」
「旅を続ける……」
「何の目的で?」
メルセデスは知りたそうだった。
「それは言えない」
フランツは冷たく言った。
「何だよフランツ。こっちには喋らせてといてさ」
――すっかり友達扱いか。
フランツは居心地が悪く感じた。
「話したらお前はきっと後悔するぞ」
普段ならずっと黙り通しておくものだが、ついついフランツは喋ってしまった。
だが、こればかりは明かすことが出来ない。
「何それ。ますます気になる」
「最悪死ぬかもわからんぞ」
「あたしはいつ死ぬ覚悟も出来てるよ。さあ、教えなって」
「祖父さんがいるだろ、お前には」
「あ」
今度はメルセデスが虚を突かれたように口を押さえた。
「……ホントにやばいんだ」
ややあって声を落として訊いてきた。
「ああ」
「じゃあ、今回はなしってことで」
「賢明な判断だな」
フランツは指を合わせ、その上に顎を置いた。
「……もう乾いたかな?」
話題を変えるかのようにメルセデスは立ち上がり、吊られた背広を触ってみた。
「うん、十分だね」
メルセデスはフランツを立たせて襯衣と背広を着せた。
フランツはもうすっかりストーヴにあたりすぎて身体のあちこちが痒くなってきたところだったので、素直に従った。
思えばフランツは人からこう言う風に着せてもらったことがない。旅先でもオドラデクは勝手気ままだったし、服の縒れなどは自分が整えてやる方だった。
幼い頃から母親がおらず、何でも独りでこなしてきたからだろうか。
背広を羽織ると、メルセデスに向かって言った。
「さあ、案内して貰おうか」
「はいはい」
うんざりして立ち上がった。
メルセデスの後ろに従って歩いていく。店は余り狭くない。幾つかの小さな部屋に通じる暗い廊下があるだけだ。
一番奥の部屋の扉の前までいくと、か細い咳込む声が聞こえて来た。
老人のものだ。
「爺ちゃん、会いたい人がいるって」
メルセデスが小さく言った。
返事はなかった。
「入るね?」
メルセデスは心配そうに言って扉を開けた。
七十はいっているだろう老人がベッドで身を縮こまらせながら横たわっていた。
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