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第12話 お土産話

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ついに巡業からアランが帰ってくる。
護衛騎士と二十日顔を合わせていなかっただけなのに、どんな顔をすれば良いかしらとシャルロットはそわそわとしていた。
侍女のビアンカが丁寧に櫛をとぎ、綺麗な編み込みに真珠の髪飾りをつけてくれた。

「特別な日でもなんでもないけれど……」
「シャルロット様はいつでもお美しいですが、今日はとびきり可愛くして差し上げたいのです……!」

ビアンカが真剣な顔で化粧を施す。
年上だけど、可愛らしいという言葉が似合うビアンカと話すとシャルロットは明るい気持ちになった。

「講師の方へ連絡してくれたかしら」
「はい、つつがなく」
「ありがとう、助かるわ」

シャルロットが朝の支度が終わったタイミングで、ノック音がした。
ビアンカが扉に近づき誰が来たか確認する。

「アラン様です」
「ええ、通して」

シャルロットは立ち上がり扉に近づくとアランが入ってきた。
すると、ビアンカが片付けをしてまいりますと、そそくさと退室して行った。

シャルロットがアランを見上げる。

「アラン!お帰りなさい!……少し焼けたみたいね?」
「ただいま戻りました。ずっと馬を走らせていましたから。なにか不都合はありませんでしたか」
「ええ、問題なく過ごしていたわ。代わりの護衛様がしっかり付いてくれていたわ」
「安心しました。本日より護衛に戻ります」
「……。指導はどうだった?」
「どの町でもたくさんの子供が来てくれましたよ」
「剣術大会を三度も優勝したあなたに指導してもらえるなんて、きっと皆さん喜んでくれたでしょうね」
「みんな真剣に取り組んでいましたね。将来騎士になるために騎士学校に入ると言う子供も」
「あなたの背中に憧れてたくさんの子が騎士になるわ」

アランに目を輝かせる子供がいとも簡単に目に浮かぶ。

「そうですね、騎士団に入ってくれればしごきますよ」
「本気を出したあなたにきっとびっくりしちゃうわ……女性達もたくさん来た?」

シャルロットは思わず踏み込んだ質問をしてしまい、口に出してからしまったと思った。

「女性?まあ、いらしていたと思いますよ」
「そ、そう。たくさん、お話したりした?」
「宴会で少し会話しましたね」
「え、宴会?」
「有権者と上長に言われて仕方なくですが」
「そう……」

シャルロットは途端に沈んだ気持ちなった。
お酒の場でアランに言い寄る女性がこれまた簡単に想像できる。
美しく妖艶な女性と一夜を共に過ごしたとしてもおかしくはないし、これほど魅力的であれば、特定の恋人がいつ出来てもおかしくはない。
ずっとそばにいるため考えられていなかった。
そう、アランに恋人がいてもおかしくないのだ。

沈む気持ちを自覚したが、自分から聞いて勝手に落ち込むなんてアランを困らせるだけだ。
気持ちを切り替えるために、頭に浮かんだ仮想の美しい女性をかき消すようにシャルロットは小さく首を振った。

アランが口を開く。

「……今日は談話室に行かれないのですか?」
「ええ、先生がこちらに来てくれるの」
「分かりました」
「お昼も夕食も自室で食べる予定だから、今日は一歩も自室から出るつもりはないわ」

シャルロットが得意そうな顔でアランに告げる。

「今日はあなたの仕事はないかもしれないわね」

アランはすぐにシャルロットの意図に気づいた。

「ずっと働き詰めでしょ?本当は今日も休んでほしいのだけど、きっとあなたはいいえと言うから」
「あなたの専属護衛騎士ですから、休みはいりません」
「休みがないといつか倒れてしまうわ」
「そんなヤワな体ではありません」
「あなたに言ってもキリがないなら、上の人に言わなくっちゃだわ」

まったくもう、とプリプリと怒った様子のシャルロットにアランは逆らえる気がしないが、この立場を誰にも譲りたくはなかった。

「……今日は前室で待機しているので、何かあればお構いなく申し付けてください」

「ええ、もちろんよ」

満足気なシャルロット。
講師がやってきたためアランは頭を下げて前室に戻った。

巡業の最後の日に、宴会を断って夜通し馬で駆けてきてよかったと、アランは胸がいっぱいになっていた。
確かに体は疲労しているが、二十日ぶりに会うシャルロットにアランの心が満たさせる。

前室に戻ると奥に配置されている簡易ベッドに体を預けた。
少なくとも二時間は家庭教師すら出てこないだろう。
アランはシャルロットの優しさに甘えて、体を休ませるために目を閉じた。

アランは巡業の間、地元の領主や有力者、その娘達から毎日のように夜の飲み会の誘いがあった。
アランは全く興味がなく辟易していたが、同行した上長の勧めで渋々何度か参加した。
そこで女性に言い寄られる度にげんなりし、シャルロットが恋しくなった。
垂れかかる女性の手に断りをいれる度に、何度も繋いだシャルロットの柔らかくしっとりとした手を思い出した。
周りを気づかってばかりのシャルロットと自分のことばかり話しては興味を引こうとする女性達に天と地ほどの差があった。

アランは巡業の間、気が気でなかった。
巡業の間は仕方がないとはいえ、代わりの護衛にもダンスの相手にならないように、触れることなどないように、キツく言い付けておいた。
不必要に近づくなどもってのほか。
美しく、そして誰にでも情け深いシャルロットを目の前にして、話して、触れて、惚れない奴などいないと思っていたからだ。

しかし、他の騎士に牽制などまるで意味の無いことだとも分かっていた。
シャルロットはフリード殿下の婚約者候補なのだから。
もう一人の婚約者候補もいるが、どう考えてもシャルロットのほうが魅力的だろうと本気でアランは考えている。

専属護衛騎士でいられる期間もそう長くはないかもしれない。
シャルロットのそばにいられる限られたこの幸福な日々を誰にも譲りたくなかった。
アランはシャルロットへの気持ちを強く自覚していた。

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