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第一部
第一話 蜘蛛(7)
しおりを挟む第一話 蜘蛛(7)
やがて、ふわりと金槌が宙に浮かび上がった。町長の顔先へと勢いよく飛んでいき、したたか殴り付けた。
声にならない叫びを上げて、町長の巨体は地面にひっくり返った。
金槌は凄い勢いで何度も打ち下ろされた。骨が砕ける鋭い音が響く。
「町長さんに何をするんだ!」
野次馬たちや役人は顔を真っ赤にしてルナに詰め寄せてきた。
その前にズデンカが立ち塞がる。
「退けろ、メイド風情が!」
ズデンカを押しのけようとする男たちだったが、
「いででででででっ!!」
その一人がへし折られるぐらい強く腕を掴まれて声を上げた。
「あぁ? 死にてぇのかぁ? なら一人づつ血をすすってやるよ!」
ズデンカは牙を鋭く伸ばし、赤い舌をなめずらせていた。
「あ、言い忘れてた。ズデンカは吸血鬼なんで。よろしく」
立ちすくむ野次馬たち。
リーザは目を覆っていた。
その間、町長は金槌でぼこぼこにされていた。服は引きちぎられ、肥満した肉が爛れて見えていた。
「金槌はきっちりマルタさんを殴った回数だけ反復しているからね」
軽やかな曲線を描いて釘抜きが舞い、町長の股間へと突きたてられた。
「ぎょ、ぎょええー!」
涙と涎を垂らしながら、ぶざまに犬のように腕を動かして町長は叫んだ。
「あー潰れたんだ。この場合、相手にどんなことをやったのかな?」
とうとう、ワニが目覚めた。工具の尖端に目玉がぎょろりと開き、部屋の中を
見渡した。 ゆるゆると宙へと浮かび、町長目指してすっ飛んでいった。
「やめてくれえっ、やめてくれっ、それだけは」
釘抜きを突き立てられたまま、町長は惨めに繰り返した。容赦もなくワニはその眼球へとかぶりついた。えぐり出す。
もう一匹が現れた。またえぐり出す。
町長の眼球を咥えて、勝ち誇ったようにワニたちは踊り狂った。
オットーはそれをまばたきもせずに見つめていた。
野次馬たちもポカンと口を開くばかりだ。
「さて、どうするのかな?」
ルナは蜘蛛へ言った。
小さかった蜘蛛は、町長へと向かっていった。糸はそこまで伸びていたのだ。蜘蛛は次第にその姿を大きくしていく。
光をなくした町長は、蜘蛛の姿を確かめることが出来ない。ただ、身を打ち悶え、くねらせながら芋虫のように床を這いずるだけだ。
蜘蛛は一息にその首をねじ切った。そして、それを抱えたまま部屋の扉から走り出て行った。
「蜘蛛さん、蜘蛛さん」
いきなり叫んで、リーザは後を追って走り出した。
怖じ気づいた役人たちは追っていかない。
「行こうか」
ルナはズデンカに声をかけた。
ズデンカは他の連中を牽制しながら後ろ向きに歩き、ルナへ従った。
蜘蛛は夜の中を駆けた。ルナとズデンカはカンテラを持って続いた。
鐘楼に足を掛け、登っていく蜘蛛。
わずかに残っていた町の人々は巨大な蜘蛛を指差した。
蜘蛛は風見鶏の尖端へ至り、町長の首をその上に突き刺した。
そしてゆっくりと地面にいたり、引き返してきた。
「蜘蛛さん」
血で汚れた蜘蛛を、リーザは抱き締めていた。
ルナはゆっくり二人の元へ近付いていった。
「残念だけど、この綺譚は収集させて貰うよ。この世に長くいてはいけないものだ」
ルナは懐から古びた手帳を取り出した。そして鴉の羽ペンをページへあてた。
蜘蛛の身体が少しづつ、黒い砂のように崩れていった。それが羽ペンの先へと集まっていった。それをインク代わりにルナはさらさらと早い筆致で書き付けた。
「いやだ、離れたくない」
リーザは涙をこぼしていた。
「なぜリーザはここまで蜘蛛にこだわる」
ズデンカは怪訝そうだった。
「誰からも蔑まれて、その中で自分を守ろうとしてくれた存在さ。それがたとえ人ではなくともね。でもね、リーザさん、あなたを思ってくれていたのは蜘蛛だけではないですよ。はい、これを」
絵本の中に挟まれてあった紙が広げられた。
「何だこりゃ?」
ズデンカは驚いた。そこには何か二つの人のようなものを描いた下手な絵が描かれていたからだ。
「マルタ!」
リーザは気付いたようだった。ルナの手からその紙をひったくると、抱き締めた。愛おしむかのように。
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