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第一部

第八話 悪意(6)

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 ホテルには着替えがあるが、取りには戻れない。お金はどうしたのかと聞かれてしまうから。

 パイプを寝床に置く。

 ルナは服を脱いだ。シャツまで汚れていた。

 渋々ルナはボタンを外す。

 ルナは胸を白い布で隠すために巻いていた。それを取った。

――こんなことも、最近じゃあズデンカにやってもらうことが多かったな。

 エスメラルダはブルーのドレスをもって戻ってきた。

 エスメラルダの前で裸になるのは数年ぶりなので、ルナは微妙に恥ずかしかった。

「これ、あたしが十代の時着てたやつだけど」

 久々にブラジャーを付けた。と言うかエスメラルダに手伝って貰った。短く見えるようまとめていた髪を下ろされた。

「どう?」
「胸がごわごわする」

 ルナはこそばゆく笑った。

 鏡に映るドレスを着た自分の姿をルナは不思議そうに眺めた。

「世にも奇妙なものを見るって顔をしてるね」
「だって、わたしが女装なんて……」

 ルナはぶつぶつ言った。

「ルナは女でしょ。まあ、昔からそんな感じだよね」
「女ってことは認めてるさ。この格好が好きだから」
「あたしらみたいな格好は嫌なの?」

 エスメラルダが意地悪そうに訊いてきた。

「そ……それは嫌じゃないけど」

 なぜかルナは一瞬背筋が冷たくなるのを感じた。エスメラルダのことを考えるとき、胸につっかえるものがあるのだ。

 それが何か、正しく言葉に出来なかった。

「まあ、それはそれとして。お腹空いたでしょ? 一緒に食べない?」
「うん」

 エスメラルダは市場で買ってきた魚介類を使って熱々のパエリアを作った。
 ルナはふーふー吹きながら食べた。

「おいしい! エスメラルダのパエリアはいつも絶品だよ!」
「ありがとう」

 エスメラルダは料理が上手かった。

――この点に関しちゃ、ズデンカは少し劣るな。

 ルナはパエリアを咀嚼しながら、そう思って悲しくなった。

 ズデンカは自分からお金を奪い取って消えたのだ。そんなことをするなんて思ってもみなかった。

――わたしのことが、好きじゃなくなっちゃったのかな。

 あの悪意に満ちた笑いを思い出す。

 いや、ズデンカが自分のことが好きだと思っていたのが幻想だったのかも知れない。

――しけた幻想だ。

 今まで使ってきた決まり文句が、突然自分の元に帰ってきた。

――他のみんなもだ。なんであんなに辛くあたるの……。

 ルナは人前で泣くのが嫌いだ。だから、顔を伏せてパエリアを頬張った。

――陳腐な喩えだけど、身を切られるようだ。

 エスメラルダは無言でルナの手を押さえた。

――さっき見知らぬ男に触られた時はああまで怖気がしたのに、知っている相手なら、こんなに暖かい気持ちになれるなんて。

「ごっくん」

 ルナはパエリアを嚥下した。

「悲しいことがあったんだね」
「うん」

 ルナの声は震えていた。

「あたしは訊かないよ。ルナは教えてくれる性分でもないしさ」
「よく……分かってるね」

「長い付き合いだしね」
「しばらく、ここにいていい? 他にもう……帰る場所がないんだ」

 オルランド公国に戻って、『仮の屋』にあるものを売ればなんとかなるかもしれない。 高価なものだってある。

――でも、どうやって戻る?

「いいよ。いくらでも好きなだけうちに居ればいい」

 エスメラルダはウインクした。

「今日はもう疲れてるでしょ? 食べ終わったらすぐにお休みよ」
「うん」
「あ、服は片付けといたから。洗濯してあげる」

 ルナは食べ終わると素直に寝室に下がった。
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