上 下
56 / 526
第一部

第六話 童貞(7)

しおりを挟む
 その時だった。

 一発。

 鋭い銃声が聞こえた。

 ルナとズデンカは身構えた。二人にはそれが何の音か聞き分けられたからだ。

 やがて、その音は数を増して聞こえた。

 鳴き叫ぶ声、逃げ惑う声。

 とても近い場所で、何者かが乱射しているのだ。

「講義室の方です!」

 ガタガタと震えながら理事長が言った。

 だが、その声を待たずにルナとズデンカは駆け出していた。

「さっきイヴォナさんが入っていった教室だ!」

 二人は急いで中へ入った。
 ライフルを構えた取り立てて特徴のない平凡な顔立ちの男が立っていた。

 床にはたくさんの生徒が血を流して倒れている。

 中にはイヴォナの姿もあった。

「イヴォナさん!」

 ルナは悲痛な声を上げて駆け寄った。

「ペルッツさま……」

 蒼白になったイヴォナは口から血を流しながらルナを見つめた。

「私、もっと勉強がしたかった……ペルッツさまとお仕事したかったです……」
「それ以上言わないで! 血が出てしまう!」

 ルナは流れるイヴォナの血を押さえようと胸を手で押さえた。

 でも、止めることが出来ず、血はルナの掌から溢れ服を紅く染めた。

 イヴォナはことりと顎を落とした。

「また……守れなかった」

 ルナは項垂れ、ぽつんと呟いた。

「女がまた来やがったか。死ねよぉ!」

 男はルナ目掛けて発砲した。

 しかし、弾は前に立ち塞がったズデンカに防がれた。その胸元に吸い込まれたのだ。

「死ね。死ね。何で死なねえんだよ!」

 男は顔を歪ませながら何発も何発もズデンカに撃ち込んだ。

「死ね。死ね。女は死ね!」

 だがズデンカは平然と男に向かって歩いていく。

 一撃の下に爪で首を落とそうとするズデンカ。

 だが男はそれを素早くかわし、講義用の黒板の端に両の手足を絡めると、素早く天井に這い登った。

「なんなんだ、こいつ?」

 ズデンカは呆れてそれを見上げた。

 男はよだれを垂らしながら銃を担ぎ、天井を這い進む。
 ヤモリのようにその手足は湿り気を帯び、天井に張り付いていたのだ。

「待てよ!」

 ズデンカは座席に上がって跳躍し、天井に張り付く男の脚に縋り付いた。
 男はわめき声を上げ、身を揺すってズデンカを振り放そうとした。

「離れろ! 離れろよぉ!」

 ズデンカは男の背中に爪を立てた。男はズデンカをおぶったまま、ズルズルと講義室の向かい側へと這っていく。

 ズデンカは男が背負っていた銃をもぎ取り、床へ放り投げた。

「何をしやがるっ!」

 男は叫んで背中のズデンカを殴り付けた。

 しかし、ズデンカはビクとも動かない。

「女は死ねよぉ!」

 男の顔が引き歪み、眼は飛び出して黄色い光を帯びた。

 服が破れ、背中はなめらかな鱗で覆われ始めた。尾っぽがズボンを突き破って伸びる。
 五本指の先が綿棒のように膨れ上がり、より強く天井へ張り付いた。

 本当に巨大なヤモリへと変わりつつあったのだ。


 思わず滑りそうになったズデンカは、爪を尖らせてその隙間の皮膚へ食い込ませた。

 「ぎゃああ、ぎゃああ」

 もはや人の声ではない音を上げながら、男だったものはズデンカに噛み付いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

新婚初夜に浮気ですか、王太子殿下。これは報復しかありませんね。新妻の聖女は、王国を頂戴することにしました。

星ふくろう
ファンタジー
 紅の美しい髪とエメラルドの瞳を持つ、太陽神アギトの聖女シェイラ。  彼女は、太陽神を信仰するクルード王国の王太子殿下と結婚式を迎えて幸せの絶頂だった。  新婚旅行に出る前夜に初夜を迎えるのが王国のしきたり。  大勢の前で、新婦は処女であることを証明しなければならない。  まあ、そんな恥ずかしいことも愛する夫の為なら我慢できた。  しかし!!!!  その最愛の男性、リクト王太子殿下はかつてからの二股相手、アルム公爵令嬢エリカと‥‥‥  あろうことか、新婚初夜の数時間前に夫婦の寝室で、ことに及んでいた。  それを親戚の叔父でもある、大司教猊下から聞かされたシェイラは嫉妬の炎を燃やすが、静かに決意する。  この王国を貰おう。  これはそんな波乱を描いた、たくましい聖女様のお話。  小説家になろうでも掲載しております。

【完結】7年待った婚約者に「年増とは結婚できない」と婚約破棄されましたが、結果的に若いツバメと縁が結ばれたので平気です

岡崎 剛柔
恋愛
「伯爵令嬢マリアンヌ・ランドルフ。今日この場にて、この僕――グルドン・シルフィードは君との婚約を破棄する。理由は君が25歳の年増になったからだ」  私は7年間も諸外国の旅行に行っていたグルドンにそう言われて婚約破棄された。  しかも貴族たちを大勢集めたパーティーの中で。  しかも私を年増呼ばわり。  はあ?  あなたが勝手に旅行に出て帰って来なかったから、私はこの年までずっと結婚できずにいたんですけど!  などと私の怒りが爆発しようだったとき、グルドンは新たな人間と婚約すると言い出した。  その新たな婚約者は何とタキシードを着た、6、7歳ぐらいの貴族子息で……。

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

処理中です...