213 / 526
第一部
第二十一話 永代保有(3)
しおりを挟む
「お前はどうなんだ。ここの店主なのか?」
フランツから訊いた。
「いや。店は爺ちゃんの」
「祖父がいるのか」
「うん。もう寝たきりだけど」
「お前が、店番をしてるんだな」
「店番以上だよ。切り盛りはほぼあたし一人でやってる」
メルセデスは笑いを含んで言った。
「だが繁盛はしてないようだな」
フランツは店の中を再度見渡した。
「余計なお世話」
メルセデスはパチンとフランツの背中を平手で叩いた。
――痛い。
と思ったがフランツは我慢した。
「フランツはさ、一人旅?」
いきなり呼び捨てだ。
「いや、連れがいる」
また正直に答えてしまった。ストーヴに当たりすぎて掌が痒くなってきた。
「へえ、どんな?」
メルセデスは興味を覚えたようだった。
「およそこの世の中でなくてもいいものの一つだ」
フランツは冷たく言った。
「もっと詳しく」
と言いながら物干し竿を持ってきて、天井で輪っかのかたちに括ってあった紐へ通し、ストーブの上へフランツの背広と襯衣を吊り下げた。
「お前が喜ぶような存在ではない」
「フランツがそう言うならきっと面白い人だ。だってあんたつまんないもん」
フランツは少し傷付いた。
「俺は堅物だからな」
「にしてもさあ、もっと人を笑わすことを覚えなよ」
メルセデスはため息を吐いた。
フランツは待って天井を見上げた。吊された服から白い湯気が立っている。これなら蒸発も早そうだ。
フランツは早くこの場を出ていきたい気持ちで一杯だった。
「この店の土地はね。お金を貯めて爺ちゃんが買ったんだ。もし、爺ちゃんが死んだら、ただ一人生きてる親族で孫のあたしの物になるんだよ」
「よかったな」
冷たく切り返しはしたが、フランツの中では沸々といろいろ問い質してみたい思いがわき上がっていた。
「永代保有って訳さ。あたしが死んだらその孫子《まごこ》までずっとこの土地はあたしのもんだ」
なぜこの女がここまで土地に拘るのか、まるで見当が付かなかった。旅から旅で暮らしてきたフランツにとって一箇所に留まって暮らすことはありえない。
老後は扨置き――とまれフランツは自分は四十までは生きないだろうと思っていたが――若い身で同じ場所で暮らしているメルセデスが理解できなかった。
しかし、それを口に出してしまえばまた角が立つ。
フランツは貝のように黙った。
湯気は服から上がりに上がる。あまり暑過ぎて引火したりしては困ったものだとフランツは考えていた。
「フランツは守りたいものとか、あるの?」
「ああ、それなら」
フランツは鞄を膝の上に置き、開けた。
――本を乾かすついでだ。
と自分を納得させながら。
本はやや水で汚れていた。フランツは注意深くストーブに近付け、水を飛ばそうと苦心した。
――引火しては困る。
「それ、詩集の『白檀』?」
不思議そうな顔でメルセデスが訊く。
「なんでわかった?」
フランツはビックリした。
「うちにもあるからね」
そう言ってメルセデスは部屋の隅へ移動し、本棚を探していた。
取り出してきたのは寸分紛うことない『白檀』だった。
「なぜ知っている?」
フランツは半ば怒りすら込めて食ってかかった。自分が動揺している理由がわからなかった。
「ちょっとこの作者と爺ちゃんは関わりがあってさ。それで一冊貰ったんだとか」
「どう言う関わりだ?」
フランツは立ち上がって身を乗り出していた。
「あたしじゃわかんない。爺ちゃんに訊いてよ」
メルセデスは困惑の色を見せていた。
フランツから訊いた。
「いや。店は爺ちゃんの」
「祖父がいるのか」
「うん。もう寝たきりだけど」
「お前が、店番をしてるんだな」
「店番以上だよ。切り盛りはほぼあたし一人でやってる」
メルセデスは笑いを含んで言った。
「だが繁盛はしてないようだな」
フランツは店の中を再度見渡した。
「余計なお世話」
メルセデスはパチンとフランツの背中を平手で叩いた。
――痛い。
と思ったがフランツは我慢した。
「フランツはさ、一人旅?」
いきなり呼び捨てだ。
「いや、連れがいる」
また正直に答えてしまった。ストーヴに当たりすぎて掌が痒くなってきた。
「へえ、どんな?」
メルセデスは興味を覚えたようだった。
「およそこの世の中でなくてもいいものの一つだ」
フランツは冷たく言った。
「もっと詳しく」
と言いながら物干し竿を持ってきて、天井で輪っかのかたちに括ってあった紐へ通し、ストーブの上へフランツの背広と襯衣を吊り下げた。
「お前が喜ぶような存在ではない」
「フランツがそう言うならきっと面白い人だ。だってあんたつまんないもん」
フランツは少し傷付いた。
「俺は堅物だからな」
「にしてもさあ、もっと人を笑わすことを覚えなよ」
メルセデスはため息を吐いた。
フランツは待って天井を見上げた。吊された服から白い湯気が立っている。これなら蒸発も早そうだ。
フランツは早くこの場を出ていきたい気持ちで一杯だった。
「この店の土地はね。お金を貯めて爺ちゃんが買ったんだ。もし、爺ちゃんが死んだら、ただ一人生きてる親族で孫のあたしの物になるんだよ」
「よかったな」
冷たく切り返しはしたが、フランツの中では沸々といろいろ問い質してみたい思いがわき上がっていた。
「永代保有って訳さ。あたしが死んだらその孫子《まごこ》までずっとこの土地はあたしのもんだ」
なぜこの女がここまで土地に拘るのか、まるで見当が付かなかった。旅から旅で暮らしてきたフランツにとって一箇所に留まって暮らすことはありえない。
老後は扨置き――とまれフランツは自分は四十までは生きないだろうと思っていたが――若い身で同じ場所で暮らしているメルセデスが理解できなかった。
しかし、それを口に出してしまえばまた角が立つ。
フランツは貝のように黙った。
湯気は服から上がりに上がる。あまり暑過ぎて引火したりしては困ったものだとフランツは考えていた。
「フランツは守りたいものとか、あるの?」
「ああ、それなら」
フランツは鞄を膝の上に置き、開けた。
――本を乾かすついでだ。
と自分を納得させながら。
本はやや水で汚れていた。フランツは注意深くストーブに近付け、水を飛ばそうと苦心した。
――引火しては困る。
「それ、詩集の『白檀』?」
不思議そうな顔でメルセデスが訊く。
「なんでわかった?」
フランツはビックリした。
「うちにもあるからね」
そう言ってメルセデスは部屋の隅へ移動し、本棚を探していた。
取り出してきたのは寸分紛うことない『白檀』だった。
「なぜ知っている?」
フランツは半ば怒りすら込めて食ってかかった。自分が動揺している理由がわからなかった。
「ちょっとこの作者と爺ちゃんは関わりがあってさ。それで一冊貰ったんだとか」
「どう言う関わりだ?」
フランツは立ち上がって身を乗り出していた。
「あたしじゃわかんない。爺ちゃんに訊いてよ」
メルセデスは困惑の色を見せていた。
0
お気に入りに追加
9
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
【完結】7年待った婚約者に「年増とは結婚できない」と婚約破棄されましたが、結果的に若いツバメと縁が結ばれたので平気です
岡崎 剛柔
恋愛
「伯爵令嬢マリアンヌ・ランドルフ。今日この場にて、この僕――グルドン・シルフィードは君との婚約を破棄する。理由は君が25歳の年増になったからだ」
私は7年間も諸外国の旅行に行っていたグルドンにそう言われて婚約破棄された。
しかも貴族たちを大勢集めたパーティーの中で。
しかも私を年増呼ばわり。
はあ?
あなたが勝手に旅行に出て帰って来なかったから、私はこの年までずっと結婚できずにいたんですけど!
などと私の怒りが爆発しようだったとき、グルドンは新たな人間と婚約すると言い出した。
その新たな婚約者は何とタキシードを着た、6、7歳ぐらいの貴族子息で……。
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる