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第一部

第十六話 不在の騎士(15)

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「待って」

 ビビッシェは早足で追い付いてきた。

 併走するかたちとなる。

「なぜだ!」

「いけるところまで一緒にいこう」

 ビビッシェは言った。その声は不安で震えていた。さっきまでの調子ではなかった。

 不在の、騎士。

 守りたい。

 どうしようもない欲望だった。だが、俺はそれを感じた。
 走るのを止めた。そしたら向こうも倣った。

「じゃあいこう」

 二人並んでも誰も気付かない。ビビッシェが歩いているだけに見えるだろう。

 そのままスワスティカ司令部を出て、自動車に乗って西まで逃げた。ミュノーナを脱したのだ。

 仄暗い森の中に隠れ潜んで暮らしていた。東側では旧領を取りもどさんものとオルランド公が兵を挙げ、スワスティカの残党狩りに精を出していた。

 ビビッシェは川の流れで身体をすすいだ。

 その白い裸を見るに見かねて俺は目を背けた。既に女を犯して殺すこともしているのに。

 ビビッシェは俺になど興味がないかのようにすぐことを済ませていた。

「君は洗わないの?」

 洗っても仕方ないと答えた。

「いつか戻る時のために」

 俺は答えなかった。

 二人は樵小屋で過ごした。

 今俺がいる山の小屋となんと違うことだろうか。

 見渡す限りの緑に覆われて、すべては草いきれに満ちていた。歩いても歩いても、途切れることがないかと思われるような芝生が広がっていた。

 ビビッシェと俺はその中を裸足で追いかけっこした。

 あれぐらい愉しいことはなかったさ。両手両足を血で汚した『火葬人』の幹部が、そんな風な時を過ごしていて、許されるわけがないと誰もが言うだろう。

 実際、あっけなく終わりがやってきた。

 朝起きたら、小屋の周りをたくさんの銃を構えたオルランド兵に取り囲まれていた。

「手を挙げろ!」

 もちろん、向こうだって俺を見ることは出来ない。

 だが、ビビッシェは。

 俺だって、銃で射貫かれたら無疵ではいられない。 

 十重二十重と人垣を作られてしまっては、対応のしようがありはしないではないか。何人か殺しても銃弾の雨が降るだろう。俺たちの『幻想展開』は知られていた。反撃を考えて陣形が組まれている。

 ビビッシェは無抵抗だった。素直に命令に従い、両手を挙げて近付いていく。血を流させないよう、すぐにその両手に手錠がはめられた。

「歩け」

 ビビッシェは銃口で脅されながら進んだ。

 俺は尾いていこうとした。だが、ビビッシェは俺の前で手を広げ、

「綺麗な姿で覚えていて欲しいから」

  と留めた。

「何を言ってる。進め」

「テュルリュパンか?」

 兵士たちは警戒し始めた。さすがに無差別に乱射したら自分たちに当たると思ってか、発砲しようとはしない。

 だが、俺はビビッシェを救えなかった。

 銃弾を恐れてでも勇気をふるって身を乗り出せなかった。

 すぐさまビビッシェは俺から遠く離れた場所に連れていかれてしまった。

 俺は結局姑息で卑怯なこそ泥だった。性根のところは変わっていなかった。幾ら人を殺めても、自分が殺されるのは怖かったのだ。

 遠くビビッシェは林の中に笑顔のまま没していく。

 数秒後、銃声が聞こえた。続けざまに二度三度と。
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