上 下
200 / 526
第一部

第十九話 墓を愛した少年(10)

しおりを挟む
「ひー、暑い!」

 ルナは出立時にヴィットーリオから貰った氷嚢を頭の上に置いて、幌を降ろした馬車に坐っていた。

「もう少し北に行けば寒いのに逆戻りだ。我慢しとけ」

 南端のレーヴィに到ったので、馬車はそこから折り返して北へ向かう予定だった。

「麗しき兄弟愛に心打たれただろ」

 ルナはまたおなじことを繰り返していた。

「打たれねえよ」

 ズデンカは冷たく打ち返した。

「ほお。なぜだい?」

 ルナは妙な口調で言った。

「『なぜだい?』じゃねえよ。あいつら二人とも独善家《エゴイスト》で、たまたま、目的としていたことが一致していただけ過ぎねえだろうがよ」

「うーん、実に捻くれた世界観だ。世界に対する見方って意味だよ」

「どうしたその訂正は」

「勘違いして言葉を使ってる人がいるからね」

「アホくさい」

「ところで、君の指摘もなかなか鋭い。フランチェスカさんを追い続けていたロドリゴさん、弟にいて貰いたかったヴィットーリオさん。お互いにその願いは諦めたけれども、かといって心から受け入れた訳ではないだろうからね」

「なんだ、あいつらがお互い分かり合えていたとでも言いたげな口吻《くちぶり》だな」

 ズデンカは苦笑いした。

「人はお互いをわかりあうことなんて不可能さ。どこか勘違いしないとやっていけない」

「また話をまぜっ返す」

「わたしはまぜっ返すことしかできないよ」

「じゃああたしには何が出来る?」

――これには答えることができねえだろう。

 ズデンカは改心の質問を放てたと手綱を握る拳をわずかに固めた。

「そうだな。世界を作るとしたら君だろう」

 氷嚢からタラタラ流れてくる溶けた水を額に受けながらルナは言った。

「世界を作るだぁ?」

 ズデンカは叫んだ。

「わたしが仮に世界を滅ぼすとして、その後に新しく作るとしたら君しかいないね」

「餓鬼が思い付きそうな発想だな」

 ズデンカはそう言って思わず喉を震わせた。笑いを堪えたのだ。

――涙が流せないのに笑いだけは出て来やがるぜ。

「そりゃわたしが子供だから仕方ない」

 ルナはしみじみと語った。

「子供だと認められるようになっただけ成長だな」

 ルナは答えなかった。

 狭い道に入った。来た時は選ばなかったものだ。ズデンカは車輪が路肩へ乗り上げないか気を遣っていた。

「さーて、お酒飲むか。アントネッリで貰ったやつまだ残してたんだ。今度こそ、気持ち良く酔えるだろう」

 突然ルナは沈黙を破った。

「このアル中め」

「ぐびぐび」

 ズデンカはチラリと振り返ると、ルナはラッパ飲みしていた。

「品がねえな」

「グラスなんて持ってきてないからね」

「作ればいいだろうがよ。その幻解《ちから》とやらで」

「あ、そうか。その手があったか」

「アホか。すぐ思い付くだろうがよ。酒も作れば良い」

「えー、でもそんなお酒飲みたくないなぁ……」

「自分で作った物も飲めないのかよ」

「そう頻繁に使いたくないんだよ。命を削っちゃうしね」

 びくんとズデンカは身を反り返らせて背筋を正した。ルナの力についてはよく知らないが、そんなこともあるのかも知れないと思ったからだ。

「って冗談だよ~! あはははははぁ!」

 ルナの明るい声が響いた。

「死ね」

「あれどうしたのぉ? こわぁい!」

 ルナは驚きながらも含み笑いしていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

新婚初夜に浮気ですか、王太子殿下。これは報復しかありませんね。新妻の聖女は、王国を頂戴することにしました。

星ふくろう
ファンタジー
 紅の美しい髪とエメラルドの瞳を持つ、太陽神アギトの聖女シェイラ。  彼女は、太陽神を信仰するクルード王国の王太子殿下と結婚式を迎えて幸せの絶頂だった。  新婚旅行に出る前夜に初夜を迎えるのが王国のしきたり。  大勢の前で、新婦は処女であることを証明しなければならない。  まあ、そんな恥ずかしいことも愛する夫の為なら我慢できた。  しかし!!!!  その最愛の男性、リクト王太子殿下はかつてからの二股相手、アルム公爵令嬢エリカと‥‥‥  あろうことか、新婚初夜の数時間前に夫婦の寝室で、ことに及んでいた。  それを親戚の叔父でもある、大司教猊下から聞かされたシェイラは嫉妬の炎を燃やすが、静かに決意する。  この王国を貰おう。  これはそんな波乱を描いた、たくましい聖女様のお話。  小説家になろうでも掲載しております。

【完結】7年待った婚約者に「年増とは結婚できない」と婚約破棄されましたが、結果的に若いツバメと縁が結ばれたので平気です

岡崎 剛柔
恋愛
「伯爵令嬢マリアンヌ・ランドルフ。今日この場にて、この僕――グルドン・シルフィードは君との婚約を破棄する。理由は君が25歳の年増になったからだ」  私は7年間も諸外国の旅行に行っていたグルドンにそう言われて婚約破棄された。  しかも貴族たちを大勢集めたパーティーの中で。  しかも私を年増呼ばわり。  はあ?  あなたが勝手に旅行に出て帰って来なかったから、私はこの年までずっと結婚できずにいたんですけど!  などと私の怒りが爆発しようだったとき、グルドンは新たな人間と婚約すると言い出した。  その新たな婚約者は何とタキシードを着た、6、7歳ぐらいの貴族子息で……。

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

処理中です...