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第一部
第十六話 不在の騎士(1)
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――ロルカ諸侯連合首府ブニュエル
列車の長旅から解放されて、ロルカ諸侯連合の中心都市ブニュエルに辿り着いたスワスティカ猟人《ハンター》フランツ・シュルツは大きく伸びをした。
「良かったですね。また戻る時は乗るんですよ」
女性に化けたオドラデクはその横で皮肉を言った。フランツは駅の切符を一人分しか買っていないので、もちろん降りるときは鞘の中に収まっていたのだが。
「船でとか言ってなかったか?」
フランツは前オドラデクが言ったことを忘れてはいなかった。
「あはははははは! その手もありましたね。船酔いするんじゃありませんでしたっけ。フランツさんがゲロ吐くところはぜひみたい!」
オドラデクは地ベタで笑い転げた。
「服が汚くなるぞ」
フランツは割合潔癖症だ。この前臓物の処理をさせられた気持ち悪さがすっかり手を綺麗にした今でも離れない。
オドラデクはいきなりぴょんと立ち上がると街を歩き始めた。
ここより東方ではなかなかお目にかかれない、建物の風変わりな色合いを見て愉しんでいるようだった。
「今回のターゲット、扱いの難しい奴ですね」
「ああ」
フランツは相変わらず周りを見回して気を使いながら言った。
「旧スワスティカ親衛部特殊工作部隊『火葬人』席次二、通称テュルリュパン、前名不詳。現在唯一の生存者にして透明なる人間」
「実態がつかめない」
フランツは写真を見た。『火葬人』は公の部隊ではなかったため、残された資料は少ない。しかもスワスティカは、現在はオルランド公国に組み込まれている首都ミュノーナの陥落時にシエラフィータ族虐殺に関する書類のほとんどを焼いたのだ。
しかし、一枚だけカスパー・ハウザーなど主要な幹部と複数名と映ったものが残されていた。
その姿は異様だった。全身タイツのような道化師の服に包まれ、仮面を付けた長身の影だ。死んだグルムバッハと比べても高いと思われた。興味を引かれるのはその眼窩だ。仮面の向こうから見えるのだが、瞳はない。
全くの虚ろだった。
透明な人間が服を纏っているのだ。そうとしか思えなかった。
――絶対に殺してやる。
フランツは拳を固めた。
テュリュルパンは『火葬人』の中で多くの人間を殺していた。
それもそうだ。相手に気付かれずに後ろから忍び寄って首を捻ることが出来るのだから。
千人、いや万人。それに近いシエラフィータ族を殺めているとも囁かれていた。正確な実数を把握することは不可能だったが。
だが、そんな相手にどうやって勝つというのだ。
「ぼくでも到底無理ですよ。こんなやつを倒そうなんて、フランツさんの気が知れない。しかもどこにいるか分からないんです。首府の近郊ってだけの情報じゃあねえ」
オドラデクは呆れているようだった。
「生きている以上、どんな人間だって死ぬし殺せる」
フランツは言った。
「そりゃ殺せるかも知れませんが、あなたに殺せるかどうかは別ですよ」
「俺には憎しみがある。怒りがある。すべてを可能にする怒りと憎しみだ」
フランツは顔を歪めた。
背中に入れた人魚の刺青。その痛みに比べればこのようなこと訳もない。
綺譚収集者《アンソロジスト》ルナ・ペルッツに見せたら一笑に付されたが。
「自分の身体を痛めつけるなんて、馬鹿らしいよ」
パイプを咥えてニヤリと笑う。
「俺は多くの人の痛みを引き受けたい」
「思い込みだよ。君個人が痛いだけだ。誰かの痛みなんてそう簡単に肩代わり出来るものじゃないから」
内心褒めて貰えるかと期待していたのに、こんな仕打ちはないと思ってしまった。
列車の長旅から解放されて、ロルカ諸侯連合の中心都市ブニュエルに辿り着いたスワスティカ猟人《ハンター》フランツ・シュルツは大きく伸びをした。
「良かったですね。また戻る時は乗るんですよ」
女性に化けたオドラデクはその横で皮肉を言った。フランツは駅の切符を一人分しか買っていないので、もちろん降りるときは鞘の中に収まっていたのだが。
「船でとか言ってなかったか?」
フランツは前オドラデクが言ったことを忘れてはいなかった。
「あはははははは! その手もありましたね。船酔いするんじゃありませんでしたっけ。フランツさんがゲロ吐くところはぜひみたい!」
オドラデクは地ベタで笑い転げた。
「服が汚くなるぞ」
フランツは割合潔癖症だ。この前臓物の処理をさせられた気持ち悪さがすっかり手を綺麗にした今でも離れない。
オドラデクはいきなりぴょんと立ち上がると街を歩き始めた。
ここより東方ではなかなかお目にかかれない、建物の風変わりな色合いを見て愉しんでいるようだった。
「今回のターゲット、扱いの難しい奴ですね」
「ああ」
フランツは相変わらず周りを見回して気を使いながら言った。
「旧スワスティカ親衛部特殊工作部隊『火葬人』席次二、通称テュルリュパン、前名不詳。現在唯一の生存者にして透明なる人間」
「実態がつかめない」
フランツは写真を見た。『火葬人』は公の部隊ではなかったため、残された資料は少ない。しかもスワスティカは、現在はオルランド公国に組み込まれている首都ミュノーナの陥落時にシエラフィータ族虐殺に関する書類のほとんどを焼いたのだ。
しかし、一枚だけカスパー・ハウザーなど主要な幹部と複数名と映ったものが残されていた。
その姿は異様だった。全身タイツのような道化師の服に包まれ、仮面を付けた長身の影だ。死んだグルムバッハと比べても高いと思われた。興味を引かれるのはその眼窩だ。仮面の向こうから見えるのだが、瞳はない。
全くの虚ろだった。
透明な人間が服を纏っているのだ。そうとしか思えなかった。
――絶対に殺してやる。
フランツは拳を固めた。
テュリュルパンは『火葬人』の中で多くの人間を殺していた。
それもそうだ。相手に気付かれずに後ろから忍び寄って首を捻ることが出来るのだから。
千人、いや万人。それに近いシエラフィータ族を殺めているとも囁かれていた。正確な実数を把握することは不可能だったが。
だが、そんな相手にどうやって勝つというのだ。
「ぼくでも到底無理ですよ。こんなやつを倒そうなんて、フランツさんの気が知れない。しかもどこにいるか分からないんです。首府の近郊ってだけの情報じゃあねえ」
オドラデクは呆れているようだった。
「生きている以上、どんな人間だって死ぬし殺せる」
フランツは言った。
「そりゃ殺せるかも知れませんが、あなたに殺せるかどうかは別ですよ」
「俺には憎しみがある。怒りがある。すべてを可能にする怒りと憎しみだ」
フランツは顔を歪めた。
背中に入れた人魚の刺青。その痛みに比べればこのようなこと訳もない。
綺譚収集者《アンソロジスト》ルナ・ペルッツに見せたら一笑に付されたが。
「自分の身体を痛めつけるなんて、馬鹿らしいよ」
パイプを咥えてニヤリと笑う。
「俺は多くの人の痛みを引き受けたい」
「思い込みだよ。君個人が痛いだけだ。誰かの痛みなんてそう簡単に肩代わり出来るものじゃないから」
内心褒めて貰えるかと期待していたのに、こんな仕打ちはないと思ってしまった。
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