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第一部
第五話 八本脚の蝶(10)いちゃこらタイム
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トゥールーズ人民共和国ドールヴィイ郊外――
「ふんふんー♪」
後ろでルナが鼻歌を唄っていた。
「今日は機嫌良さそうだな」
馭者台に坐ったズデンカは言った。
昼と打って変わって風はなく、初冬にしては暖かな晩だった。
馬車に据え付けられたカンテラの灯りが視界をすっかり明るくしている。
「あんな二人の姿が見れたら、そりゃね」
「なんでマルセルは自分が本当に会いたいのがエロイーズだと気付けなかったんだろうな」
「本心なんて、誰もすぐには気付けないさ」
「お前もか」
ズデンカは不安そうに聞いた。
「ああ、そうだよ」
「お前はあたしが好きか?」
「好きだよ」
「本心は分からないよな」
「そりゃ分からないさ。君にわたしの心が読めたら別だけど」
「そんな能力はない」
「大蟻喰なら分かるだろうね。わたしの脳を食べれば」
ルナはヘラヘラしていた。
「また、ろくでもねえことを!」
ズデンカは怒った。
「そもそも、相手のことを何もかもぜんぶ知りたいなんて考えちゃいけないんだよ。必ず知れない部分はあるけれど、知りたがりもしない、ぐらいの方が上手くやっていけるんだ」
「あたしはルナのことをぜんぶ知りたいわけじゃない」
見え透いた嘘だった。
「君に言ってるんじゃなく一般論としての話さ。構わないでいてあげる優しさってのはこの世の中に存在する」
「構わないでいることか」
ズデンカは一瞬頭を垂れた。でこぼこ道ではないので、ちょっとぐらいは目を離すことも出来るのだ。
「うん」
「あたしはお前に構ってばかりいるな」
「そうかな」
「これからは控え目にしてもいいんだぞ」
「やーだーよー!」
後ろを見るとルナは子供っぽくバタバタ脚を動かしていた。
ズデンカは吹き出した。
「みっともない真似はやめろ」
「構ってくれるならやめるよ」
そう言いながらルナは落ち着いていた。
「構って欲しいのか、構って欲しくないのか、どっちかにしろよ」
「さあ、どうだかね」
ルナはパイプを取り出す。
「ほんとに煙草が好きだな」
ズデンカは咎めた。
「君も吸ってみたらいい。いつの間にかはまっているもんだ」
ルナは気持ち良さそうな顔で煙を吐き出しながら言った。
「いらん。吸っている輩でろくなやつを見たことがねえ」
ズデンカは刺々しく言った。
「この美味しさが分からないなんて、君は人生を半分損してるよ」
「あいにく人ではないんでね」
「ふふっ。前と同じこと言ってる」
ルナは笑った。
「お前と何回会話した? 同じ内容が繰り返されることもあるだろうがよ」
「確かに君は人ではないけど、昔は人だったはずだ」
「ああ、そうだな。ろくな思い出はないが」
「教えてよ」
「お前が教えたら話す」
「やーだね」
「じゃあ、あたしも嫌だ」
「ほら、これも構わない優しさだ。お互い秘密主義ってことでいいじゃないか」
ズデンカは答えられなかった。
「わたしは君と今旅が出来ているだけでいい。過去のことなんて話すもんじゃないよ」
「お前自身はマルセルに昔話をせびっていたじゃねえかよ」
ズデンカは突っ込んだ。
「わたしとマルセルさんは別人だから。彼女は昔のことを語りたかったけど、わたしはそうじゃない。スタンスが違うんだ。共通点は女であると言うことだけだ」
「女、というだけで同じ括りで見られるだろう、世間にはな」
「だよね。考えてみれば馬鹿らしい。逆の性別ならそういうことってあるだろうか」
「あるのかもしれん。あたしは知らん」
「ふふ。わたしも知らない」
ルナはまた煙を吐いた。
馬車はゆっくりと進んでいった。
「ふんふんー♪」
後ろでルナが鼻歌を唄っていた。
「今日は機嫌良さそうだな」
馭者台に坐ったズデンカは言った。
昼と打って変わって風はなく、初冬にしては暖かな晩だった。
馬車に据え付けられたカンテラの灯りが視界をすっかり明るくしている。
「あんな二人の姿が見れたら、そりゃね」
「なんでマルセルは自分が本当に会いたいのがエロイーズだと気付けなかったんだろうな」
「本心なんて、誰もすぐには気付けないさ」
「お前もか」
ズデンカは不安そうに聞いた。
「ああ、そうだよ」
「お前はあたしが好きか?」
「好きだよ」
「本心は分からないよな」
「そりゃ分からないさ。君にわたしの心が読めたら別だけど」
「そんな能力はない」
「大蟻喰なら分かるだろうね。わたしの脳を食べれば」
ルナはヘラヘラしていた。
「また、ろくでもねえことを!」
ズデンカは怒った。
「そもそも、相手のことを何もかもぜんぶ知りたいなんて考えちゃいけないんだよ。必ず知れない部分はあるけれど、知りたがりもしない、ぐらいの方が上手くやっていけるんだ」
「あたしはルナのことをぜんぶ知りたいわけじゃない」
見え透いた嘘だった。
「君に言ってるんじゃなく一般論としての話さ。構わないでいてあげる優しさってのはこの世の中に存在する」
「構わないでいることか」
ズデンカは一瞬頭を垂れた。でこぼこ道ではないので、ちょっとぐらいは目を離すことも出来るのだ。
「うん」
「あたしはお前に構ってばかりいるな」
「そうかな」
「これからは控え目にしてもいいんだぞ」
「やーだーよー!」
後ろを見るとルナは子供っぽくバタバタ脚を動かしていた。
ズデンカは吹き出した。
「みっともない真似はやめろ」
「構ってくれるならやめるよ」
そう言いながらルナは落ち着いていた。
「構って欲しいのか、構って欲しくないのか、どっちかにしろよ」
「さあ、どうだかね」
ルナはパイプを取り出す。
「ほんとに煙草が好きだな」
ズデンカは咎めた。
「君も吸ってみたらいい。いつの間にかはまっているもんだ」
ルナは気持ち良さそうな顔で煙を吐き出しながら言った。
「いらん。吸っている輩でろくなやつを見たことがねえ」
ズデンカは刺々しく言った。
「この美味しさが分からないなんて、君は人生を半分損してるよ」
「あいにく人ではないんでね」
「ふふっ。前と同じこと言ってる」
ルナは笑った。
「お前と何回会話した? 同じ内容が繰り返されることもあるだろうがよ」
「確かに君は人ではないけど、昔は人だったはずだ」
「ああ、そうだな。ろくな思い出はないが」
「教えてよ」
「お前が教えたら話す」
「やーだね」
「じゃあ、あたしも嫌だ」
「ほら、これも構わない優しさだ。お互い秘密主義ってことでいいじゃないか」
ズデンカは答えられなかった。
「わたしは君と今旅が出来ているだけでいい。過去のことなんて話すもんじゃないよ」
「お前自身はマルセルに昔話をせびっていたじゃねえかよ」
ズデンカは突っ込んだ。
「わたしとマルセルさんは別人だから。彼女は昔のことを語りたかったけど、わたしはそうじゃない。スタンスが違うんだ。共通点は女であると言うことだけだ」
「女、というだけで同じ括りで見られるだろう、世間にはな」
「だよね。考えてみれば馬鹿らしい。逆の性別ならそういうことってあるだろうか」
「あるのかもしれん。あたしは知らん」
「ふふ。わたしも知らない」
ルナはまた煙を吐いた。
馬車はゆっくりと進んでいった。
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