上 下
49 / 526
第一部

第五話 八本脚の蝶(10)いちゃこらタイム

しおりを挟む
トゥールーズ人民共和国ドールヴィイ郊外――

「ふんふんー♪」

 後ろでルナが鼻歌を唄っていた。

「今日は機嫌良さそうだな」

 馭者台に坐ったズデンカは言った。

 昼と打って変わって風はなく、初冬にしては暖かな晩だった。

 馬車に据え付けられたカンテラの灯りが視界をすっかり明るくしている。

「あんな二人の姿が見れたら、そりゃね」
「なんでマルセルは自分が本当に会いたいのがエロイーズだと気付けなかったんだろうな」

「本心なんて、誰もすぐには気付けないさ」
「お前もか」

 ズデンカは不安そうに聞いた。

「ああ、そうだよ」
「お前はあたしが好きか?」

「好きだよ」
「本心は分からないよな」
「そりゃ分からないさ。君にわたしの心が読めたら別だけど」

「そんな能力はない」
「大蟻喰なら分かるだろうね。わたしの脳を食べれば」

 ルナはヘラヘラしていた。

「また、ろくでもねえことを!」

 ズデンカは怒った。

「そもそも、相手のことを何もかもぜんぶ知りたいなんて考えちゃいけないんだよ。必ず知れない部分はあるけれど、知りたがりもしない、ぐらいの方が上手くやっていけるんだ」

「あたしはルナのことをぜんぶ知りたいわけじゃない」

 見え透いた嘘だった。

「君に言ってるんじゃなく一般論としての話さ。構わないでいてあげる優しさってのはこの世の中に存在する」
「構わないでいることか」

 ズデンカは一瞬頭を垂れた。でこぼこ道ではないので、ちょっとぐらいは目を離すことも出来るのだ。

「うん」
「あたしはお前に構ってばかりいるな」

「そうかな」
「これからは控え目にしてもいいんだぞ」

「やーだーよー!」

 後ろを見るとルナは子供っぽくバタバタ脚を動かしていた。

 ズデンカは吹き出した。

「みっともない真似はやめろ」
「構ってくれるならやめるよ」

 そう言いながらルナは落ち着いていた。

「構って欲しいのか、構って欲しくないのか、どっちかにしろよ」
「さあ、どうだかね」

 ルナはパイプを取り出す。

「ほんとに煙草が好きだな」

 ズデンカは咎めた。

「君も吸ってみたらいい。いつの間にかはまっているもんだ」

 ルナは気持ち良さそうな顔で煙を吐き出しながら言った。

「いらん。吸っている輩でろくなやつを見たことがねえ」

 ズデンカは刺々しく言った。

「この美味しさが分からないなんて、君は人生を半分損してるよ」
「あいにく人ではないんでね」
「ふふっ。前と同じこと言ってる」

 ルナは笑った。

「お前と何回会話した? 同じ内容が繰り返されることもあるだろうがよ」
「確かに君は人ではないけど、昔は人だったはずだ」

「ああ、そうだな。ろくな思い出はないが」
「教えてよ」

「お前が教えたら話す」
「やーだね」

「じゃあ、あたしも嫌だ」
「ほら、これも構わない優しさだ。お互い秘密主義ってことでいいじゃないか」

 ズデンカは答えられなかった。

「わたしは君と今旅が出来ているだけでいい。過去のことなんて話すもんじゃないよ」
「お前自身はマルセルに昔話をせびっていたじゃねえかよ」 

 ズデンカは突っ込んだ。

「わたしとマルセルさんは別人だから。彼女は昔のことを語りたかったけど、わたしはそうじゃない。スタンスが違うんだ。共通点は女であると言うことだけだ」

「女、というだけで同じ括りで見られるだろう、世間にはな」
「だよね。考えてみれば馬鹿らしい。逆の性別ならそういうことってあるだろうか」

「あるのかもしれん。あたしは知らん」
「ふふ。わたしも知らない」

 ルナはまた煙を吐いた。
 馬車はゆっくりと進んでいった。 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

孕ませねばならん ~イケメン執事の監禁セックス~

あさとよる
恋愛
傷モノになれば、この婚約は無くなるはずだ。 最愛のお嬢様が嫁ぐのを阻止? 過保護イケメン執事の執着H♡

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

【完結】7年待った婚約者に「年増とは結婚できない」と婚約破棄されましたが、結果的に若いツバメと縁が結ばれたので平気です

岡崎 剛柔
恋愛
「伯爵令嬢マリアンヌ・ランドルフ。今日この場にて、この僕――グルドン・シルフィードは君との婚約を破棄する。理由は君が25歳の年増になったからだ」  私は7年間も諸外国の旅行に行っていたグルドンにそう言われて婚約破棄された。  しかも貴族たちを大勢集めたパーティーの中で。  しかも私を年増呼ばわり。  はあ?  あなたが勝手に旅行に出て帰って来なかったから、私はこの年までずっと結婚できずにいたんですけど!  などと私の怒りが爆発しようだったとき、グルドンは新たな人間と婚約すると言い出した。  その新たな婚約者は何とタキシードを着た、6、7歳ぐらいの貴族子息で……。

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

処理中です...