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第3章 異世界の男は遠征する

第19話

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 学園長室での話し合いから数日が過ぎ、俺達は予定通り連休を利用して禅芭ぜんは高校へ移動していた。

「ふー……、今でようやく半分ぐらいか。禅芭ぜんは高校に着くには、まだまだ時間がかかるな」
「そう言っても学園長の計らいで飛行機も新幹線も良い席を確保してもらってたから、蔵宮くらみや家を訪ねた時の倍以上の時間はかかっていても、ずいぶん楽なはずよ?」
「楽は楽だが、乗り物の中だと身体を動かせないから落ち着かない」
鶴見つるみ君、さすがにそこは我慢してとしか言えないわね……」
「わかっている。これも鍛錬だと考えて慣れてみせるさ。ところでシスティーゾは大丈夫なのか?」
「ふん、舐めるな。万全の準備をしているに決まっている」

 システィーゾは機内に持ち込んだ鞄から本を数冊取り出して俺に見せてきた。

「お前……、本を読めるんだな」
「…………ケンカを売っているなら買ってやるぞ?」
鶴見つるみ君、システィーゾ君、騒ぎを起こさないようにね」
「要は目立たなければ良いんだな?」
「そうだけど、何をするつもりなの?」
「こうするだけだ」

 システィーゾは掌の上に小粒の炎の弾丸を次々と生み出し俺へ放ってきたので、俺は黒い木刀を出現させてから周りにぶつからないよう最小限の動きで全てを斬り捨てていく。

「システィーゾ、ずいぶんと炎の制御が上達してるな」
「ふん、お前こそ肘から先の動きだけで対応できるとはな」
「…………いくら何でも能力と技術の無駄使いすぎない?」
「お二人の無駄に高度なやり取りを見てると私もそう思います」
「「そうか?」」

 俺とシスティーゾは、少し引いた感じになっているりん 麗華れいか荒幡あらはた さくらのつぶやきを聞いて顔を見合わせながら首をかしげてしまう。

◆◆◆◆◆

 その後も俺とシスティーゾや、システィーゾとりん 麗華れいかという組み合わせで何度も小競り合いが起き、もはや何回目なのかわからなくなった時に、俺達は禅芭ぜんは高校の最寄りの駅に到着した。

「あ~……、やっとここまで来れた」
「とは言っても、この駅から車で二、三時間と徒歩で最長一時間かかるわよ?」
流々原るるはら先生、気が滅入る事を言うなよ……」
「きちんと事実を認識しておく事は何事においても重要だからね」
「親切にどうも。一応聞くが俺だけ走っていったらダメなのか?」
「もちろんダメよ。どういう事態になるのかわからないから単独行動は禁止。良いわね?」
「はあ……、了解だ」
「素直でよろしい。それじゃあ駅の外に待機してる車に乗りましょう」

 流々原るるはら先生の先導のもと俺達が駅の外へ出ようとした時、俺は先頭にいた流々原るるはら先生の手をつかみ引き寄せる。

 俺の突然の行動にシスティーゾ達は俺を拘束するためにジリジリ近づいてくるが、流々原るるはら先生は小さく手を上げ三人を止めた。

鶴見つるみ君、どういうつもり?」
流々原るるはら先生、探知系の術で駅の外を調べてくれ」
「何か感じたのね?」
「前の世界の戦場で罠にかけられそうになった時と似た嫌な感覚があった」
「…… りんさん、荒幡あらはたさん、システィーゾ君は周囲をさりげなく警戒してちょうだい。鶴見つるみ君もお願い」

 システィーゾ達は軽くうなずいた後に会話をしつつ周りをごく自然に見始め、流々原るるはら先生はまるで今端末に連絡が来たという感じ端末を操作しながら集中していく。

 おー……、りん 麗華れいか荒幡あらはた さくらはともかく、システィーゾがこういう探る立ち回りができるようになっているのは驚きだな。

「おい、鶴見つるみ。お前、俺の事をバカにしてないか?」
「何の事だ? 俺は何も言ってないぞ?」
「…………チッ、まあ良い。流々原るるはら先生、今のところは異常なしだ」
「わかったわ。四人とも、そのまま続けてね。仙法せんぽう外気通読がいきつうどく

 流々原るるはら先生がつぶやいたが、何をしているかは俺の感覚でもわからない。

 たぶん流々原るるはら先生自身が周りを調べているのをバレないようにしているんだろう。

◆◆◆◆◆

 数分後、流々原るるはら先生は端末を操作するふりを止めた。

「四人ともお待たせ」
流々原るるはら先生、何かわかりましたか?」
「ええ、駅の外にいくつかの術が張り巡らされていたわ」
「具体的には、どんなものが?」
「ほとんどが今私の使った探知系の術で、残りは拘束系と意識誘導系ね」
「自分達の本拠地だから、それぐらいの事をしているのは納得できる。しかし、それなら駅の中に何も施してないのはどうしてだ? 俺が気づいてないだけか?」
「そこは私も疑問だけど、はっきりとした理由がわからない今は駅の中に何も設置されてないっていう事実を受け入れましょう」
「わかりました。ところで流々原るるはら先生、私達はこのまま駅の外に出て大丈夫なんですか?」

 荒幡あらはた さくらが俺達の一番気になっている事を質問する。

「こういう潜伏してる術の効果は、その術があると気づいて心構えができてたらだいたい無効化できるの。私達は鶴見つるみ君のおかげであるとわかったから、もう心配ないわ。…………というか鶴見つるみ君、私でもきちんと探さないとわからない術をよく気づけたわね」
「少しでも油断したら死ぬ戦場で生きてるとな、周りの変化に敏感になるんだよ」
「正に常在戦場ね……。鶴見つるみ君の場合、本当に住む世界が変わってるのに、それを貫けるのはすごいわ」
「どうしてだ? 敵になる可能性が高い奴らのいる場所に乗り込むんだから、感覚を研ぎ澄ませるのは当然だろ?」
「返せる言葉がないわね。教師の立場の私が言うのはおかしいけれど、戦いに関しては鶴見つるみ君の方が経験豊富だから頼りにさせてもらって良いかしら?」
「適材適所って奴だ。最初からそのつもりだから気にするな」
「「「…………」」」

 俺が流々原るるはら先生に宣言していると、システィーゾ達の顔が悔しそうな顔に変わる。

「お前ら、どうしたんだ?」
「…………おい、鶴見つるみ
「何だ? システィーゾ」
「時間がある時で良い。感覚の研ぎ澄ませる方法を教えろ」
「俺は最前線でひたすら戦うただの傭兵だったんだぞ? そんな俺に何かを教えられるわけがない。精神修行的なものは俺じゃなくて流々原るるはら先生に聞け」
鶴見つるみ君、やってみたら案外できる事は多いわ。私も鶴見つるみ君がどういう風に感じているか興味あるから、ぜひ後で聞かせてちょうだい。りんさんと荒幡あらはたさんも、それで良いかしら?」
「お願いするわ」
「私もです」
「…………わかった」

 微妙に面倒事を増やした気もしないでもないが、システィーゾ達の気持ちは切り替わったし、いつでも戦える精神状態になったから良しとしよう。

 俺達はできるだけ自然な動作を心がけて駅の外へ出た。



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◎後書き
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