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第9話 侍女がいなくなる理由

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手首の怪我から、侍女が夕方以降にいなくなる理由があっけなく判明した。

いつもの侍女が朝食を片付けながら口を開く。

「今日は固定具を外す日ですから、午後の侍女にお願いしてくださいませ」
「午後の侍女……?」
「ええ、いつもは誰が来ていますか?」
「誰も来ていないわ?」

「……え?」

二人の間の時が止まる。

シャルロットと慌てた侍女でそれぞれの認識を話した。

シャルロットからすると、湯浴みは朝手伝ってもらっていたし、家庭教師のスケジュールは自分で把握していたし、夕食はアランが準備も片付けもしてくれていたので事足りてしまっていた。
加えて、夕方のダンスレッスンのドレスは一人で着れるものを選べば特に困っていなかった。

他に夕方以降の侍女の仕事と言えば、脱いだ衣服の片付けだが、着替えが遅ければ明朝片付けるのは一般的によくあることなので、侍女からすると違和感はなかった。

単に夕方以降に侍女が付いていなかったという衝撃の事実が発覚すると直ちに侍女長が謝罪しに来た。
いつも担当してくれていた侍女も真っ青な表情で部屋に入ってきたかと思うとずっと頭を下げている。

侍女長から原因が説明された。
侍女の子供が流行り病で発熱したタイミングで早引きすることがあったそうだ。
思い返せば夕方に別の侍女が担当してくれたことがあった。
もちろん侍女長の許可を取った上で退勤したが、侍女はしばらく夕方は別の担当が入ってくれると勘違いし、侍女長はその日だけのことだと思っていたらしい。
侍女は夕方以降の仕事はそのまま別の侍女が担当していると思っていたため、夕方からは別の仕事を行っていたそうだ。
直近で産休に入る侍女が複数いたらしく、変則的にいろんな方のお世話をしてバタバタしていたタイミングだったのも一因となったようだ。

こんなことがあるのね、とシャルロットは拍子抜けした。
真実が分かりひとまず、嫌われていないようで安堵する。

私の責任です、と侍女長も頭を下げる。

「二人とも顔を上げて……もう、お子さんは元気になったの?」

頭を下げ続けながら震えた声で返事する侍女。

「はい……」

「なら良かった。あなたは病気が伝染うつったりしなかった?」

「ぴんぴんしております……!」

「なら、なにも問題はないわね。私は何も困っていなかったし、こちらから言わなかったのが悪かったのよ」

こんなこと起こり得るはずがないと思うが、実際起きてしまった。
侍女が職を失ってもおかしくないことだ。
侍女長も処分を受ける可能性が大いに有り得る。
そんなことをシャルロットは全く望んではいないが。

「今回のことはどんな罰でも受ける所存です、王子殿下にはこちらから報告させていただきます」

厳しい表情の侍女長にシャルロットが朗らかに声をかける。

「私が悪かったことは殿下に話しておくから、二人ともあまり気に病まないで」

「シャルロット様……」

「さあ、それより、あなたにお願いがあるの!今日久しぶりにダンスレッスンなの!レッスンのドレスを選んでくださる?」
「宜しいのですか…?」
「もちろん!とっても楽しみなの!素敵なドレスを選んでほしいわ」

「はい……!すぐにご準備します」

侍女が用意してくれたいつもは選ばない色のドレスに袖を通して、ドレスの裾をひらりと揺らす。
鏡に映る自分の顔がいつもより明るく映える気がする。
やはりプロのセンスは違うわねえ、と呟くと侍女が今にも泣き出しそうな顔で微笑んだ。

腕まくりをした侍女は舞踏会にでもいくのかというほどヘアメイクを完璧に仕上げてくれた。
手首の固定具も、無事に外してもらい、特に違和感はない。

「では行ってくるわ」
「行ってらっしゃいませ」

自室から出ると前室でアランが待機していた。

微笑みながら、かしこまってドレスを広げて挨拶をする。

「……いつもと雰囲気が違いますね」

「そうなの!よく気づいてくれたわ!侍女にドレスを選んでもらったの。違う自分に生まれ変わったようでワクワクするわ」

侍女がいない理由が判明し、憂う必要がないことが分かった。
あまり気にしていないつもりではあったが、シャルロットの心のどこかにあった小さなモヤモヤが消えていった。
そしてやっと、アランと踊ることが出来る。
シャルロットの満面の笑みが弾ける。
アランは眩しい物を見るかのように目を細める。

「今日はどれくらいだって踊れそう!」

ーーー

小ホールで基礎練習が終わるといよいよ待ち望んでいたパートナーとの練習だ。

シャルロットが休憩を切り上げて立ち上がると、同様に休憩していたヴェロニカが話しかけてきた。

「あなたがいない間に、今度の社交パーティーで殿下がエスコートしてくださると約束をしてくださったわ、まあ当然だけど」

「まあ!素晴らしい!大ホールの真ん中で躍るヴェロニカ様と殿下のダンス…きっと素敵ですわ!」

「……あなた、今日浮かれているわね」

「そうかしら?たしかに久しぶりに体を動かせて楽しいですわ」

シャルロットは久しぶりのダンスレッスンを心から楽しんでいた。

「体を動かせて楽しい……?とてもそれだけとは思えないけど」

ヴェロニカは楽しげに軽快に躍るシャルロットと、そのシャルロットを支えながらも熱く見つめる騎士を交互に眺めながら独りごちるが、もちろん二人の耳には届いていなかった。


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