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第三章 階級昇格編

62話『情報は足で稼ぐモノ』

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 翌朝──エリュシオンのギルドの玄関口に、五人の冒険者の姿があった。
 盗賊の制圧のために集った、指折りの実力者たち。異国のギルドから来訪したロア、ミズハの二名と共に、アウラたちは出発するところだった。

「おはようございます、アウラ殿」

「あぁ、おはよう。ロアさんも、今回はよろしくお願いします」

「おう。前回はちょっと格好悪いところを見せちまったが、今回はしっかり働かせて貰うぜ」

 名誉挽回、と言わんばかりにロアは張り切っていた。
 以前、クロノと交戦した際には為す術なく敗北を喫してしまった。年齢も階級も自分の方が上であるにも関わらず、手も足も出なかった。
 だが、今回は敵という訳ではなく、肩を並べて戦う仲間同士。
 高位である「熾天セラフ」の魔術師として、己の実力を十分に発揮する絶好の機会である。

「一応、今回はこのメンバーか。実力を疑っているワケじゃないけど、これだけの少人数で制圧だと少し心配な点だな……」

「ただ捕えるだけなら大した問題はないかと。ロア殿はこう見えて、サポートから単騎の戦闘までこなせる魔術師ですから。私とロア殿の二人であれば、数十人程度であれば容易に制圧してみせましょう」

「確かに、前に出会った時にはアウラさんを一瞬で拘束してましたもんね……あれだけの結界術、何処で身に着けたんですか?」

「冒険者になる前は、それなりの学院に在籍して魔術を学んでたからな。昔っから結界術だけは得意だったのさ。前にも言ったが、俺は「魔力そのもの」の扱いの方が得意でね。まぁ、クロノにはあっさり破られたけどな」

(ロアさん、やっぱりまだ気にしてたんだ……)

 最後に一言を付け足したロアを見て、アウラは心の中で思わず零した。
 あの敗戦は彼にとっては些か衝撃的だったのか、未だにロアの記憶に残っていた。

「気にすることはありませんよロア殿! 人間は皆敗北から学びを得る物。たとえエイル殿の影に埋もれていようと、私とグランドマスターは貴方が確かな実力を誇ることを知っておりますので!!」

「ごめんミズハ、多分それ慰めになってない……」

 肩を叩き、励ましの言葉を送るミズハ。
 彼女なりのフォローなのだろうが、ロアの表情が更に暗くなった辺り、さりげなく彼の心を抉っている。最強格の剣士が同じギルドに属しているとなれば、他の主力が霞むというのは多少は仕方のないことだ。
 尤も、ミズハ本人には悪意がないのが質が悪い。

 テンションが下がったままのロアと、無邪気さ故に笑顔で人の傷を抉るミズハ。
 実力は確かだが、性格にやや癖のある協力者と共に、アウラ達は今回の依頼に挑む。

 エリュシオンを出発した一行は、地竜車に乗り込んで南西の方角へと向かった。
 交易のために整備された街道の景色は穏やかそのもので、魔獣などの危険からは程遠い。
 目的地は、エリュシオンの隣国であるガナン国境付近の街イェレド。

 ガタガタと揺れる車内で、壁に凭れたロアが思い出したように口を開く。

「そういえば聞きたかったんだが、件の盗賊の居場所は割れてるのか?」

「正確な場所までは連絡は無いけど、一応はエリュシオンから南西に少し行った地域一帯って話ね。人が住む街もあるから、そこのギルド所属の連中が討伐に行ったけど、なんでか殆どが返り討ちにされて戻ってくるらしいわ」

「成る程、それで私たちが討伐に参加することになった、と」

「そういうこと。こういうのはむやみやたらに探し回るより、近辺の街で情報を集めるのが一番効率が良いかもね」

 ミズハの言葉を肯定しつつ、向かいに座るカレンは憶測混じりに答えた。
 簡潔に言えば、アウラら四大ギルドの在籍者の主力に依頼が来たのは「最終手段」だとも考えられる。
 第三階級である「熾天」の魔術師2名に、魔術の秘奥である神言魔術の体得者。極東から来訪した剣術使い──そして、神の力を手繰る異端の司教を退けた「偽神」。
 盗賊が如何な力を持っていようとも、確実に捕えることを想定した人選だ。
 尤も──その「捕縛」という条件が無事に達成できるか否かは、今の彼らには知りえないのだが。

「直接聞きに行くなら、実際に交戦した冒険者に会うのが一番手っ取り早いよな。……一応、ギルドにも聞き込みしとくか」

「イェレドに到着する頃には時間も遅いでしょうし、今日明日はとりあえず情報収集した方が良さそうですね」

「なら、夕食ついでに各自聞き回る感じか。俺たちはお前たち『アトラス』の助っ人だから、基本的にはお前らの方針に従うぜ。ミズハもそれで構わないか?」

「委細承知です。怪しい人物の尾行から辻斬りまで、言われれば確実に達成してみせますとも!」

「辻斬りはしなくて良いわよ……アンタ、意外と頭のネジ外れてるのね」

 苦笑しながら、率直な感想を述べるカレン。
 方針に素直に従ってくれるのは有難いが、ガッツポーズをしつつ物騒なことを口にするミズハには得体の知れない不気味さがある。
 笑顔で刀を抜きそうな、そんな感覚。
 カレンとて、人間相手に剣を抜くとなれば、多少は心のスイッチを切り替える。それに伴い、表情も真剣そのものになるが、ミズハの場合はその境界線がやや希薄な印象だった。

「安心して下さい、誰彼構わず人を斬るなんて真似はしませんよ。私が斬るのは勝負を申し込んできた相手か、秩序に反する賊と決めていますので」

「それなりに筋を通してるんですね、ミズハさんは」

「自己満足のために武器を振るうのは、ただの人斬りと変わりませんからね。格好つけているだけかもしれませんが、ブレない在り方を貫き通すことを課すだけでも、良い鍛錬になるでしょう?」

 そう笑顔で語るミズハ。
 彼女は己の生き方、そして剣士としての在り方を心の中に深く刻み込んでいる。
 己の腰に差す剣を、ただの人殺しの道具に成り下がらせないために。

 新たに加わった仲間と交流を深めつつ、地竜車は晴天の下、止まることなく進んでいく。



※※※※



 すっかり日が暮れ、街に着く頃には夜になっていた。
 一行の目的地であるイェレドは街頭によって照らされ、エリュシオン程ではないものの、街全体は栄えている様子だった。
 通りには出店も多く、情報収集には丁度良い。街の規模がそれなりに大きいからか、住まう人々も活気に満ちていた。
 宿の場所だけ確認し、各々で夕食ついでの聞き込みを開始する。

「さて、ギルドの場所は、っと……街のド真ん中か」

 街の地図が描かれた看板を見て、アウラは目的地であるギルドの位置を把握する。
 盗賊に関する情報があると言えば、依頼を冒険者たちに斡旋しているギルドで聞き込みをするのが最も手っ取り早い。
 アウラらが所属している『アトラス』に比べれば、他の街のギルドの規模はいくらか劣る。しかし情報が集まっていることに変わりはない。
 集会場があれば、そこで食事を済ますことも出来る。

 看板の地図を頼りに、街の中を進んでいき──街の中でも一際大きな建造物へと辿り着く。
 自国以外のギルドに足を踏み入れるのは、以前エドムの『アンスール』でクロノと共に寝泊まりした時以来だ。
 依頼を終えたと思しき同業者と入れ替わる形で、ギルドの中へ。受付を通り過ぎ、話し声で賑わっている集会場の方へと進んでいき、適当なテーブルに腰を掛けた。
 近くを通りかかったウェイトレスの女性に幾つか食事を注文して一息ついていると、

「──キミ、ここいらじゃ見ない顔だな。新顔か?」

「ん、あぁ。新顔というか、ついさっきエリュシオンからこの街に来たところ。もう夜だし、メシでもと思ってな」

 アウラと同世代と思しき、大剣を背負った金髪の青年が声をかけてきた。
 簡潔に返すと、青年は驚いたような素振りを見せて、

「エリュシオンってことは、『アトラス』からわざわざこんな小さな街のギルドに来たってのか?」

「依頼の目的地がこの辺りでね。ちょっと聞きたいんだけど、最近この辺りで暴れてる盗賊について何か知ってることがあれば教えて欲しいんだ」

「盗賊……あぁ、勿論知ってるけど。アレだろ、ここ数日で勢力を拡大してるってやつ。……まさか、連中の討伐をしに来たのか」

「その通り。話じゃ、ヤツらを捕らえに行った冒険者の多くが返り討ちにあったって聞いた。一介の盗賊がそれだけの力を持ってるとは考えにくいって思ってな──何か裏があるなら、あらかじめ探っておきたいだろ」

「成る程ね。それで、遭遇した人間がいそうなギルドで情報収集した、と。なら丁度良い、一杯奢ってくれるなら、前に制圧に参加した知り合いを紹介してやるよ」

「うっ……手持ちそんな多くないんだけど、しゃーないか……」

 持ってきた硬貨の入った麻袋の中を見て、苦心した様子で承諾した。
 酒一杯分の銀貨を青年に渡し、アウラは別のテーブルに案内された。そこは数人が既に利用しており、魔女を彷彿とさせる装いの女性冒険者の姿もあった。
 そのうちの一人──20代後半ほどの、傍らに槍を置いた茶髪の男の向いにアウラは座る。
 依頼を終えたようにも見えるが、その頭部には包帯が巻かれ、傷跡が生々しく残っている。

「楽しんでる所悪いな、ネレウス。コイツがお前に話を聞きたいんだと」

「話?」

「あぁ、ここ最近活動してる盗賊団に関する情報があれば教えて欲しいんだ。それと、俺は『アトラス』所属のアウラだ。よろしく頼む」

「『アトラス』ってことは、四大ギルドの冒険者か。……分かった、何から話せば良い?」

「連中の人数とか、率いてる人間のこと。それから活動拠点が分かれば十分だよ。……それより、その傷は?」

 アウラの視線は何より、ネレウスと呼ばれた冒険者の身体に向けられていた。
 頭や腕に巻かれた包帯は比較的新しい。まだそう日が経っていないようにも見受けられたのだ。

「あぁ、これはお前の目当ての盗賊に襲撃された時の傷だよ。下っ端じゃない──多分、連中を率いていたリーダー格の男だろうな」

「────それ、もっと詳しく教えて貰えるか」

 グラスに注がれた水を飲みながら、アウラの表情が一層真剣なものになる。
 最も欲しかった情報の一つが、早速手に入りそうなのだ。

 単独での情報収集は、順調な滑り出しを見せた。
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