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第一部
第二十話 ねずみ(1)
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――ランドルフィ王国中部パヴェーゼ付近
「『鼠流合一説』」
綺譚収集者《アンソロジスト》ルナ・ペルッツは呟いた。
「そりゅう……何じゃそりゃ?」
メイド兼従者兼馭者の吸血鬼《ヴルダラク》ズデンカは首を傾げた。ますます細くなる道に注意を傾けながら。
――こっちを選んだのは失敗だったな。
「カルメンが言ってたんだよ」
「ああ、あの鼠か」
「カルメンの故郷はロルカでね。故郷の滅びた原因になったのが『鼠流合一説』っていう思想書? だとかで」
カルメンは先日パピーニでルナと友達になった野ネズミの名前だ。ズデンカはあまり話さなかったが良いやつだったと記憶している。
「碌《ろく》でもなさそうな本だな」
「ぜひ一読してみたい!」
ルナは声を張り上げた。
「どこで手に入れるんだ?」
「やっぱり図書館だろう。パヴェーゼは大都市だ。大きな本もあるだろう」
二人はブッツァーティを経由して南下した。帰りは反対側に位置するパヴェーゼを通って戻ろうという訳だ。ランドルフィの中でも一二をあらそう都市であり、ズデンカも注意を払う必要があると考えていた。
――最近出っくわしてねえが、カスパー・ハウザーとはまた絶対戦うことになるだろうな。
ルナを付け狙っている元スワスティカの親衛部長ハウザーの手下が、どこに潜んでいないとも限らないのだ。
「あまり乗り気にはなれんな」
「君が乗り気じゃなくともわたしは行くよ。さあ! さあ!」
ルナが声を張り上げた。
「うるせえ」
ズデンカは馬の動きに細心の注意を払った。
大きな道に入ると、パヴェーゼはじきに見えてきた。
幾つもの馬車が併走している。中には自動車の姿もあった。
建物に次ぐ建物が道の両側に犇めいていた。赤煉瓦づくりの粗末なものがほとんどだ。そこから馬車の往来を眺めている連中の姿もあった。
「こんな大都会に住んでるんだから、別に旅人は珍しくないだろう」
「人間観察ってやつだよ」
ルナは笑った。
「そんなことして何が楽しいんだ?」
「さあ、わたしもよくわからない。でもね、死ぬまでの時間の暇潰しに人は何をしてもいいだろう?」
「理解できない考えだな」
「まあ、君は人ではないからね」
ルナからそう言われてズデンカはちょっとばかりイライラした。
「ルナさま、ルナさまでは」
沿道に立った老人が大きく手を振った。
後続がいないことを注意深く確認しながら、ズデンカは馬車を静かに止めた。
「これはこれは、タルチュフさん。お久しぶりですね!」
ルナにタルチュフと呼ばれた長く顎髭を垂らした老人は微笑んだ。
「誰だよ」
ズデンカはタルチュフを睨んだ。どうにも胡乱な印象を受けたからだ。
もっとも、ルナにしたところで初見の人間には胡散臭い印象を与えるだろう。
――あたしもかなり警戒してたからな。
ズデンカも当初はルナを信用しなかった。どうも似た臭いが、このタルチュフという老人からはする。
「タルチュフさんは書籍商だよ。まあわれわれの職業にとっちゃ双子のようなものさ。もう十年ぐらい前からの付き合いでね」
「初めまして。あなたがズデンカさんですか。『第十綺譚集』の献辞はもちろん拝見しておりますよ」
タルチュフは顎髭を扱きながらズデンカに挨拶した。
「別にあたしは献辞なんか……」
ズデンカは顔を背けた。
「ふふふふふ」
ルナはにんまりと笑っている。
「『鼠流合一説』」
綺譚収集者《アンソロジスト》ルナ・ペルッツは呟いた。
「そりゅう……何じゃそりゃ?」
メイド兼従者兼馭者の吸血鬼《ヴルダラク》ズデンカは首を傾げた。ますます細くなる道に注意を傾けながら。
――こっちを選んだのは失敗だったな。
「カルメンが言ってたんだよ」
「ああ、あの鼠か」
「カルメンの故郷はロルカでね。故郷の滅びた原因になったのが『鼠流合一説』っていう思想書? だとかで」
カルメンは先日パピーニでルナと友達になった野ネズミの名前だ。ズデンカはあまり話さなかったが良いやつだったと記憶している。
「碌《ろく》でもなさそうな本だな」
「ぜひ一読してみたい!」
ルナは声を張り上げた。
「どこで手に入れるんだ?」
「やっぱり図書館だろう。パヴェーゼは大都市だ。大きな本もあるだろう」
二人はブッツァーティを経由して南下した。帰りは反対側に位置するパヴェーゼを通って戻ろうという訳だ。ランドルフィの中でも一二をあらそう都市であり、ズデンカも注意を払う必要があると考えていた。
――最近出っくわしてねえが、カスパー・ハウザーとはまた絶対戦うことになるだろうな。
ルナを付け狙っている元スワスティカの親衛部長ハウザーの手下が、どこに潜んでいないとも限らないのだ。
「あまり乗り気にはなれんな」
「君が乗り気じゃなくともわたしは行くよ。さあ! さあ!」
ルナが声を張り上げた。
「うるせえ」
ズデンカは馬の動きに細心の注意を払った。
大きな道に入ると、パヴェーゼはじきに見えてきた。
幾つもの馬車が併走している。中には自動車の姿もあった。
建物に次ぐ建物が道の両側に犇めいていた。赤煉瓦づくりの粗末なものがほとんどだ。そこから馬車の往来を眺めている連中の姿もあった。
「こんな大都会に住んでるんだから、別に旅人は珍しくないだろう」
「人間観察ってやつだよ」
ルナは笑った。
「そんなことして何が楽しいんだ?」
「さあ、わたしもよくわからない。でもね、死ぬまでの時間の暇潰しに人は何をしてもいいだろう?」
「理解できない考えだな」
「まあ、君は人ではないからね」
ルナからそう言われてズデンカはちょっとばかりイライラした。
「ルナさま、ルナさまでは」
沿道に立った老人が大きく手を振った。
後続がいないことを注意深く確認しながら、ズデンカは馬車を静かに止めた。
「これはこれは、タルチュフさん。お久しぶりですね!」
ルナにタルチュフと呼ばれた長く顎髭を垂らした老人は微笑んだ。
「誰だよ」
ズデンカはタルチュフを睨んだ。どうにも胡乱な印象を受けたからだ。
もっとも、ルナにしたところで初見の人間には胡散臭い印象を与えるだろう。
――あたしもかなり警戒してたからな。
ズデンカも当初はルナを信用しなかった。どうも似た臭いが、このタルチュフという老人からはする。
「タルチュフさんは書籍商だよ。まあわれわれの職業にとっちゃ双子のようなものさ。もう十年ぐらい前からの付き合いでね」
「初めまして。あなたがズデンカさんですか。『第十綺譚集』の献辞はもちろん拝見しておりますよ」
タルチュフは顎髭を扱きながらズデンカに挨拶した。
「別にあたしは献辞なんか……」
ズデンカは顔を背けた。
「ふふふふふ」
ルナはにんまりと笑っている。
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