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第一部

第十三話  調高矣洋絃一曲(1)

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ランドルフィ王国某所――

 
 鳴り響く音色に綺譚収集者《アンソロジスト》ルナ・ペルッツはウスウスと目を覚ました。

――これは弦楽器に違いない。

 銃撃があったのか大きく音が響いて、山の中腹から転落したことまでは覚えていた。

――ズデンカ。

 声に出てしまいそうになった。ルナはメイド兼従者兼馭者の吸血鬼《ヴルダラク》ズデンカの名前はあまり呼ばないことにしている。なんだかよく分からないが、言葉にしてしまえば、離ればなれにならなくちゃいけないような気がするからだ。

――いない。心の中で呼んだから、離れちゃったんだろうか。

 そんな迷信的な気分になるほど、瞬く間に悲しくなっていた。

 続いて手足を見た。どこも損傷していない。ただ落ちた時に打ったのか身体のあちこちは鈍く痛かったが。

 楽の音はなお響いた。

――まただ。これはたぶん、ギターの音だ。

 酒場などではよく奏でられる。

 ルナもちょっと囓っていたことがあった。生来飽きっぽいのもあって、すぐ止めてしまったが。

 明るい。蝋燭の灯りだ。天井は低く、ちょっと伸びをしたら思わず打ってしまいそうだった。

 しかも、岩で出来ている。

 ここは洞窟なのだ。

 立ち上がった。腰を屈めて、何とか歩く。

 前に進んだ。

 ギターの響く方へ。

 もっと明るい方へ。

 狭い道を何度も何度も周りながら、進んだ。

 カンテラの灯りが恋しい。

――いつも、ズデンカが照らしてくれていた。

 でも今はそれがない。

 寂しい。

 ルナは胸がきゅっと苦しくなった。

 まだ身体が治っていないのか歩く度に気分が悪くなっていく。

 なかなか道が終わらなかった。

 彼方に細く差している。

 身体がぶつかるのも構わず進んだ。

 光を求めて。

 ぱっと灯りが満ちてきて、思わず目を瞑った。

 天井こそ自分のいた部屋と同じように狭いものとても広い空間だった。

「うっ!」

 思わずルナは喉が引き攣った。

 堪え難い存在がそこにはいたのだ。

 ボンネットを頭に被った大きな――ルナの腰ほどまである野ネズミが椅子に坐ってギターを爪弾いていたのだ。

「おやぁ。起きたのぉ?」

 ギターを弾くのを止め、甲高く間の抜けた声で野ネズミは聞いてきた。

 ルナは怯えて部屋の隅に走った。

 ルナが苦手なものはこの世の中に多い。だがそのトップ十位に入るのは――ネズミだった。

「いやだぁ、近づかないでぇ」

 怯えている自分に気付いて情けなくなった。まえ夢の中で襲われかけた時もそうだったが、普段は冷静で残酷さを見せるほどなルナも思わず訪れた恐怖には身が竦んでしまう。

 どうしようもないほど、よくいるただの人間なのだと思わされてしまう。

「そんな恐がらないでよぉ」

 ルナは恐る恐る野ネズミを見た。

「ネズミぃ!」 

 我慢出来ず叫んでいた。

「ネズミじゃないよぉ。あたしゃカルメンだよぉ」

「カルメン――」

 ふっとルナに笑いが浮かんだ。

――こんなネズミが名前を持ってるなんて。

 おかしくてたまらなかったのだ。
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